ザ・グレート・展開予測ショー

聖母?


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 1/20)


 これは短編です。


 「マリアが妊娠した」

 「はぁ?」

 まだ、夜も明けぬ午前四時、窓ガラスを破って侵入した賊は、寝ぼけ眼の俺にそう言った。しゃがれた声で。そう、その声の主は間違いなく、あの爺さんだった。

 「なぁ、もう一度言ってくれないか?マリアが何だって?」

 「マリアが妊娠した」

 その言葉を聞いて、卒倒しそうになる俺の頭を、金槌で殴り、無理矢理に起こす。頭が痛い。でもそれ以上に、お腹の辺りがきりきりと痛む。

 「・・・相手は誰なんだ」

 ちなみに、俺は彼女が妊娠できるかできないかなど、頭にはない。

 「分からん。しかし、最有力人物はおまえじゃろ」

 「何で!?」

 「惚れ薬の一件から、間違いなく、あいつはお前に惹かれていっとる。それで行くとこまでいって・・・」

 俺はカオスの言葉に、その姿に唖然とした。マリアの俺に対する恋心ってのもそうだが、この爺さんの剣幕も恐ろしく真剣な響きがあったからだ。いや、当たり前のことではあるんだが。この爺さんの顔がいつものおちゃらけた様子ではない、本気で怒っている響きがあった。

 「待て待て待て待てっ!!俺はマリアと・・・その・・・何だ・・・ごにょごにょはしてないしだな・・・それに、俺は殆どマリアとは会ってないぞ」

 「むぅ・・・惚ける気かっ!?」

 「惚けてない。つーか、いっつもあんたとマリアは一緒にいるじゃねーか。あいつが俺と会ってないことくらい、あんたなら分かるだろ?」

 「ふん・・・そう言うと思ったわ。しかしな、わしは掴んだんじゃ。お前とマリアの逢瀬の時間を・・・」

 「?」

 おうせ・・・?

 「マリアは、わしが眠った後部屋を出、どこかへ向かっていった。間違いなく、この方向へな」

 「そんで・・・俺だと」

 「ふふふふふふっふ・・・どうじゃ、ぐうの音もでんじゃろ?」

 「ぐう」

 「・・・」

 「無言で金槌を振り上げるのは止めてくれ」

 彼の腕を両腕で押さえながら。不意に気付く。

 「なぁ、マリアって妊娠できるのか?」

 「できるわけがなかろう」

 「・・・」

 「・・・むぅ」

 「帰れ」

 金槌を握り締め、俺に背を向けたカオスはまだ、首をひねっていた。俺は期せずしてできてしまったこの空白の時間をどうやって埋めようか考えていた。
 そして、眠ることに決めた。




 「マリアが、妊娠した」

 日中で、最も気温が高くなるといわれている午後二時。しかし、残念ながら、空は黒く重い雲に覆われ、降り注ぐ雨に気温は凍えるほどの寒さに下がっていた。そして、砕かれた窓ガラスからビュンビュンと風が吹き込んでくる。ちなみに、俺は窓際。何気にガラスの破片が突き刺さって、痛い。ちなみに、言わなくてもわかるとは思うが、空から箒に乗って窓ガラスを割って入ってきたのは、今日だけで俺評価二十ポイントくらい下がったカオス(本人)だ。雨に濡れた黒い外套に、その身を包み込む姿は、ヴァンパイアと言われても不思議ではない、不遜な堂々とした態度と、自信に満ちた顔、そして、怒気を孕んだ目をしていた。

 「はぁ?」

 ちなみにここは学校で、授業中で、クラスの連中が集まる教室の中である。もはや、固いベッドも同じ机に寄りかかり惰眠を貪っていた俺にとって、その話題は寝耳に水の話だった。頭の中に、その今朝聞いた話がなかったといえば良いか、つまりはまぁ、カオスの爺さんがぼけた、という話に移り変わってしまっていて、その驚くべき内容のことは忘却の彼方に置いてってしまっていた、ということだ。

―――まぁ、マリアが妊娠した。しかも、俺以外の男の手で(怒)というショッキン
グなインチキ話、覚えていたくなかったってのが正直な話だが。
 そう、ここは教室内なのだ。

 「・・・爺い。物事は場所と時間と内容と状況、ついでに聞くものの心にどう映るのか考えてから話せ」

 「・・・聞け、小僧。何と今日、マリアはこう言ったんじゃ。『酸っぱいものが・食べたいです・ドクターカオス』となっ!!」

 そんな似てないものまね聞かされても嬉しくも何ともないのだが。まぁ、マリアにも酸っぱいものを食べたいと思うことくらいあるのだろう。
 ちなみに、このときの俺は、マリアが何か食べることができるのかなど考えれる状態ではなかった。

 「ほう。ちなみに、マリアには何を食わせたんだ?」

 「馬鹿か?小僧、マリアが食せるはずがなかろう」

 馬鹿はおまえだ。

 「帰れ」

 即答(0.5秒)

 壊れた硝子の間から、器用に箒にまたがると飛んで行く。この雨の中大変だろうに・・・。
 だが、俺はそんなカオスのことなど心配する余裕はなかったのだ。ここには、そういうゴシップが大好きな、思春期の果敢な少年少女たちが集まっているのだから。
 なし崩しにつぶれた授業に、先生は苦い顔をしつつも、その目は笑っていた。結局、聖職者も人間なんだと思わざるを得なかった。
 ピートは苦笑い、タイガーはこれを良しと見て早弁をしている。愛子はどことなく機嫌悪そうにしている。こういう時、青春よね、とか言う彼女の姿はどこにもない。
 まぁ、つまりは、味方は一人もいなかった、ということだ。
 降り止まない雨は、やがて、霙となり、そして、粉雪へとその姿を変えた。舞い散る雪を見ながら、今日は積もるのかな?と、辺りの、俺が恐らくは原因なんだろう喧騒を背に、風の吹き付ける窓の外を見ながら、そんな現実逃避をしていた。




 「マリア・妊娠・しました」

 と、彼女が俺の下にやってきたのは学校が終わり、美神さんのところへ寄って帰ってきた午後七時。どうやら、俺の家の前でずっと待っていたらしい。彼女の服には少し雪が積もっていた。その彼女の口元には、微かに笑みが浮かんでいるように見えた。

 「今日、カオスが二回俺の下にやって来て、それを話した。本当なのか?」

 マリアが、頷く。そして、俺を見つめる。

 「・・・んで、相手が俺だと、お前も言いたいわけだな?」

 マリアが頷く。そして、俺を見る。不安げな瞳で。
 おかしな話だと思う。彼女の目に映る微かな感情の変化なんて、分かる筈ないのだ。それなのに、俺は分かったかのように思っている。それが正しいのかどうかもわからないくせに、だ。それでも、俺にはそう見えた。だから。

 「俺とお前の子供なら・・・産んでくれマリア。んで、ついで、っちゃあ何だけど。結婚してくれ」

 マリアがどんな顔をしたのかは分からない。俺は、そのまま俯いてしまったから。それでも、俺の顔がどんなになってたかはわかる。顔が酷く熱を帯びて、熱かった。多分、真っ赤になっていたことだろう。
 彼女は何も言わない。ただ、俺の傍に来て頬を撫でた。ひんやりとした手が、とても、心地良かった。

 「嘘・です」

 だということは分かっていた。それでも。

 「俺は、嘘をついてねえ」

 彼女の手が、震えた。

 「・・・お前となら・・・いいと思ったから」

 彼女の顔を見る。俺の目に映ったのは、困惑した様子の彼女。

 「・・・私は・いえ・私も・・・横島さん・あなたが」



 二つの影が、一つになる。抱きしめた彼女の体は冷たくて、それでも、不思議と温かい。





 後日談


 「・・・つまりは、そういうことか」

 「わしの、早とちりだということか・・・」

 俺のアパートのすぐ傍でやってる工事現場の前に、午前二時、俺とカオスは突っ立ってた。それほどうるさいって事もなかったんで気づかなかったんだが。
 そこに、マリアの姿があった。重い鉄材を持ち上げ、孤軍奮闘している。

 「・・・お前のためだよ。カオス」

 「ん?」

 「彼女があれだけ頑張れるのも、あれだけ頑張っているのも、お前のため」

 「・・・」

 「命令なんかされなくたって、彼女は彼女の意志で動く」

 「当然じゃな」

 「ん?」

 俺はカオスを見た。その顔には満面の笑み。

 「あいつを作ったのはわしじゃ。つまり、あいつの父親はわしじゃ。わしが育て上げた娘が、自分の意志で動けないような人形になると思うか?」

 「・・・マリアは、人間だよ」

 「そうじゃ。あいつは、人間じゃ。生を持って生まれ、そして、魂を持ち、流れゆ
く時の中で、自らで自らを育む」

 「冗談だって言うし、恋だってする」

 「・・・惚れたか?小僧」






 彼女の姿を見つめながら。

 不意に彼女がこちらを向く。

 簡易ライトの灯りは、それでも眩しく彼女を照らす。

 俺の目と彼女の目が一つの線に結ばれる。




















 「ああ」

 俺はただ、一言だけ返した。

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