ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 記念編


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/ 2/ 2)

「マリア。取り急ぎケーキをひとつ作ってくれ!」
「? イエス。ドクター・カオス」

 ドクター・カオスの命令はたまに唐突で、理解不能なことがある。
 それでも言い付けられた作業はしっかりと遂行する。
 今回は特に無理難題ということもない。

 まずは冷蔵庫から卵を取り出して、容器にあける。
 喫茶店から分けてもらって来たスティックシュガーを数十本、それに加える。
 適度にかき混ぜたら、流しの下から取り出した小麦粉を、手でほぐしながらふりかける。
 最後にやっぱり喫茶店から仕入れたミルクに遠心分離と撹拌を施して、バターになったものを加える。
 後は型に入れて焼けば、スポンジの完成。だけど……

「ドクター・カオス! ケーキの・型が・ありません!」
 ここまで来て、ケーキを焼くための容器がないことに気がついた。
「型じゃと? 丸くしたいならば、茶筒にでも入れて焼けばよかろう」
「……。イエス。ドクター・カオス」
 確かに丸くはなるけれど、いかんせん縦に長い。
 それでもともかく、言われた通りに茶筒に生地を流し込んで、焼く。

 そう言えば、以前にもドクター・カオスが唐突にケーキを作るように命令したことがあった。
 ミス・美神にプレゼントした時だ。
 あの時は大家さんに借りた土鍋で焼いたのだが、ドクター・カオスには「なかなかいい出来だ」と誉められた。
 材料も作り方も本で見た通りに再現したのだけれど、いったいどんな味がしたのだろうか……。

 焼きあがったスポンジ・ケーキをホイップ・クリームでデコレーションすればケーキの完成。
 茶筒で焼いたスポンジは据わりが悪いので、横に転がしてクリームをつけてゆく。
 以前にテレビで見た丸太型のケーキを参考にして、形状を整える。
 もちろん、クリームの原材料である砂糖とミルクを提供してくれた喫茶店には感謝しなければならない。いつも注文するのは水だけなのだが……。


「―――作業を完了しました。ドクター・カオス!」
「うむ。それではまあ、ケーキを置いてそこに座れ」
 示されたのはドクター・カオスが座している食事用のちゃぶ台の反対側。
 ちゃぶ台の上に皿に載せたケーキを置き、座ってドクター・カオスをまっすぐ見詰め、次の指示を待つ。
「今日、おまえにケーキを作ってもらったのは他でもない……」
 言いながらドクター・カオスは懐から小さなロウソクを取り出して、ケーキの上に立ててゆく。
 1本……2本……全部で20本ある。
 その1本1本にマッチで火をつけてゆく。マッチは喫茶店のものだけれど、ひょっとしてロウソクは買ったものだろうか。
 節約のために電灯をつけていなかった部屋が、ぼんやりと明るくなる。
「たまには俗人の真似事でもしてみようかと思ってな」
 再び懐に手を入れたドクター・カオスは、2対の鏡を取り出した。
 その鏡の片方の端をくっつけたまま向かい合わせて、ケーキを囲むようにして置く。
 すると、ケーキの上の光の珠が無数に増えて大きな光の輪を為す。
「! ドクター・カオス! これは……!?」
「今日は最初におまえの電源を入れてからちょうど1000年めになる記念の日でな。いわゆる誕生祝いというヤツじゃ」

 言われて確認してみると、確かに体内時計は動き始めてからちょうど1000年めを記録しようとしていた。
 と、言う事はこのロウソクは……。
「ドクター・カオス。このロウソク……」
「本来年を経た数だけ立てるのが慣らわしでな。しかしそんなに買う金もなかったし、鏡に映せばそれなりに見えるじゃろうが。わっはっは」
「でも……」
「なんじゃ、わしの方からは見えないことを気にしておるのか? 1000のロウソクの炎なら、おまえの目に映っておるのがちゃあんとわしからも見えておるぞ」
「炎の数が・880しか・確認できません!」

「…………」
「…………」

「ま、まあ、なんだ。これがわしからの誕生日プレゼントというヤツじゃな」
 ドクター・カオスは目を逸らしながら、つついっと両方の鏡の間隔を狭める。
 鏡に映る炎の数が徐々に増えてゆき、ちょうど1000になった。
「サンキュー! ドクター・カオス!」
 知識にある誕生日では、燈されたロウソクの炎は祝われる者が吹き消すのが倣いだったはず。
 普段は呼吸なんかしないけれど、ケーキに向けてちょっと突き出した口から空気を吹き出してみる。
 1000の光の珠は軽い抵抗を見せながらも全て消え去り、再び部屋に薄闇が訪れる。

「……ふむ。ところでこのケーキだが……」
「食べますか? ドクター・カオス?」
「ああ。おまえがな……」
「イエス………………は?」
 思わず勢いで返事をしそうになって、その次には自分の聞き間違いなのではないかと疑う。
 その命令は、今までのドクター・カオスの中でも最高に唐突で理解しがたいものだった。

「ドクター・カオス。マリア・食べ物は・食べられません」
 とっくに知っているはずの事実を、ドクター・カオスに伝える。
「いいや、食えるとも。それがわしの誕生日プレゼントじゃからな」
「? ? ?」
 ドクター・カオスのプレゼントと言っても、中身はさっき自分で作ったケーキである。
 当然材料も普通の食べ物だったし、特別な作り方をしたわけでもない。
「どうした? マリアの作ったケーキなら味は保証済みじゃろう。わしの分もちゃんと残しておくのじゃぞ」
「? ……イエス。……ドクター・カオス」
 なんだか分からないけれど、命令は実行する。
 もしも故障するようなことがあっても、きっとドクター・カオスが直してくれる。
 躊躇いながらも、ちゃぶ台の上からケーキを皿ごと取り、口許に持って行く。
 ロウのにおいがツンと鼻を突いた後、バニラの甘い香りがふわりと広がる。
 おそるおそるケーキの端っこの方をかじってみる。
「!! あま…い………!?」
 口の中いっぱいに何かが満たされるような感覚が広がっていく。
 舌の上を転がしながら、しばらくその感覚を味わう。
 ふわっとしていて、とろりとしていて、すっきりしていて、幸せな感覚。
 思わず、口の中のものを飲み込んでしまう。
「あ!!」

 焦ってドクター・カオスの方を見上げてみたが、ただニヤニヤと笑っているばかり。
「どうじゃ。生まれて初めてのケーキの味は。甘かったろう?」
「……イエス。ドクター・カオス!」
「うむ。高い金を払って『核融合炉』とやらを導入してみた甲斐があったわい」
 ドクター・カオスは満足げに頷いてみせた。
「核…融合炉……!?」
「なんでも水素を使ってエネルギーを生み出すシステムらしい。原料は水を飲んで摂取するのが良いらしいが。なに、炭水化物ならコーラでもバナナの皮でも問題はなかろう」
 そう言って高らかに笑ってみせる。
「ともかく、これでフツーのものを食って生活できるし、充電もせんで済む。誕生日プレゼントとしては、なかなか上等なモンじゃろう?」


 ドクター・カオスの命令はたまに唐突で、理解不能なことがある。
 それでも言い付けられた作業はしっかりと遂行する。
 マリアはドクター・カオスのことを、信じているから。


「サンキュー! ドクター・カオス!  マリア……………大好き!!」

「くくっ。おだてても、これ以上は何も出ぬがな」


 これまでも。そして、これからも。ずっと……

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