ザ・グレート・展開予測ショー

たった一行で〜 不安


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 1/22)


 ガラス窓に映る彼の顔は冴えない。青白い色をした炎をただ、ぼけーっと見つめている。ため息を一つ、ついても、彼には何も感じ取れはしないだろうが。

 「いい加減、立ち直ってくれ。雪之丞」

 「・・・手を振ってるんだ」

 虚空を見る彼の目は正気を宿してはいない。自然、口元をひきつかせつつ、彼の言葉を待つ。

 「?」

 「優しい、声だった。―――いつかどこかで聞いた声・・・。そう・・・」

 「おい、雪・・・」

 「俺も、もうすぐ、そこに行くから・・・」

 ばきぃっ!!延髄に蹴りを入れ、前のめりになった雪之丞、その胸倉を掴み、頬を叩く。叩く手のひらが痺れを感じるほど、強く。

 「目を覚ませっ!!」

 はっ、とした表情で、横島を見る雪之丞。その目に、先ほどまでの人を不安にさせる色は見えない。

 「・・・横島、ここは」

 辺りを見回し、尋ねる。見覚えのない部屋。2LDKの、住み心地の良さそうな、とても、目の前の親友が住んで良い部屋ではなかった。

 「悪かったな」

 「何がだ?」

 「住んでて」

 「・・・口にしていたのか?」

 「顔が物語ってる」

 「そんな器用な特技を身につけた覚えはないんだがな」

 ・・・引き攣った笑みを浮かべる友から視線を離し、つけっぱなしになっていたガ
スバーナーの火を止める。

 「危ないな・・・つけっぱなしにするなよ」

 「火が・・・火が・・・とか何とか言って、ガスバーナーを点火したのは他ならぬ
お前だ」

 「・・・記憶にないな。・・・ところでカップ麺あるか?」

 「ガス台の下の棚の中にあるから、三つ出してくれ」

 「どっちが二つだ?」

 「・・・四つ、出してくれ」


 満身創痍の体で雪之丞が事務所にやってきたのは昨晩のことだった。金も持たずにタクシーに乗り、料金は横島持ち、という極悪非道なことをやってのけた後は、何故か火のあるところに近づきたがった。何か思うことでもあるのか、青い炎を見、

 「本当に怖いのは、熱さじゃない。寒さだ」

 と、何だかよく分からないことを言ってくれた後は、ただ、動こうとしない。
 ため息をつきつつ、無理矢理に彼の家に連れ帰った。

 「あの場所じゃあ、弓さんに見つかっちまうだろうからな」

 「そうだな。いくらあいつでも、この場所までは知らないだろう」

 「・・・お前、彼女に何されたんだ?」

 「聞くな。頼むから」

 「・・・わかった。分かったから泣き止んでくれ」
 


 「んで、俺にやって欲しいことってのは?」

 「雇って欲しい。今すぐに」

 「無理だ」

  即答。

 「な、どうしてだっ!?お前、俺の実力がどの程度のものか知ってるだろ!?」

 「お前の実力は知ってる。けど、GS免許を持たないものは正社員と認めることは出来ないし・・・それに」

 「正社員である必要はないっ!アルバイトでも全然構わない!時給・・・そうだな、255円ってのは少しきついが、それでも・・・」

 「俺、今、事務所閉めてんだよ。仕事させてもらえないんだ。だから、たとえお前を雇っても給料は出せない。時給・・・だと、お前、一時間も働けないだろうしな」

 「・・・どうして閉めてんだ?」

 「仕事させてもらえない、ったろ?GS協会から業務停止処分食らってるからな。あと、二ヶ月と半は、無理だ」

 「・・・?どうしてお前がそんな差し止めを食らったりするんだ?美神の旦那なら
わかるが・・・お前がそんなやばいことするわけはねえだろ?」

 「いや・・・まぁ・・・その」

 「まさか、身代わり・・・美神の旦那からクビにされたってのも、そのためかっ!?」

 「違うっ!!悲しいくらいにそんなことありそうだが違うっ!!」

 「・・・じゃあ、何だよ」

 「話す必要は・・・」

 「ない、とは言わせないぜ・・・」

 「・・・分かったよ」



 「なるほどな。そいつは災難だったな」

 カップ麺をずるずると口の中に運びながら、雪之丞は言った。あまり真面目に聞いているようには見えなかったが、目だけは真剣に俺を見つめている。

 「・・・ルシオラのことを・・・言われちまったらもう何も考えられなくなった。ただ、憎しみで心がいっぱいになって・・・。殴りつけてた。何度も、何度も」

 握り締めていた手を開き見つめる。―――思い出す。拳についた血の色を。そして、硝子で傷つけた時に見えた俺の拳。

 「・・・当たり前だ。惚れた女を悪く言われて黙っている奴があるかよ・・・。むしろ、そうすべきだったんじゃねえのか?別に気に病む必要なんてねえさ」

 薄笑いを浮かべながら、言う。俺も、自分でも知らぬ間に身に作っていた酷薄な笑みを浮かべ返す。

 「違う・・・俺はあんな奴のことなんて、どうとも思っちゃいない。悪いことをしたなんてまるで思っちゃいない。でも・・・」

 「シロか・・・そして、おまえ自身の中の変化」

 はっと、雪之丞の顔を見る。が、彼は二つ目のカップ麺に手を伸ばそうとしていて、俺の目なんてまるで気にしてはいないようだった。或いは、続けろ、と言外に匂わせているのかもしれなかった。

 「見えちまった。あの時に俺に見せた二人の目を。あいつらは、俺を見てなかった。何か、俺でない、異質なものを見ているようだった。―――正直、きつかった。俺がああなっちまったら、あいつらはあんな目で俺を見るようになるのか、ってな」

 漠然として不安、将来にそれが現実になってしまうような、リアルな想像。いつのまにか、俺は自分の体を掻き抱くようにしていた。

 「・・・何があった。おまえの中で?」

 雪之丞の顔を見る。何かを知っているのか、その顔には笑みはない。真剣な眼差し、俺は、はぐらかすように答える。

 「・・・魂の継承。その過程で、彼女が見落としていたもの」

 「魔族と人間の間の精神の違い」

 ―――破壊を求める魔族の衝動的な感情、似たようなことが人間にもある。それが結びつくことで生まれる精神の破綻、それは、力を持ってしまうことから起こる。そんなことを、普通の人間が知るはずがない。

 「・・・どうして、分かった?」

 「旅先であった男から話を聞いた。お前と似たような状態になった男の話を」

 「どうなったんだ?そいつは」

 「魔族の破壊衝動を押さえつけて、封印することに成功したらしい」

 「・・・そうか」

 「・・・魔族の全てがその衝動を持っているわけではない。ルシオラには、それが
なかったようだが・・・?」

 「あいつには・・・多分、なかったんだろう。いや、あったとしても、それを封じる術を持っていた・・・」

 それとも、見せることを恐れていたのか?自分の醜い部分を。そんなもの杞憂に過ぎないというのに。

 「お前は・・・?」

 「今は分からない。でも、力を持った人間が何をするのかなんて、分からないだろ
う?俺は、あまりにも力を持ちすぎてる」

 「・・・まさか、お前がそこまで弱気になってるなんてな。・・・帰って来て良かったぜ。お前がつぶれる前で、本当にな」

 「・・・?」

 「横島・・・お前、自分がどの程度の強さなのか、把握してんのか?幾ら文殊を持っていたとしても、それでお前が自分を危険視するほどの強さに即つながるのか、正直、お前は自分を過大評価しすぎているように俺には思えてならない」

 「・・・そうかもな。でも・・・」

 「俺は帰って来て思った。お前が思う以上に、みんな成長してるんだよ。特に、あのアシュタロスとの戦いの渦中にいたものはみんな思ったはずだ。力が欲しいってな。そして、俺たちにはそのレベルを上げる術がある。・・・」

 「・・・お前もその一人ってことか?」

 「自分の無力さは誰よりも分かってる。分かってるからこそ、把握できているつもりだ。何が出来て、何が出来ないのか・・・」

 「・・・雪之丞、お前は一つ忘れてる」

 「・・・ん?」

 「無力を嘆いたのは、お前達だけじゃない。俺も、だ」

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