ザ・グレート・展開予測ショー

Missing(T)――二人の相違――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 1/27)

「えー、これにより……除霊作業を行う場合は、必ずGS協会から派遣される立会人の元で作業に及ぶことが、新人GSには義務付けられており――」

 除霊指導科教諭、鬼道政樹の、やや棒読み気味の声が教室内に響く。教室内にいる女生徒達の半分はそれを聞き流し、残りの半分の更に半分は眠りこけ、最後の四分の一が真面目に聞いている――その中で、おキヌは高まる眠気と格闘しながら、最後の四分の一に収まるべく努力していた。
 五時限目というのは一般的に、一日の内で一時限目の次に眠気が高まる時間帯である。その時間に、自身も実践指導以外は苦手でやりたくないと公言している鬼道政樹が棒読み口調で教科書を読んでいるのだから、クラスの殆どが眠りこけているのも――まぁ、分からなくはない。親友の一文字魔理などは、教壇の目の前で堂々と机に突っ伏しているし、あの弓かおりまでもが、少々眠たげに聞いている。何でも、昨日は遅くまで課題をやっていたらしいが――

 ともすれば途切れそうになる意識を思考により何とかつなげつつ、おキヌは必死にノートを取った。黒板に白墨で記された下手――ではなく、お世辞にも上手いとは言えない文字が、涙に霞んだ視界には見え辛い。あの字、『妨』と『防』、どっちなんだろ――

 ――と、そこまで考えたところで意識が途切れた。おキヌが気が付き撥ね起きたのは、授業終了の鐘が高らかに鳴り響いた瞬間だった。

(いけない……寝ちゃった……)

 幸いにも、ノートの最後にとった部分はまだ黒板に残っている。日直がそれを消す前に、おキヌは何とか最後の数行を写し終えた。

「……ふぅ」

 安堵と開放からの、溜息。今日は五時間授業であるので、後はこれから夕飯の買い物をして家に帰るだけだ。夜には仕事も入っているので、今日は帰りに友達とショッピングをする時間はないだろう。

「おキヌちゃん! 帰ろうぜ」

 魔理がおキヌを急かす。実は彼女、この後鬼道に『遅刻過多』の件で呼び出されていたようなのだが、ここは敢えて忠告せずにおく。魔理のこの性格にはもう慣れてしまったし……それにこれは自分の役割ではなくて――

「一文字さん! あなたたしか先生に呼び出されていたでしょう!?」

 聞きとがめて走り寄ってくる、級長弓かおり。

「なんだよー。どーせ怒られるのは分かりきってんだから。内容が分かってんだから聞くだけ時間の無駄じゃねーかー」

 訳の分からない理屈で反論する魔理。

「いーえ! 断じて無駄ではありませんわ! 先生のお説教を聴いて、身も心も清くなって帰ってらっしゃい! 今月に入ってから、あなた遅刻してない日ないじゃない!」

「いや、たしか八日くらい前に一回、徹夜明けで早く来ちまった事が……」

「あの時は一時限目から爆睡してましたわよね。あなた出席ついてないですわよ、あの授業」

「何ッ! あたしの計算じゃ、あの日に出席して教師の受けを良くして置こうと思ってたのに…… あのクソ教師……」

 ……更に訳の分からない理屈で悔しがる魔理。
 おキヌは時計をチラと見た。このままどちらが勝つのか見ていたい気もするが、そろそろ行かないとまずい。依頼の時間は八時。夕食は早めに作らないといけないのだ。

「あのー。二人とも、私、今日仕事があるから早めに帰るね……」

 その瞬間。言い争っていた二人の言葉がピタと止まる。


 かおりは、なにやら陶酔した表情で。

 魔理は、『しめたッ、これで逃げられる!』と、明らかに顔に書いてある。敢えてかおりには言わずに置いたが、たとえ言っても今のかおりには通じまい。

「おねーさまと仕事…………」

 目一杯の憧憬と羨望を込めた眼差しで、こちらを見つめてくるかおり。

「……へ?」

「おねーさまと仕事…………!」

 二度目で、ようやくかおりの意図が分かった。

「……連れてってくれるように、美神さんにかけあってあげましょうか……?」

「お願いしますわッ! 氷室さん! 私、あなたを友人にもてたことを生涯感謝しますわッ!!」

 抱きついてくるかおりの後ろで、魔理が扉から脱兎の如く駆け出して行った事は、敢えて見なかったことにしておいた。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


 伊達雪之丞は、高まる期待と不安の中で、悶々としながら突っ立っていた。

(……早く来すぎちまったかな)

 ここは川崎。JR川崎より大体徒歩十分程の距離にある、とある映画館の前である。そこで、雪之丞がわざわざ待ち合わせより一時間半も早く到着して、暑い中待っている相手といえば……一人しかいない。早い話が、雪之丞はここで、デートの待ち合わせをしているのだった。

(ったく、何で俺がアクションSF映画なんて観なきゃいけねぇんだよ……)

 心中の声とは裏腹に、いつも鋭い――とゆーより悪い――眼光は心なしか緩んでおり、滅多に櫛などいれない髪も、珍しく整えられている。あくまでも自然に、ワイルドな自らの雰囲気を壊すことなく。――そのようなことが雪之丞自身に出来たはずもない。彼はつい先ほど、『美容院』なるものに生まれて初めて挑戦してきたばかりなのだ。


 中ではひどい目に遭った。聞くだけで怖気が沸き立つような甘ったるい声で話し掛けられ、あろうことか、『うーん、これから彼女と会うんですか……? それならば、いっそのこと髪をお染めになってはいかがでしょうか?』……などと提案されてしまった。そればかりはと却下したが、赤や緑の髪の自分を想像してみると、最早化け物としか思えなくなってくる。

(あー……しんど)

 結局カット(この言葉の意味も、最初は分からなかった)だけに留めておいたものの、最後にごてごてと香水や整髪料を塗りたくられ、それが汗で流れ落ち、日差しで揮発し、何とも言えぬ不快な匂いを辺りに漂わせている。事実、先ほどから吐きそうになるのを懸命に堪えながら、雪之丞は日差しの中、突っ立っていたのだった。

 ――ふと、思いついたことがあった。

(先、並んでチケット買っとくか)

 思い立ったら行動は早い。雪之丞は、匂いが沈殿するその場から歩き出し、チケット売り場の最後列に並んだ。当然、日除けなどはなく、真夏の太陽が頭の上からジリジリと照りつけてくる。

(ま、いいさ。どうせ後一時間はあるんだ)

 それまでにチケットを買っておいて、彼女の心象を良くして置くのもいいだろう。
 雪之丞は零れ落ちる汗を拭いながら、これからの一時間を思って眼を閉じた。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


「ああっ! おねーさまぁっ!」


 だだだだだだだだだだだだだだ…………


 ……だんっ!


「おねーさまぁぁぁっ!!」

「あら弓さんこんに、ってうわあああああああああああっ!」


 どんっ!


 どさっ!


「……弓さん」

 予想していたことではあった。予想していた事ではあったはずだ……努めて、おキヌはそう考えることにした。……それがたとえ、自分の親友がいきなり自分の上司に対し突撃を敢行し、間一髪でかわされて地面にキスをしているといった事でさえも……

「あの……ただいま、美神さん」

「……おかえり」

 何やら寒気でも感じるのか、肩に手をかけて美神。

「高校時代から……なんで私ゃこういうのに好かれるのかしら……」

 思うことがあるらしい。

「そぉんなコトはありませんわっ!! おねーさま!!」

 残像すら残しそうな素早さで立ち上がったかおりが、美神のもろ手をはっしと掴みつつ、普段比30%増しのキラキラした瞳で叫び訴える。

「そんな不埒な輩は、この私がおねーさまの為に成敗して差し上げますわッ!!」

「……………………」

 取り敢えず、おキヌは二階にあがることにした。この後一騒動あるのかもしれないが……自分には夕食の支度がある。――と、自分で自分を納得させて。

(ごめんなさいっ、美神さん)

「あ、ちょっとおキヌちゃん! このコどうにかしてよ! ねぇっ! おキヌちゃーんッ!」


 その言葉は聞かなかったことにして、おキヌは階段を駆け上がった。

To be continued...

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