ザ・グレート・展開予測ショー

悲恋


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 1/20)


 不自然な程に丁度良く、彼女の姿があったこと。雨が降っているわけでもないのに、折りたたみ傘を持って立っていたこと。そういえば、二時間前までは降っていた気がするのだけど。
 俺を待っていたのか?そんなことを言う気はない。彼女の姿があったからといって、そんなことを言えるほど、俺は自分に自信がない。ただ、彼女の傍を通り過ぎる。―――彼女の顔をできるだけ、自然に見ないように心がけて。
 行き過ぎる。彼女は何も言わない。
 すれ違った時にも、彼女は口を開かない。
 僅かに一瞬、彼女と目が合う。
 何故だろう。俺はその瞬間、顔が赤くなるのを感じ、それと共に罪悪感を感じる。
 そして、もう二度と、彼女と話さないことに決めた。



 思い人の名を何度口にしてみても、私にはその思いが色褪せるとは思えなかった。
 “悲恋”というには、あまりにも一方的な片思い。どうにかして、彼にこの思いの丈をぶつけたかった。どうしたって、彼が振り向いてくれるとは思えなかったけれど。
 心奪われた人がいると、彼は私に言った。
 いつもよりも、どこか照れくさそうな笑顔で。
 私はそんな彼を祝福し様として、幼心に気付く。
 彼の事を応援しようとする自分がいる一方で。
 彼の好きだというその娘に対する嫉妬、確かに存在するその感情に。
 私は、その好きな彼女の事を彼に教えてもらおうとしたが、彼は教えてはくれなかった。ただ、恥ずかしそうに、手を振るだけ。
 からかうつもりなんてない。と、真剣に言えば言うほど、彼の顔から笑みが消えて。
 一瞬だけ、彼が泣き出しそうな顔を作ったことを思い出す。



 彼女に好きな人がいることは知っていた。
 それが自分達の共通の友人で、人気者の少年だということも。だから、その親友がいなくなった時から、俺は彼女に声をかけることが出来なくなった。
 誰よりも自然に、一緒に過ごすことが出来たはずの時間はいつのまにかなくなってしまっていた。俺たちの間にあった絆はどうやらあっさりと消えてしまったらしい。それが、俺にとっては幸いだったかどうかは知れない。
 俺は彼女が好きだった。そして、親友も彼女が好きだった。彼女は親友を好きだった。だから、俺と彼女の間に何かが生まれることはない。友達以上の何かが生まれることはない。生まれることは許されない。
 友情なんて、言葉で誤魔化すつもりはないけれど。それでもあのころの俺の心の中に占めていた彼女への思慕は、淡い恋心にすぎなかった。抱くことなど許されぬ、淡い。
 忘れることが出来たなら、それでもまだ、苦しくなんてなかった。彼女にとって見れば、その他大勢の一人に過ぎなくなるのは辛かったけれど、それでも、友達でいたいとは思えなくなっていた。
 めぐり行く季節の中で送られる手紙だけが、俺と彼女をつなげる唯一の共有点だった。



 「銀ちゃんからの手紙」、その言葉をどれだけ心待ちにしていただろう。彼が私の下にやってくるのは、その手紙を渡しに来る時だけだった。
 どこか嬉しそうに、どこか寂しそうに。彼は私にその封筒を渡す。いつも同じ、真っ白な封筒だった。汚れた所なんてない、彼が読んだ痕跡のない、真っ白な封筒。

 「読んだの?横っち?」

 彼は首を横に振る。そして、私に言う。

 「銀ちゃんの手紙、お前、先に読みたいだろ?」

 私はその時に浮かべる彼の表情が悲しかった。私は、その内容を彼が去ってから読み始める。そして、私の周りにいる女の子達と共に、遠い地にいるであろう、彼のことを話し始める。
 何度も何度も読み返して、そして、彼に返す。

 「もう良いのか?」

 彼はそう言いながら受け取る。私は頷き、背を向ける。彼は、私から受け取った後にその手紙を読む。何度も、何度も。そして、私に渡す。
 月に一回。早い時には、二週間に一回届くその手紙が、私と彼を結ぶたった一つの糸。



 「横っち・・・引っ越すん!?」

 皆が帰り支度をしている放課後に、誰かの声が教室内に響いた。
 俺は照れくさそうに、「おう」とだけ答える。
 何で?どうして?と、みんなが聞きに来る。いつもは話さないような奴も―――と言っても、何らかの形で関わってはいるんだけど―――聞いてくる。その一つ一つに、律儀に答えながら、俺は思いをめぐらせていた。
 離れ離れか・・・と。好都合なはずだったけれど、やっぱり、彼女の元から離れるのは少し辛かった。報われるはずのない恋だったけど、それでも、こんなにドキドキできる存在がいることは悪い気分じゃなかった。
 彼女の方を見る。どこか、青ざめた顔で、俺を見ている。俺は彼女が浮かべる表情の意味が掴み取れなかった。どうして、彼女はあんな顔を浮かべるんだろう?寂しいのかもしれない。だけど、銀ちゃんが転校した時も、あんな顔をしていただろうか?
 立ち上がり、夏子の傍に行く。クラスの連中が、何かがやがやと言ってたけど、知らん振りで。

 「大丈夫か?顔色悪いけど」

 「・・・誰のせいよ」

 「は?」

 「・・・何で、私に教えてくれなかったの?」

 「・・・何でって」



 頬を叩いた私の手は熱かった。そして、何より痛かった。彼は叩かれた頬を押さえて、私を見る。呆然とした顔で。
 私は、頬を伝う涙を拭うと、教室を出た。そして、屋上へ行く。そこでわんわん泣いた。涙を流しすぎて、もう、これ以上泣けないくらいに。
 銀ちゃんの転校を彼本人から聞いたときに感じた、喪失感よりも大きい悲しみ。
 銀ちゃんからの告白を、断ってしまった時に感じた、喪失感より重い痛み。
 彼が私と一緒にいることがなくなって感じた、喪失感よりも切ない思い。
 彼がいなくなる。私は、彼に思いを伝える術を失ってしまった。



 「何で、夏子・・・」

 頬を押さえたままで、突っ立ってる俺をみんなが笑う。振られただの、好き勝手に。俺も、愛想笑いを浮かべている。どうしようもなく混乱した頭では、良い考えなんて浮かぶはずもなかった。ただ、彼女に叩かれた頬に帯びた熱を感じながら、俺は笑っていた。



 不自然なほど丁度良く、彼の姿があった。雨が降っている中、傘を差して。昇降口を振り返り見る。立てかけられた時計の短針は七に近づいている。確か、彼は帰宅部だったはずだった。それなのに、どうして、こんな時間までこんな場所にいるんだろう?
 私を待っていてくれたんだろうか?そんな都合の良い考えが脳裏に浮かぶ。そして、すぐに消える。そんなはずはない。いきなり、頬をはたいた相手を待つ人がどこにいるだろうか?彼は私以外の誰かを待っているのだ。
 きっと、いつか、彼が私に話した、『彼の好きな人』の事を。
 辺りは薄暗く、人の気配がない。それでも、彼は待っている。この昇降口からでてくるであろう女の子の事を。その女の子をうらやましく思った。きっと、彼女は、誰よりも彼に思われているに違いない。そして、転校のことも、誰よりも早く伝えられたろう。
 釈明のつもりで待っているのか、それとも、ひと時の逢瀬のために待っているのか?それを知る術はない。それでも、彼がただひたすらに待ちつづけていることが悲しくて仕方なかった。
 私は傘も差さずに飛び出した。降り注ぐ雨は冷たく、靴はアスファルトの凹凸に溜まった水溜りに濡れてしまった。それでも、気にせずに。
 彼とすれ違う瞬間、彼と目が合う。
 彼と行き違う瞬間、彼の手が私の手に触れる。
 彼が私を引き寄せて、自分の傘の中に入れる。

 「風邪・・・引くから」



 「風邪・・・引くから」

 雨のせいか、彼女はまるで泣いているように見えた。頬を伝う雫が、まるで涙のように。彼女は右手に傘を持っていた。それなのに、差さない。ひょっとしたら、俺のことが嫌で、さっさと通り過ぎたかったのかもしれない。

 「・・・傘、差してけよ」

 彼女の手から傘を取って、開く。そして、彼女に渡す。

 「・・・誰を、待ってるの?」

 彼女は尋ねる。開いた傘を、地面において。雨がその傘に水をためていく。その様子に顔をしかめつつも彼女に答える。

 「別に誰も。ただ、校舎を目に焼き付けとこうと「嘘」」

 「・・・あんたが、そんなに殊勝なことするはずないじゃない」

 「殊勝ってなんだ?」

 「誰を、待ってたの?」

 「お前」

 指差す俺に、彼女は目を見開く。自分を指差して、パクパクと口を開け閉めする。

 「そんなに驚くことはないだろうが」

 俺はそんな彼女の様子に苦笑しながら、彼女の傘をひっくり返す。雨がざばぁ、落ちていく。それを閉じ、彼女に手渡す。何故か呆然とつつ、受け取る彼女。が、唐突に怒り出す。

 「な・・・何で私なのよ!?」

 「怒ることはねーだろが」

 「・・・と言うことは・・・(横っちが好きなのは私・・・って何でそうなるのよ!?)」

 「一つ言っとこうと思ってな」

 「へ・・・」

 「銀ちゃんの手紙・・・お前の元に来るようにするから」

 「・・・うん」

 そして、そのまま歩き出す。相合傘ということに、気付いてないわけじゃなかったけど、悪い気はしなかったんでそのままでいた。特に、言葉もない。銀ちゃんが行ってしまってから、二人の間に共有する思い出など何一つもなかったから。それでも、俺にとっては心地良かった。彼女と二人帰る道は、雨の中なのに、いつもよりもどこか綺麗に見えた。

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