ザ・グレート・展開予測ショー

陥穽


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 1/23)

 1月も半ばを過ぎ、正月の気だるいあの時間を早くも懐かし
みつつ、人々の多くは日々の仕事に従事していた。
 底抜けの晴天の下とはいえ、やはり身を切るような冬の
寒さである。路上に立ち、交通整理に励む1000歳を超え
た老人には、なかなかに堪えたに違いない。
 しかし己の不遇を嘆くでもなく、はきはきと自動車の誘導に
精を出していた。その彼のすぐ近くでは、小柄な少女がこの
寒さの中で白い腕を露にしながら男勝りの勢いで、ツルハシ
をアスファルトに向けて振るっていた。正確に、流れるよう
な動作でツルハシが頭上に持ち上げられ、一拍の停止後には
少女の細腕から繰り出されたとは思えぬほどのスピードと、
破壊力を伴い、目標を見事に粉砕していく。こちらの少女も
また、ただ黙々と自分の仕事に勤しんでいた。
 仕事に対しての誇りすら感じとれる二人の背後から、一人
の男が声を掛ける。
「Drカオス!マリア!また生活費稼ぎですか?」
 その声に、仕事の手を休めることなく老人と少女は答えた。
「・・・なんじゃ。西条か。このような場所で何をしておる?
工事関係者以外は、立ち入りを遠慮してもらいたいな。」
 意外な来訪者に対して、幾分の不審をはらんだ台詞がDr
カオスの口からもれる。
「ハロー・Mr西条。」
 こちらは感情を極力殺したような、マリアの声。
 西条は頭に工事用の黄色いヘルメットを着用し、工事現場
の主任を引き連れていた。どうやら、Gメンがらみの仕事ら
しい。今の自分の仕事にしか興味の無いようなそぶりのカオス
とマリアに、現場主任が声を掛ける。
「カオスさん、マリア。二人とも休みをとってくれ。時間は無
制限でいい。」
 現場主任はちらりと西条を伺い、それに西条が軽く頷く。
そのやり取りを見たカオスが、大声で言う。
「無制限は大いに結構だが、時給がその分減るわけじゃあ無か
ろうなあ?・・・なあ、西条よ!」
 我が意を得たりと、西条が答える。
「もちろん、それはあなた次第ですがね。まあ、寒空の下で交
通整理に励むよりは、効率よく稼げるかもしれませんよ。」
 西条の台詞にしばし考え、彼の提案に乗ることにする。西条
の支払いに関しては問題ない。どこぞのゴウツク女に、爪の垢
でも飲ませてやりたいくらいだ。
 しかし、その為にはこれから西条の依頼をつつがなくこなし、
彼に最大限の満足な結果を提示しなければいけないのだが、ま
あ、それはそれで何とかなるであろう、仮にもヨーロッパの魔
王とまで呼ばれた自分であるのだから。
 カオスは西条に頷いて見せると、彼とマリアを引き連れ近く
の喫茶店に向かった。

「で?今回の依頼内容は?」
 暖かいおしぼりで顔をひとしきり拭いたカオスが、切り出す。
彼の横に陣取るマリアも、何の躊躇いも無く顔を拭いている。
 二人の狂態にやや唖然としながら、西条がテーブルの上に分
厚い茶封筒を差し出す。いかにも『部外秘です』という面構え
をした封筒と西条をカオスが見比べ、無言で資料に目を通しだす。
 注文のコーヒーに煙草というお決まりのスタイルで、西条はカ
オスが資料に目を通し終わるのを待つ。その間、マリアはどこに
隠し持っていたのか精密機械用潤滑油の缶にストローを差し込ん
で、静かにゆっくりとソレを味わっていた。
 カオスのコーヒーは一口も減ることなくゆっくりと冷たくなっ
ていく。コーヒーがすっかり冷め切った頃、カオスが資料から西
条に目を移した。
「なるほど、この事故は人為的ミスの線で捜査が進んどるように
TVでは伝えとったが、お前さんはオカルト絡みと踏んだわけじ
ゃ?こりゃあまた、難儀な依頼じゃな?」
 カオスの軽口に、西条は肩をすくめる。
「自信がありませんか?」
 カオスはその挑発的な台詞に、苦笑しつつ呟いた。
「ふむ、まだまだ若いのう。」
 カオスの呟きを無視して、西条は続ける。
「この一件は千載一遇のチャンスなんです。我々Gメンの心霊捜
査の存在価値を世に問い、知らしめる為にね。そのためには、今
回どうしてもあなた方の力が必要なんです。」
 西条の熱弁にさして感銘を受けたわけでもなく、カオスは言う。
「まあよいわ。ギャラさえ出せば付き合ってやるわい。ただし、
自分が思い描いた結果と違っていても、落胆はするまいぞ?」
 おどけたように聞くカオスに西条は、わかってますとまじめに
答えた。

 西条、カオス、マリアの二人と一体は巨大な倉庫、いや格納庫
という形容がふさわしい場所にいた。そこは、航空機事故が起き
た時にバラバラになった機体断片を並べ、専門家チームによる分
析に使われる場所である。底冷えするような広大な格納庫の中に、
今はこのメンバーしかいない。
 そしてメンバーの前には今回の異質な事故の主役である、ひし
ゃげた航空機がおごそかに横たわっていた。機体の状況を見たカ
オスが、呟く。
「こりゃあ、ひどい。よくこれで、死者が出んかったの。」
 カオスの所見に、西条が補足を入れる。
「ええ、幸いにも貨物便でしたからね。しかし、積載されていた
荷物の8割以上に被害が出てしまい、保険屋さんは大忙しですよ
。」
 軽く笑った西条の顔が、次の瞬間には一転する。
「・・・さて、本題に入りましょうか。先の資料に記載しておき
ましたが、今回の事件は貨物の中に大量に積み込まれていたオカ
ルトアイテムが起因している可能性が非常に高いと思われます。
国宝級の品もかなり積み込まれていましたしね。だが、ピンから
キリまでその数900点近くありましてね、なかなか対象を絞り
込めないんですよ。それに、無事であった品はすでに返送されて
いるので断定も難しい。・・・そこで、この手のアイテムに詳し
いあなた方の登場をお願いした・・・ここまではいいですね?」
 西条の鷹揚な態度の説明にさして気を悪くした風でもなく、カ
オスが答える。
「つまりは、積載されていたリストからソレらしい物品の選別と
その歴史的背景を調べて、今回の事故を引き起こしたと思しき品
を見つけ出したいということじゃろう。・・・まさに、マリア向
けの仕事じゃわい。」
「そうです。まず最初に必要なのは、正確無比なデータに裏打ち
された選別作業なのです。」
「その後の、判断は人間の役目ということじゃな。うむ、若造の
くせにしてはよくわかっとる。」
 西条とのやり取りに、満足をおぼえたカオスが続ける。
「では、はじめようかの。マリア、全積載品の照合とそれぞれの
帯呪霊力の量、さらに積載位置による相互作用における霊圧の異
常、当日の屋外の霊的条件を全て考慮し、事故原因の可能性5%
以下の品を全て除外し、有力該当品順にリストを作成せよ。」
 その命に戸惑う事無く、マリアが答える。
「イエス・Drカオス。Mr西条・マリアが・調査上必要と判断
した・官民全てのデータベース及び・全機密文章への・Gメン権
限による・閲覧行為の許可を・要請します。」
「ああ、いいよ。ただし、Gメン許可のもとではなく、足がつか
ないようにやってくれないか?君は加減を知らなさそうだからね。」
 下手をすればGメンの名でペンタゴンにでも侵入しそうなマリ
アに、釘をさす。
「オーケー・Mr西条。これより・実行に移ります。」
 マリアは格納庫に備え付けの高速回線を複数自分の頭のポート
につなぎ、演算特化による不足電力をコンセントから確保する。
 一連の準備が終わるや否や、ガリガリと何かを削るような音が
その頭から漏れ、コンピューター以上の自己判断力と、人間以上
の情報処理能力のあらん限りを発揮し、事件の真相を切り開く証
拠の選別を開始する。時折、設定条件の変更要求や、さらに詳細
な設定要求などがマリアから発せられ、カオスがそれに修正コマ
ンドを与えていく作業が続いた。
「選別作業の・終了。プリントに・入ります。」
 西条がタバコを一箱ふかし終える頃に、その宣言ともどもマリ
アにつながれていたプリンターから膨大な量の用紙が印刷され始
める。
 西条はその印刷一枚目、つまりマリアが演算ではじき出した最
有力候補が記載されているコピー用紙に目を通す。
「フム、悪魔グラヴィトン像・・・古代フトール帝国において・
・・」
 平静を装っていてもやはり心逸ってしまい、その口からぶつぶ
つと独り言が漏れる。しばらく熱心に目を通していた西条が、グ
ラヴィトン像の関連事項にある一文に、突如硬直する。
「追記。展示期間中、同美術館にて美神除霊事務所の除霊作業を
確認。」
 全く予想外の名であり、どのような理由があるのかは知らない
が、西条の霊能者としてのカンがけたたましくその胸の中で叫び
だす。
『・・・間違いなく・・・彼女等が・・・絡んでる。』
 半ば確信しつつ、疲れ果てた声でマリアに言う。
「・・・マリア、印刷を一時中断して、事故当日の美神チーム全
員の行動を追ってくれ。あと、当日から今日までの令子ちゃんに
不審な金の流れが無いかもだ・・・」
「イエス・Mr西条・実行します。」
 突然の要求に何の疑問を持つことも無く、マリアが答える。
 このわずかばかりの間に、果てし無く疲れて老け込んでしまっ
た空気を纏った西条を見て、カオスは呟く。

 『今回の事件は、迷宮入りしそうだわい。』
   
         


            おわり

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