ザ・グレート・展開予測ショー

悲しみよ、こんにちは


投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 1/26)

「おじいさん、大丈夫ですか?」


学校からの帰り道、電信柱の近くでおじいさんがうずくまっていた。
普段からあまり人が通らないこの道・・・。なんでも、幽霊が出る、という噂があるそうで・・・。
その隅っこで、おじいさんは左胸を押さえ、しわだらけの顔を苦痛でゆがましていた。

私は駆け寄って、そっとその細い背中をさすってあげる。

「すまないねえ、お嬢さん・・・。少し休んだから、もう大丈夫ですじゃ」
おじいさんは、優しい笑顔を見せると、よろよろ立ち上がろうとする。

「いえいえ、さ、どうぞ・・・」

私が肩を貸してあげると、まだ足元はおぼつかないが、ゆっくりと立ち上がってもらえた。

「ありがとう、お嬢さん。いやあ、三年前から心臓を患いましてね。たまにこうやって発作が起こるんですよ」
そして、おじいさんはまた優しく笑う。



「・・・あれ?」

おじいさんの足元に、ぬいぐるみが落ちているのに気づく。
赤いシャツを着たクマさんのぬいぐるみ。左手には壷のようなものを抱えていた。

「ああ、それはワシがさっき買ってきたものなんじゃよ」

そう言って、おじいさんがそれを拾おうとする。
私は笑顔でそれを制し、代わりに優しく抱き上げた。

「ワシには今日で、十歳になる孫娘がおりましてのう」

「今日で?」

「ええ」
おじいさんは目元にしわを寄せながら答える。
「名前はサチコと言いましてね、今日はあの子の誕生日でして。前々からこのぬいぐるみを欲しがっておったんで、プレゼントしてやろうと思ったんじゃよ」

「わあ〜、きっとすごく喜ぶと思いますよ、サチコちゃん」

私が感嘆の声を上げると、おじいさんもにこにこと微笑む。

でも、すぐに表情を曇らせると、
「サチコには色々と不憫な思いをさせてましてね・・・。生まれてすぐに父親を事故で亡くしてしもうて・・・」

「・・・・・」

「それで、ワシが父親代わりになろうと思っておるんじゃが、いやはや、こんな老体ではあの年齢の子供の世話は、ちと荷が重すぎましてのう」
そう言って、大声をあげて笑う。あの優しい笑みを浮かべながら。

私は曖昧な笑顔で、それに答える・・・。

「まあ、ワシにできることは、こういうのを買ってあげることくらいですじゃ」
そう言って、私の手にあるぬいぐるみをポンと叩く。
「サチコにさみしい思いだけはさせられんからのう・・・」

まるでそれがサチコちゃんであるかのように、ぬいぐるみを見つめるおじいさん。

優しそうなおじいさん・・・。
私は、両親はもちろん、祖父母の顔も知らない。
でも、きっとこんな風な優しいおじいさんだったんだろうなぁ・・・。

「それじゃあ、心配ですので、お家までお送りいたします」
私もつられて、笑顔を見せる。





「私、おキヌって言います」





・・・・・悲しみに、こんにちは。





冬の寒空の下、おじいさんの歩調に合わせ、ゆっくりと歩く。
右手はおじいさんの背中を、左手にはクマさんのぬいぐるみを・・・、両の手に注意をはらう。

本当は、帰ったらすぐのお仕事が1件あるのだけども・・・、あとで美神さんには謝ることにした。
今は何よりも・・・。

そっとおじいさんの顔を覘いてみる。
口元に穏やかな笑みを浮かべ、おぼつかない足取りながら、一歩一歩ゆっくりとお家に向かっている。

かわいいお孫さんの顔を早く見たいのだろう。
私は心の中で「がんばってください」とつぶやいた。

お家までの道すがら、おじいさんから色々なお話を聞かせてもらった。
とは言っても、ほとんどお孫さんのお話。

一緒にお風呂に入ったとき、背中を流してもらった。
学校のテストで100点を取ってきたので、う〜んと褒めてあげた。
夜中にトイレへ一人で行くのが怖い、と言われて一緒について行ってあげた。

どれもこれもが微笑ましいお話。それを嬉しそうに話すおじいさん。
他の人が聞いたら、他愛もないお話なのかもしれないけど・・・、その一つ一つ全てがおじいさんの大切な思い出・・・。



私は一言も聞き漏らさまいと、熱心に聞く。

おじいさんがお話の合間に見せる笑顔に、私にも自然と笑顔ができる。



そして、また・・・、見たことのない祖父を想像する。



「ああ、ここじゃ、ここじゃ」
顔を上げ、おじいさんが前方に見える一軒家を指差す。
築30年以上はしてそうな、古いお家だった。



私の胸の鼓動が急に高まる・・・。
それは・・・、一つの決心に近いものであった・・・。



「冷静に・・・」私は一つ大きく息を吸い込む。

そして、ゆっくり呼び鈴を押すと、奥から若い女性の返事が聞こた。



「お嬢さん、今日は本当にありがとう。お嬢さんみたいな優しくて親切な若者がおるとは、まだまだ日本も捨てたもんじゃないのう」
おじいさんがそう言って、にこにこと笑う。

私に向けられた感謝の言葉・・・。
その言葉が終わるとすぐに、玄関の引き戸が開かれた。

中から姿を現したのは、二十歳くらいの若い女性であった。
突然の見ず知らずな私の訪問を受けて、少し驚いている様子が伺える。

「あ・・・、あの・・・、どちらさまでしょう?」訝しげにたずねる女性・・・。

その言葉を聞いたおじいさんが、「わはははは」と笑い声を上げた。

「いやいや、申し訳ない!家を間違えてしまったようですじゃ!もう、すっかり頭の方も年を取ってしまったようで、困ったもんじゃのう」
そう言って、照れくさそうに笑うおじいさん・・・。

さっきまでなら、私も一緒になって笑っていただろう・・・。



迷いは初めから、私の中にあった・・・。でも、それを振り切って―――



「サチコさんでいらっしゃいますか?」と、その女性に向け、質問を投げた。



女性は驚いた表情を崩さず、「・・・はい」と答える・・・。



その返事を聞いた瞬間、おじいさんの笑い声が途絶える・・・。
おじいさんのあの・・・、優しい笑顔・・・。



けれども、私はあえて振り向くことはせず、持っていたクマさんのぬいぐるみをサチコさんに差し出す・・・。

「お誕生日・・・ですよね?」

「・・・え?」
サチコさんはそれを受け取るとすぐに、はっと息を呑む・・・。

「おじいさん・・・、いらっしゃいましたよね・・・?」
私は感情を無理に押し殺し、たずねる・・・。

「・・・はい、でも―――」
小さくうなずくと、サチコさんはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて・・・、答えた・・・。










「10年前に・・・、亡くなりました・・・」





これが・・・、現実・・・。





目に涙をためたまま、サチコさんが話してくれた・・・。

「10年前の今日・・・、そう私の誕生日でした・・・。おじいちゃん・・・、誕生日プレゼントを買ってくる、って出かけていったんです。
何を買ってきてくれるのかは、教えてくれませんでした。でも、前からずっと、このぬいぐるみを欲しがっていたんで、きっとこれを買ってきてくれるんだろうなあ、
って・・・。すごく・・・、すごく優しいおじいちゃんだったから・・・」

そこまで話してくれて、サチコさんの目から涙があふれる・・・。



「冷静に・・・」私は今にも流れ出そうな涙を、必死にこらえる・・・。



「そして、その帰り道・・・。持病の心臓発作に倒れて・・・、そのまま・・・。本当は、もう少し発見が早ければ助かったらしいんです・・・」
はなをすすりながら、ぬいぐるみを見つめる。
「どうして、一緒についていかなかったんだろう・・・?いつも一緒だったのに、どうしてあの時だけ・・・?
おじいちゃん・・・、きっと私のこと、うらんでると思います・・・」

流した涙も拭かず、悔しそうにぬいぐるみを抱きしめるサチコさん・・・。

サチコさんもおじいさんのことを、大好きだったんだ・・・。とても大事に想ってたんだ・・・。

「そんなことないですよ」
私はそっと、サチコさんの震える肩に手を置く。
「おじいさん、あなたのことをとても愛してくれてますよ。お父さんを幼い頃に亡くされて、とても不憫だって・・・」

その言葉に、はっと顔を上げるサチコさん。
「あなたは、一体・・・?」

「私・・・、ゴーストスイーパーなんです。まだ見習いですけどね。サチコさんのおじいさんに導かれて、ここまでやって来ました」

「え?じゃあ・・・、おじいちゃん、ここに?」

私は小さくうなずき、彼女の手をそっと握ってあげる。

「おじいさんは10年間ずっと、このぬいぐるみをプレゼントできなかったことを、悔やんでいらしたんです。でも、その想いは今、果たせました。
これからは、ずっと、サチコさんの側で見守ってくれるはずです」

その言葉を聞くと、「おじいちゃん」と一言つぶやき、サチコさんはぬいぐるみを見つめる・・・。

涙に濡れたままの笑顔・・・。でも、おじいさんゆずりの優しい笑顔であった。



その様子を見届け、おじいさんの方を振り返ってみた。



おじいさんの霊体は輪郭がぼやけ、消えかかっていた・・・。
でも、その表情はとても穏やかで、変わらないあの優しい笑顔を浮かべていた。



『成仏』の瞬間・・・。



私が笑顔でうなずくと、おじいさんも笑顔で答える。

そして、ゆっくりこちらに向かい、サチコさんの抱いているぬいぐるみの中へと消えていった。



私は一つ頭を下げ、黙ってこの場を去る。

ずっと我慢していた涙が、あふれてきたから・・・。



私は指で涙を拭うと、事務所に向かって走り出した。

泣いてはいられない。また、すぐお仕事だし・・・。
それに、一人前のゴーストスイーパーになるには、いつまでも、めそめそしていてはいけないから。

でも、まだ私は半人前・・・。
あとで、美神さんに全部話して、甘えて思いっきり泣いてもいいかなぁ・・・。




私はゴーストスイーパー。

まだ半人前だけど・・・。

でも、いつかは美神さんや横島さんのように、一人前になって・・・。



もっと、悲しみと「こんにちは」して行かなくっちゃ・・・。


 完

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