ザ・グレート・展開予測ショー

Missing(U)――二人の対比――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 1/27)

 横島忠夫は川崎にいた。

 無論、理由はある。依頼人と先に顔を合わせ、依頼内容の確認と細かい話を聞いておくこと。――だが、というより、そういう理由なしには自分はこんなところまでは来れないのではないか。時間と体力があれば別だが、およそ一般の人が思い描く交通手段である電車すら、今の自分にとっては届かない乗り物。まだ定期の効いている範囲ならば良いのだが、川崎はその範囲に入ってはいなかった。

「あそこか……?」

 駅よりしばらく歩いたアーケード街の、とある喫茶店。そこに依頼人はいるらしいのだが……

(ここ……何処だ)

 あそこと踏んだ喫茶店は、漫画喫茶だった。とてもではないが、今回の依頼人(40代、男性)が指定した喫茶店には見えない。――そもそも、このアーケード街には喫茶店が多すぎるのだ。

「ううう……これじゃ、また給料減らされちまう……」

 現在、横島の平均月収六万円弱。ちなみに、本来ならば七万五千六百円(自給350円×18時間×週3日×4週)。
 アパートの家賃四万円。水道光熱費一万円弱。事務所までの交通費四千五百六十円(片道190円(事務所移転により多少緩和)×2×週3日×4週)。
 臨時収入として、休日出勤手当て(急な除霊など)二千円ほど。

 結果として、六万−四万−一万−四千五百六十+二千=七千四百四十円。……÷三十日。


 一日、二百四十八円。

 人間として生きてゆく、最低ラインである。だから横島は、最近事務所までは可能な限り自転車を使うことにしているし、仕事がないときでも顔を出し、極力昼食〜(出来れば)夕食は事務所でとることにしている。銭湯などにも行かねばならぬゆえ、極力出費を押えているのだ。

 それでも、これ以上自給を減らされたら本気で死の危険がある。
 故に、この仕事はなんとしても遂行せねばならぬのだが……

「あああ……何処にいるんだぁ……」

 いつのまにやら、信号を渡って映画街に迷い込んでいた。喫茶店など景も形も見当たらない。

「ああああああ……」

 横島は、全速力でもと来た道を戻ろうとし……

「横島ぁッ!!」

 突然背後からかけられた声に、驚いてすっ転んだ。

「――な、何だ!?」

 慌てて振り返ると、そこには膝があった。

(――膝?)

 思い至ると同時に、激烈な勢いで突進してきた膝に顔面を痛打され、地面にすっ転ぶ。砂の味を噛み締めながらしばし呆然とし、ふと気づいて立ち上がる。


 声に――聞き覚えがあったのだ。


 ゆっくりと……出来る限りゆっくりと振り向く。怒りのあまり放出された霊力により、手には数個の文珠すら出来ていたりする。その文珠を発動させる事もなく握り締め、横島は文字通り地の底から滲み出すような声でうめいた。

「……いきなり何しやがるんだ?」

 と、同時に完全に振り向いた。

 目の前にいた人物は、およそ横島の予想通りの人物であった。――ただ、そうただ一点違うところがあるとするならば、その人物がいつもの安物のロングコートではなく、タイトなジーンズにナイキのスニーカー、柔かそうなベストにシルバーのネックレス……といった格好をしている事や、ワイルドな雰囲気を崩すことなくセットされた髪型を落ち着かなげに指で弄っているところ……だろうか。

「……ぷ」


 衝動。


 腹の底から衝動的な空気の固まりが押し寄せて来て、それが慌てて閉じた口に詰まって口腔内に空気が充満する。しかし結局その空気圧を阻む事は出来ず、横島は口から盛大に空気の固まりを放り棄てて笑い出した。大爆笑した。

「あ、テメェ笑うな! 笑うんじゃねぇっ!!」

 再び迫り来る膝にもめげず、横島は笑いつづけた。依頼人の事も忘れ、笑いつづけた。
 その横島に向け、真っ赤な顔で執拗にニードロップを繰り返す相手――伊達雪之丞の顔を見据え、その度に笑いが膨れ上がってくる。ここで薔薇の花束でも持っていたら危うく笑い死にするところだったかも知れない。

 ――と、気づく。

「おい雪之丞」

「――あん?」

 コイツが、こんな格好をしている理由。

「お前もしかして……」

「……………………」

 場所を見渡す。手近な看板に、『CHINE CHITTA』の文字があった。それは無論、川崎界隈で有名な映画館のことである。

 そして、雪之丞に視線を移す。
 こちらに膝を落としかけた体勢のまま、雪之丞は固まっていた。凝固していた。その顔は血液がそこで止まっているのではないかと思えるほど真っ赤になっており、横島の想像が決して間違ってはいないことを裏付けてくれた。

「やっぱり……」

 雪之丞は答えない。

「テ、テメェッ!! デートだな! 『俺の』弓さんとデートなんだな!? 畜生一丁前に色気づきやがって、お前なんか(差別的発言)で(差別的発言)で(差別的、兼お食事中の方のためにならない発言)のくせにっ!! この裏切り者ッ! 裏切り者ぉっ!!」

「…………あうう……」

「つーか否定しないのか!?」

 何かが足元から崩れてゆく感触を生で味わいながら、横島はその場に膝を着いた。地面に『の』の字を指で書きつつ、途方もなく大きな喪失感にしばし耐える。

 約五分後。

「……横島、そろそろいいかぁ?」


 先に立ち直ったのは雪之丞であった。横島はといえば、その場で膝を抱え込みながら『ドナドナ(英語バージョン)』を歌っていたのだが。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


 約十分後。


「……んで、俺にいきなり膝蹴りをかましてくれた理由は?」

 あの後色々な気付方法を試し、結局は最強の気付――耳の後ろに熱い吐息を吹きかける――で目を覚ました横島が、ふてくされながらも取り敢えず開口一番に言った台詞がそれだった。

 雪之丞はしばし沈黙し、適当と思える理由を自らの中で探してみた。
 発見した理由は、我ながら陳腐で短絡的と思えるものであったが。

「そーだな……ウン。一言で言えば八つ当たりだ」

「帰る」

「ああっ、ちょっと待て! お前、事務所に帰るのか?」

 踵を返しかけた横島を、雪之丞は無理矢理引きとめた。ここで横島に帰られてしまっては、そもそも横島をここに呼んだ理由が成り立たなくなってしまう。

「ああ」

 にべもなく答える横島。その額には肉眼で観察できるほどの漫画的な青筋が浮き出しており、その不自然に引きつった笑顔には、決壊する寸前のダムのような危うさが随所に見られた。実際、唇の端は引きつったように痙攣しており、その内部に溜め込んだ鬱憤の量を窺い知る事が出来た。

「んでな……えーと、実は頼みがあるんだが……」

「断る」

「ああ、聞く前からっ!?」

 そのまま去りゆく横島を、ボディタックルで何とか押し止める。そのまま二人でもつれて倒れこみ、地面を一メートル程滑る。

「……雪之丞、お前、俺に何か恨みでもあんのか?」

 倒れた姿勢そのまま、肩すら振るわせて言ってくる横島に縋り付き、雪之丞は精一杯の誠意を込めて頼みごとをしようと――



――『爆』……!



 ――したところで吹っ飛ばされた。

「バカヤローッ!! お前なんかもー友達じゃないもおおぉぉんッ!!」

 叫びつつ涙の尾を引きながら走り去る横島を地面に突っ伏して、衝撃波に苦しみながら見つめ、結局言う事の出来なかった『弓が遅れてるんだけど、様子見てきてくんねぇか?』という頼み事を頭の中で反芻しながら、雪之丞は再び苦悶した。

 To be continued...

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