雪の降る野で
投稿者名:志狗
投稿日時:(02/12/30)
雪が降っている。
林に囲まれた平地に立ち、彼女はその光景を静かに見つめていた。
さっきその場に来るまでにつけた足跡は、降りしきる雪がすでに消してしまった。
ここに来るまでの痕跡が消され、まるで自分が初めからここにいたような・・・そんな事を考える。
(そんなことあるわけないのにね。)
浮かんだ考えをすぐに否定する。
しかし、目の前の光景はその否定の想いまでもすぐに薄れさせていく。
凍えるような寒さの中で、たくさんの大きな雪の結晶達が真っ直ぐに・・・それでもゆっくりと降って来る。
その大きさに不釣合いな落下速度は見ているこちらに小さな違和感を与える。
まるでこの場だけ時の流れが遅くなっているように思えた。
音もなくただただ降り続ける雪を見つめている内に、感覚が麻痺していくような錯覚を得る。
まずは聴覚だった。
さっきまで聞こえていた自分の吐息、自分の鼓動、あらゆる音が意識的にだが全て排除されていく。
音のない世界に包まれる。
目の前では無音のビデオテープのように世界が動いていた。
音は彼女にとって、忌避する物ではなくとも、あまり好ましい物とはいえなかった。
一番の音に対するいやな記憶は―――――ざわめきだった。
自分を狩り、仕留めようとする者達の発する音。
追い立てる声、草を踏み分ける音、銃声・・・・・
近づく音に怯えた。
前方に音がする度に、体を強張らせながら進路を変えた。
何日も追われる中で、滅多に心の休まるときはなかったが、ほんのわずかの間だけ感じる事のできる静寂が心地よかった。
記憶を辿るのをやめようと思うが、一度思い出し始めた記憶は次々に続く記憶を呼び出してくる。
(悔しいけど・・・助かったのは、運が良かったとしか言い様がないわね。)
心の中で嘆息しながら、思い出した過去を振り払うかのように、再び目の前の景色に魅入る。
再び感覚が薄れていくのに身を任せる
。
手足の冷たさも、服の与えてくれるわずかな温かさも・・・・・急速に薄れていく。
目の前の光景を見つめるのに不要な感覚は全て薄れていく。
視覚だけで世界を感じる。
もうそれ以外には自分の外の世界を感じない。
世界が閉じていく感覚―――――
自分の存在しか感じない。
唯一感じるのは音もなく動き続ける銀白の世界。
孤独は感じない、今はそんな感覚は麻痺させている。
でもそれがあったとしても寂しくはないはずだ。
生まれた時から一人だった。
一人で生きていく事に疑問を感じることもなかった。
と、そこまで考えてふと思い直す。
(感じる暇がなかっただけかもね・・・・)
苦笑しながらかつて感じて、身をおいていた世界。
自分一人の世界を見続ける。
ふと今唯一の感覚、視覚を遮る物があった。
どうやら大粒の雪がまつげに落ちてきたらしい。
反射的に目を閉じると共に、全ての感覚が戻る。
(冷たい・・・・・・)
まつげの上で融ける雪を感じながら、聴こえないふりをしていた音たちの方へと振り返る。
「あ〜!もうやってらんないわ!なんで雪なんて降ってくるのよ!」
「俺に当たらんでくださいよ!」
「あんたがミスして除霊が長引いたからでしょうが!」
「美神さんだって「しまった!」とか言ってたじゃないですか!」
「うるさいわよ!あんたが悪いって言ったら悪いのよ!」
「そんな殺生な〜!」
怒りを含んだ声や怯えた声のほかにもバギッ!とかドガッ!と派手な音が聴こえてくる。
「まーまー、美神さん。横島さんもちゃんと頑張ったじゃないですか。」
優しい、宥める声も聴こえる。
「先生!雪でござるよ!せっかくだから散歩に行くでござる!」
一番よく耳にする、やかましい声もする。
(騒がしいのは苦手だと思ってたんだけどね・・・)
と、そのやかましい声の主がこちらを振り返る。
「タマモ・・・・お前、泣いてるんでござるか?」
「?」
唐突な言葉に、思わず疑問符を浮べる。
だがすぐに、まつげで融けてそのまま頬を伝う雪を目ざとく見つけたであろう事に気付く。
馬鹿馬鹿しいと思いつつ即座に否定する。
「雪よ、雪。私はどっかのバカ犬みたいにウソ泣きでも軽々しく泣いたりしないわよ。」
「誰がバカでござるか!それに拙者は狼でござる!」
いつもの挑発にいつものやかましい声で答えてくる。
「誰もアンタだなんて言ってないわよ?バカ犬。」
(泣く・・・・・・・か。)
再び挑発にのり喚くシロを尻目に、先ほどの言葉を思い返す。
(少なくとも今は泣くなんて事、想像できないのよねぇ。)
こんなにやかましかったらそんな気も失せるわ・・・・と、さらに音量の上がる音たちにあきれ顔になりながら・・・・・・
タマモはその心地よい喧騒の地へと戻っていった。
今までの
コメント:
- 製作時間三十分〜(笑)。
雪を含んだお話を書きたいとは思っていたのですが・・・・どうですかね(汗)
雪が好きです。雪かきは嫌いですが(笑)。月も出てるともっと綺麗。雪をボーっと見ていると変な感覚に陥ります。変かな?
(汗) (志狗)
- とても綺麗な話ですね。第一印象がそれです。つぎが、「ああ、タモマっぽいなあ」です。ラストの「騒がしさ」もいい感じです。お疲れさまでした。では。 (紫)
- タマモのクールさと、美神除霊事務所に来てから和んで行ってる様が端的に表されていると思います。
つーか、ほんの数行で美神の理不尽さが・・・w
とにかく、お疲れさまでした♪ (NAVA)
- 仲間達の喧騒が、静寂な降雪よりも心地よくなる一瞬。彼女の心もやはり、仲間と共にあるのでしょうね。30分とは思えない、すごい!! (矢塚)
- 序盤の静けさから後半への騒がしいシーンへの転換が素晴らしかったです。序盤にしろ、後半にしろタマモの心に多少の余裕が感じ取られる点がいいですね;恐らくそれまでは本文にもあったようにカナリ忙しない(せわしない)生活をしてたはずですから。キレイな雪景色に目もくれないでいつものようにもめている令子たちの様子が「らしい」感じでした(笑)。投稿お疲れ様でした♪ (kitchensink)
- えーと、空気抵抗を考えなければ物質の落下速度はどんなに大きくても重くても変わらないのでは?(汗)
服が冷える感覚…これは、除霊作業で動き回っていた事を表しているわけですね。動いて暖かかったのが冷えたと。色々な想いを処理しきれないけれど、それでも暖かさ、安心感のようなものを感じている。そんなタマモがどこか幸せそうで可愛かったです♪ (マサ)
- ↑えーと、かなりごめんなさいな訂正(汗)
落下速度は質量から計算して『綺麗な二次関数を描いて加速する』だそうです(全然ダメだし)。
無視してくださいっ(連続土下座) (マサ)
- 紫さん
綺麗と感じていただけて嬉しいです。投稿目的は不純なものですが(笑)
え〜と・・・・・・・タモマ?(汗)
NAVAさん
美神はそういう行動がさせやすくって、損な役回りですね(笑)
さて、取引終了(笑)。
矢塚さん
目的があったためか、自分でも驚くほど早く書けちゃいました。単純な人間なんです(笑)
タマモの他の事務所メンバーへの気持ちって、はっきりとは出てこないけど強いような気がするんです。
あの事務所の騒がしさは心地よさそうですしね(笑)
チャット中に書いたお話に、すぐにコメントして下さりありがとうございました。
返事が遅れてすみません(汗) (志狗)
- kitchensinkさん
NAVAさんも仰ってましたけど、タマモってクールさと和やかさ(というか純真さ)が同居している感じで、うまくかけたかちょっと不安だったのですが、「余裕」というコメントを見てうまくいったのかな?と少し安心しました。
マサさん
物体の速度は質量と落下時間に比例しますしね。空気の抵抗力は速度に比例ですし、それによって物体にかかる逆方向の加速度は質量比例で・・・・詳しく考えると面倒かな?(笑)
そこら辺はあまり考えないで書いちゃいました。自分の体験を基にした部分がありましたので。
除霊後の美神たちの騒ぎから少し離れてみたタマモ、という感じで書いてみました。
タマモが幸せ・・・・・幸せっていいですよねぇ(笑)
皆様、コメントありがとうございました。 (志狗)
- はじめまして♪ブラックキャットといいます。
てきとおに見繕ってコメントしてますです。
諸先輩方と被るようですが、実にタマモちゃんらしくって良いなぁ♪って思いましたにゃ。
途中出てくる美神さん達も実に「らしく」て・・・素敵でした♪
これからも楽しみにしてます(*^o^*) (ブラックキャット)
- あ、てきとお見繕ってってのは良さそうなのを読んでから。ってことです。
なんだか誤解招きそうですにゃ、ゴメンナサイ (ブラックキャット)
- 志狗さんの新作ですね〜♪
なぜか見逃したました(汗)
製作時間30分でこの出来・・・凄いです(^^;
内容もタマモの心情がよく表れていて、グッと来ました♪ (ユタ)
- ブラックキャットさん
初めまして、志狗と申します。
>てきとおに見繕ってコメント
いえいえ、読んで頂けるだけで十分です(^^)
タマモ中心で書いたのは初めてだったのですが、「らしい」と思って頂けて嬉しいです。
ユタさん
>なぜか見逃したました(汗)
私も少しの間にたくさんの投稿があったりすると見逃したりします。
製作時間は・・・・人間、欲が絡むと意外な力を発揮する物です(笑)
グッと来たのですか!?嬉しいです〜。グッと来る話、もっと書けたら良いです(^^)
コメントありがとうございました。 (志狗)
- 非の打ち所の無いすばらしい作品でした。前半部分の雪の美しさと静寂の描写、そしてオチの部分の雑多さと喧騒。くっきりとした綺麗なコントラストが、タマモの胸中を読者に強く訴えかける、原動力となっているような気がしました。
私も雪は大好きで、現実以上に綺麗かもしれない雪が見れてとても嬉しかったです。
また志狗さんのこんな作品が読める事を期待して…… (斑駒)
- タマモは本当は泣いていたんじゃないかな、と。そんな事を考えたりします。もちろん、彼女がそんな事を認めるはずもないし、違うかもしれないんですけど。騒がしい喧騒の中でも、孤独を感じることができてしまうほどに、彼女は一人であることに慣れっこだったんでしょうか?ただ、聴覚を戻せばこの通り、って感じですが。
一人で泣いていたであろうタマモを思うと、切なさを感じたりもしますけど、やっぱ『今』ということで。 (veld)
- 斑駒さん
>非の打ち所の無い
ああ、嬉しいです(感涙)。こんなお話にここまで言って貰えるなんて・・・・
静寂と喧騒の分けるのはこのお話の中では一つの目標でもあったのですが、「綺麗」という言葉に感激させて頂いております。
>私も雪は大好きで
綺麗ですもんね〜♪見てる分には(笑)
またこんなお話が書けるように頑張りたいです。 (志狗)
- veldさん
>タマモは本当は泣いていたんじゃないかなと
泣く事については少し悩んだのですが、本当に泣かせるというのも違和感があったので『頬を伝う融けた雪』という描写にして、それをタマモの涙への無縁さと取る、彼女の気持ちの代弁と取るなど解釈は読者の方々にお任せする事にしました。・・・他人任せなだけかもしれません(汗)
>やっぱ『今』
『過去』も大事ではありますが、やっぱり『今』に重点を置きたいですよね♪
御二方共、コメントありがとうございました。 (志狗)
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