ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル23(終)


投稿者名:居辺
投稿日時:(03/ 1/26)

終.
 この森は楽園だ。
 獲物はいくら取っても無くならないし、仲間のカラス達とえさを奪い合うことも無い。
 今日もすてきな一日だった。
 地平まで続く茂みを、眼下に見下ろしながら、カラスは満足だった。
 カラスは獲物をくわえ直すと、ねぐらに帰ろうと高く舞い上がる。
 その瞬間、カラスは町の中を飛んでいた。
 廃虚と化した、コンクリートのビルと瓦礫の続く町並み。
 驚いて開けたくちばしから、獲物のカブトムシが転がり落ちて行く。
 カラスは悲しげに鳴きながら、今夜のねぐらを探しに飛んで行った。

 電車の窓の外の闇を、街の明かりが走り過ぎる。
 横島は立ったまま、ぼんやりとそれを眺めていた。
 仕事帰りの心地よい疲労感。そんなものは無い。
 誰かに嘲笑われているような、そんな居心地の悪さを感じる。
 今はただ、早く帰って寝たい。
 そして全てを忘れるのだ。
 明日は学校へ行って、補習を頼まなくちゃならない。
 メガネにビデオを返さなきゃな。あれまだ見てないんだよな。そして……。
 いつの間にか、横島の思考は事務所へと戻っていった。

「あら、あんたまだ居たの?」
 ICPOから帰ってきた美神を、待っていたのは横島だった。
「美神さん、あれ結局なんだったんスか?」
「ん、そのこと?」
 美神がコーヒーを淹れ始める。
「そのことで、ICPOに小竜姫から連絡が来てたわ。
 あれはね、古代の神様だって」
「古代の神様?」
 甘くて焦げ臭い匂いが、事務所に広がっていく。

「宗教が成立する、遥か以前の神様。善とも悪ともつかない存在なんだって。
 とっくに活動を終えた神様だったんで、神界でも見落としてたらしいわ」
「神様って、善と決まってるんじゃないんスか?」
「今はそうなってるけど、昔はそうじゃないわ。
 例えば、道真様ね。昔の日本では悪霊の道真も神と呼んだのよ。
 むしろ悪霊の方を、積極的に神と呼んでたわ」
 美神がコーヒーを運んできた。横島のカップにはミルクがたっぷりと入っている。
「日本の神様は、扱いを間違うと、祟る神様だったのよ」

「話を戻すけど、あれは日本に人が、住み始めた頃の神様だったの。
 古すぎて、コミュニケーション取るだけの、知能も無かったみたいだけどね。
 普通だったら、あんな古い神が、地上に降りるはずが無いのよ。
 彼、超一流の霊能力者だったみたいね。神の血筋を自称するだけあるわ」
 美神がコーヒーを口元に運ぶ。
「最後に壁に剣を突き刺したじゃないッスか。あの時女の人を見た気がしたんスけど」
「あれね、愛人と言うことになってたけど、本当のところはどうかしらね。
 GS協会の名簿に載ってたのよ。彼女も優れた霊媒だったわ」

「だけど、なんであいつ、あんなことしたんスか?」
「あいつって、彼のこと?
 ぶっちゃけて言うと、自分の思い通りになる世界が欲しかった、みたいね。
 『自分のやりたいことが現実ではできない。だったら現実の方を変えてしまえ』
 そう考えたのよ」
「なんか、アシュタロスみたいッスよ、それ」
「みたいどころか、おんなじだと思うわ。幼稚な発想よ」
「幼稚って……」
「幼稚よ。『本当にやりたいこと』すら見えてないんだから」
「本当にやりたいこと?」
「あいつ政治家になりたかったんだって。
 だったら今の地位を捨てて、外国にでも行けば良かったのよ」
「まわりが許してくれないんじゃないッスか?」
「本当にやりたいんだったら、それを怖れちゃダメ。
 あいつはそれを怖れたから、自分より弱いもの達を犠牲にし始めたのよ」

「あ〜もう止めよ、こんな話。気分がクサクサしちゃう」
 それきり二人は黙ったままコーヒーを飲んだ。
 物思いにふけっていた横島が、カップを置いて顔を上げる。
「彼女のことなら、忘れなさい。あれは本当の彼女じゃなかったんだから」
 先回りして、美神が言った。
「……それでも、生かしてやりたかったッスよ」
「あたしだって、そう思わなかった訳じゃないのよ。
 彼女とはあまり話せなかったから。ちょっと後悔してたんだもの」
「え? 美神さんでも、後悔することがあるんスか?」
「あんたねえ、人生うまく行くことより、行かないことの方が多いのよ。
 だけど、それが当たり前。全てがうまく行くなんて、つまんないもの」
 嫌味で言ったんだけどな。横島は内心苦笑いした。

 美神が立ち上がって、カップを片付け始める。
 横島が何となくその姿を見ていると、美神がつぶやいた。
「もし、あんたが躊躇無くあたしに道を譲ってたら、一生あんたを許さなかったかもね」
「え?」
「さ、帰った帰った。書類が残ってるんだから」

 ブレーキ音を響かせて、電車がホームに滑り込んだ。
 俺にも『本当にやりたいこと』があるんスよ、美神さん。
 でも、どう足掻いても(あがいても)できそうもなかったら、どうすりゃいいんスか。
 電車を降りた横島は、アパートに向かって歩き出した。
 なんだか、今日は風が冷たい。
 冷えた手を暖めようと、ポケットに手を突っ込んだ。
「ん……?」
 横島はそこで初めて、ポケットが妙に、膨らんでいることに気付いた。
 指先に触れた物の手触りに、彼は妙な胸騒ぎを覚えつつ、引っ張り出してみた。

 それが何かすぐに理解した横島は、あわてて胸ポケットを探り出す。
 横島のお守りは無くなってはいなかった。
 合わせて四つになった宝物を手に、呆然と見つめる。
 やがてプーッと吹き出すと、身を震わせて大笑いした。
 涙を流して、笑い続ける。
 辺りの人がギョッとして見ているが、気にしない。
 宝物を大切にしまって、歩き出した。

 五分後、通報で駆けつけた警官が変質者を探したが、とうとう逃げられたそうだ。


 おしまい

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