ザ・グレート・展開予測ショー

いつかの日出


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/ 1/ 1)

気が付くと、ずいぶんと高いところに腰掛けていた。
なぜかいつものように厳密な高度の数値を割り出す事は出来なかったが、
自分の遥か足元に緑の絨毯の如く広がる森の木々から、その距離を推測する事が出来た。
お尻から伝わるザラついた感触と、足の裏で感じる傾斜からして、ここは何処かの屋根の上なのだろうか。

「………」

辺りを見回す。
目に入るのは、堅牢荘厳な石造りの城壁と、石造りの棟がいくつか、そして石造りの塔が数本。
全体的に質素な印象を受けるが、これは類型的に見て間違いなく中世ヨーロッパの城である。
そして自分が腰掛けているのは、その中央にそびえ立つ最も高い塔の上。

「………?」

自分がどうしてこのような場所に居るのか分からなかった。
見上げる空には無数の、本当に今まで見たことが無いほど数限りない星が瞬いている。
しかし、いつものようにそれらから位置と時間を割り出す事も何故か出来なかった。
唯一分かるのは、一方の空の色がグラデーションを呈して明るくなっていることから、そちらが東側で、今が明け方であるということ。

「………」

なぜだか、その東の空から目が離せなくなった。
最初に見た時はほんの一筋くらいだった明るいブルーの帯が、自分が見るそばから刻々と幅を広げながら明るさを増してゆく。
闇に溶け込んでいた遥か彼方の森が、一本線で縁取られたかと思うと、次第にその輪郭をハッキリとさせてゆく。

「……っくしゅ!……!??」

移り行く風景に見とれていると、突然鼻に違和感を覚えて……
2〜3回呼吸を整えた後、勢い良く鼻から呼気が吹きだす。
そしてそんな未知の感覚や、未知の反応を示す自分の身体を、疑問に思う。

「………」

そう言えば、さきほどから身体が小刻みに振動している。
具体的に何℃なのかはやはり分からないけれど、身体は確かに明け方の低い気温を感じ取っているようで……
無意識のうちに両腕で膝を抱えるようにして、縮こまった姿勢をとる。

「寒…い……?」

ひとたび全身に染み渡ったその感覚は、身体のみならずこの世の全てを凍りつかせてしまうかのようで……
もはや空の動きを目で追う気にもなれず、ただ身体を丸めて足元をじっと見つめる。
なぜ自分はこんなところで、こんなことをしているのか?……この場を離れてしまえば良いのではないか?
でも……


「ドコに行ったかと思えば……屋根の上とは。呆れたおてんば姫だ」

「………!!!」

背後から聞きなれた声がした。
なんだか、自分はそれを凄く待ち焦がれていたような気がして……
勢い込んで振り向くと、視野が真っ黒なものに遮られた。

「!!!???」

「明け方にそんな薄着では、風邪をひくぞ」

声のした方を向くと、すぐ隣に彼の顔があって……ちょっとギクッとする。
どうやら彼のトレードマークであるマントに、入れさせてくれたらしい。
今まで身体中を支配していた凍りつくような感覚が、一気にひいてゆく。
替わりに染み渡るのは、焼付きを起こしそうなほどの、妙な発熱。

「………」

思わず彼の顔から目を逸らし、再び東の空を眺める。
もはや全天には一片の闇もなく、遥か東の地平線にはまばゆい光を放つ輝点が一つ。
朝日は、今まさに昇らんとするところだった。

「おおっ、日の出か! こうしてあらためて拝む事はここ何年もしておらんが、いつ見ても美しいものだな!」

彼はまぶしそうに目を細めて、刻々と大きくなってゆく輝きに見入る。
そんな横顔を、じっと盗み見ているうちに、
ふと、口をついて言葉が出る。

「初日……です……」

ちょっと驚いたようにこちらを見る彼の、片眉がついっと持ち上がる。

「なるほど、私もそんな事すら忘れていたとはな。しかし面白いものだ。日の出など毎日の事だというのに、それが年の初めとなるとなにやら特別な印象がある」

苦笑いして、頭をぽりぽりと掻いてみせる彼。
色々とニブい彼、とりわけ時の移り変わりについては異常にニブい彼。
そんな彼に言葉をかけるこの自分は、本当に自分自身なのだろうか……?

「初日だって……毎年の事………。それでも今日のは………特別ですか?」

東の地平線では、原初の輝きの片鱗が、その真っ赤な顔をのぞかせ始めているところだった。
力強い光に、彼の横顔も真っ赤に照らし上げられる。

「姫……!」

日が昇るにつれて、ますます赤みを増す彼の頬と、ますます輝きを増す彼の目。
なんだか正視する事が出来なくて、顔を伏せる。

「あ、あなたは……これから永遠にも近い歳月を過ごして……幾多の初日を目にして……でも、でも、今日の……一緒に見た初日は……!」

頬に、額に、発熱を感じる。
きっと自分の顔も、真っ赤になっているのだろう……と思う。


「みなまで言わんでください。今日、貴女と共に見た初日は、喩え幾千の月日が流れようとも私の思い出の中で輝き続けます。………永遠に!」

自分の手首を、彼の力強い手がガシッと掴んだ。
そして徐々に身体が引き寄せられてゆき……


東の空では、既に少しの赤みもない真っ白な太陽が、
万物の影をくっきりと浮かび上がらせる透明な光線を放っていた。











『充電終了! 論理演算を再開します!』


「………!!」

意識の中に突然、自らの自動アナウンスが響く。
いつの間にか視野には朝日も森も石壁もなく、薄暗い室内が映るのみになっていた。
それは紛れもなく、自分が毎日を過ごす部屋の風景。

「………!?」

無意識に電源プラグをコンセントから引き抜き、やはり無意識に窓の外を見る。

「現在時刻・06:49……1月1日……2003年……」

そして空の様子から無意識のうちに割り出される現在の状況。
何故、先程はこれが出来なかったのか。
試みに窓を開け、アパートの屋根に出てみる。

「現在気温・-2.1℃……湿度・74.5%……風速・0.5m……」

当たり前のように頭に流れ込んでくる情報。
東の空を見ると、ちょうど明るいブルーが見え始めるところだった。
完全な日の出まであと12.7分といったところか……

「………」

しばしそのまま東の空の変化に見入っていると、先程経験した感覚が思い出されて、
先程と同じようにその場に膝を抱えて座り込み、背筋を丸めてみる。
自分でそんな行動を取りながら、自分がいったい何を意図しているのか、自分でも分からなかった。
こんなことをしなくても、オイルが凍結するわけでもない。関節が凍りつくわけでもない。
でも………



「ドコに行ったかと思えば……屋根の上とはな……」

「………!!!」

背後から聞きなれた声がした。
なんだか、それこそが自分の意図したものだったような気がして……
勢い込んで振り向くと、視野が真っ黒なものに遮られた。

「!」

「こいつは偶然……かのう? くっくっく。だとすれば、なかなか小粋な配剤ではないか?」

彼はひとしきり高らかに笑うと、クルリとこちらに顔を向けた。
その顔が、いつの間にか上り始めていた日の光に、赤く照らし上げられる。

「長くを生き、多くを忘れて来たが、あの時の事は今でも私の頭の中に鮮明に残っている!」

「………!!!」

身体の側面から当たる光と、頬や額の発熱を感じる。
彼の顔を見上げる自分の顔も、きっと今は赤く照らし上げられているのだろう……と思う。


「……そして、永遠に忘れることはないだろう!…………むろん、この朝の事もな」

言葉の最後に、彼は短くウインクをしてみせた。
『あの時』の指す内容は漠然とし過ぎていて、なぜか確信めいたものを抱きつつも断定するには至らなかったが、
『この朝』の方は自分に向けられた言葉であることが確実で……

「イエス! ドクター・カオス!!」

身体中を駆け巡る、発熱ともショートともつかぬ感覚に身を任せつつ……
もはや自動化されるくらい繰り返してきた返事を……自分の中で最も自然に出てくる言葉を……
冬の朝の澄みきった空気に響かせた。



東の空では、唯一無二の『2003年初日』が、
今まさに天頂へ向かわんとするところであった。



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