ザ・グレート・展開予測ショー

たった一行で〜 ホワイトクリスマス


投稿者名:veld
投稿日時:(02/12/24)




 ―――彼女はいない。もう、僕の傍には。
 


 事務所机の上の書類の処理を半分ほど済ませ、体を伸ばしていると、不意に窓が見えた。―――外は雨が降っていた。今夜を幸せな気分で迎える恋人達にとっては水を差す、無粋なものだろうが、別段気にすることでもない。―――昔なら、そんなことを考えて少し気を晴らしていたものだったが。
 事務所の中には誰もいなかった。シロと夢乃は美神さんのところにクリスマスパーティーの準備を手伝いに行っている。俺たちも美神さん事務所で行うパーティーに招待されたのだ。俺は書類の整理に忙しく、その準備を手伝いに行けなかった。
 そして、今、事務所の中から窓の外を見ている。慌しく動き回る色とりどりの傘の列が、妙に綺麗に見え、微笑が浮かんだ。それは下手な街のイルミネーションなんかよりもずっと綺麗に見えた。味気ない書類整理はとりあえず後回しにして、眼下にある街の光景を魅入っていた。いつもはそれ程綺麗には見えない筈の街。感受性の問題ではなく、ただ、この街を包む雰囲気が綺麗に見せるのだろう。まるで、魔法が掛けられたかのように。―――俺は、彼を待っているのだろう少女の姿を見た。そして、すぐに彼らしき少年がやってくる。
 どうやら、先ほどの心配は杞憂だったらしい。恋人達にとっては雨は水を差すものであるどころか、むしろ二人の間を近づける絶好の潤滑材になっていた。待ち合わせをしていた男女の一方が傘をおろし、畳む。それが当然であるかのように一つの傘で歩き始める。怨嗟と羨望の念をこめて睨む人たちを見ないふりで。
 
 俺はどちらだろう?
 
 怨嗟?
 
 羨望?
 
 ―――どちらでもなかった。ただ、心に空虚なものが出来ただけ。

 

 時計を見ると、四時。そろそろ行かないといけないかもしれない。まだ処理しきれていない書類もあるが、それらは急ぐ程のことではなかった。椅子に掛けていたジャンバーを羽織り、プレゼントを入れていたバッグを持ち、立てかけていた傘を持って、部屋を出る。
 ここから、美神さんの事務所まではそれ程距離があるわけではない。偶然というわけではなく、どうやら、この物件を回してくれたのは美神さんらしかった。少しは、俺の為を思ってクビにしたのかもしれない。―――まぁ、間違いなく依頼人に手を出したことに怒って衝動的にクビにしたんだとは思うが・・・。

 空は落ちてきそうなほどに厚いねずみ色の雲に覆われ、雨はまだ降りつづけている。今日中に止むことはきっとないだろう。今夜、世界中を廻るだろうサンタクロースの爺さんは大変だろうな、と苦笑しつつ、思う。そう、あの爺さんとあった時、俺は何を求めたろう?
 彼女が欲しい〜、とか、言ってた気がする。自分を磨こうともせずに・・・。

 でも、思う。
 未熟だからこそ、俺は彼女に出会えた。
 弱かったから、パピリオのペットとして、そして、彼女らの仲間として・・・。
 そして、俺は彼女と愛し合うことが出来た。
 これは運命の皮肉だなんて思わない。
 この世に、ifなんてないから。
 だから、俺たちの別れは必然だった。
 そう、思わなければならない。

 それでも、それでも・・・

 俺は美神さんの事務所の手前に立っていた。窓からは綺麗な橙色の灯りが薄暗い町の闇の侵食を遮るように灯っていた。一礼し、振り返る。どこへ行くのか、体はもう既にあの場所に向かっていた。


 あの時、あの瞬間、―――雪が見たいと彼女が言った場所に―――。


 「横島のやつ・・・、遅いわね。どこで何してんだろ?」
 
 美神さんが苛立たしげにそう呟きます。お酒が入ってるんでしょうか、顔が薄っすらと赤みを帯びています。確かに彼女の言う通り、少し横島さんの来るのが遅い気がします。私は心配になってしまいました。どこかで、何かに巻き込まれているんじゃないかと・・・あの人はお人良しですから・・・。シロちゃんも、どこか落ち着きがありません。タマモちゃんは目の前の油揚げに手を伸ばそうとして、そして戻す、その一連の動作をはと時計のように繰り返しています。おキヌちゃんはただ、窓の外を見、横島さんが来るのを心待ちにしています。その服はいつかのクリスマスに、横島さんが彼女にプレゼントしてくれたものだそうです。彼女が幽霊の時に・・・・。
 私にも、何かくれるんでしょうか・・・。ドキドキしながら待っています。
 
 「あっ!」
 
 おキヌちゃんが唐突に驚いた声をあげます。その声に私達は一斉に目を彼女のほうに向けます。彼女は興奮した様子で、叫ぶような勢いで言いました。
 
 「美神さん!見てください!!雪ですよ!」
 
 おキヌちゃんが窓の外を指差し、言います。・・・だから?とは、言いませんでしたが、きっと、私はそんな目をしていたと思います。半眼・・・、それは怖いから止めてくれ、と横島さんは言いますが、これは私のちゃーむぽいんとの一つ(シロちゃん談)だそうなので・・・。
 話がそれました、気付けば、みんな窓の外を見、歓声を上げています。美神さん以外は。それでも満更でもないらしく、今の今まで作っていた不機嫌そうな表情は消えていました。
 
 「ホワイトクリスマス、ねぇ。なかなか気の利いたことじゃない」
 
 「ホワイトクリスマス?」
 
 聞いたことのない言葉です。私の家、根っからの仏教徒でしたから。いや、クリスマスはまあ、何とか基礎知識の中で知ってはいるんですけどね。
 
 「へ?あんた知らないの?雪の降る中で迎えるクリスマスのことじゃない・・・」
 
 「・・・何の意味があるんです?」
 
 「え・・・いや、ロマンチックじゃない・・・?」
 
 困ったように美神さんは窓の外を見ます。確かに、綺麗ではありますけど、雪の中でクリスマスを過ごすことがそんなに良いことなんでしょうか?
 
 「あの、私、ちょっと出てきます」
 
 「分かったわ。でも、あんまり遠くまで出ないでね」
 
 「はい」

 舞い散る雪の中、私は恋人達のたむろする街の中を掻き分けてゆきます。街中が華やかに彩られ、雪がネオンの煌きに瞬いています。その中に何を思って出てきたわけではありません、ただ、何となく、あの場所にいることが心苦しくなっただけです。考えてみれば、シロちゃん以外の人達とはあまり面識がなかったりするんですよね・・・。私、人見知りするタイプなんですけど・・・。
 きっと、あの人たちとすぐに仲良くなれたのは横島さんのおかげだと思います。
 彼は、まだ事務所の中で仕事をしているんでしょうか?それとも、今、向かっている所なんでしょうか?それとも・・・
 
 「帰ろうかな・・・」
 

 
 「・・・プレゼントですよね。五つ・・・」
 
 事務所の玄関から入ってみると、そこには綺麗にラッピングされた五つの箱がありました。そして、それぞれの箱の上にカードが一枚。
 
 「夢乃へ・・・?」
 
 私はそれを持って、二階にいる美神さんの元へ向かいました。

 



 プレゼントの主の名前は書いてありませんでした。ただ、私には誰が贈ってくれたのかは分かっています。きっと皆も・・・。
 
 「横島さん、私の事を夢乃って呼ぶのはあなただけです・・・」
 

 贈り主の書かれていないカード―――ホワイト―――クリスマス。私には、真っ白なあなたの心が嬉しいです。―――本当は、名前書き忘れただけなのかもしれないけど(汗)


 
 


 「何でもありだな・・・。本当に」
 
 文殊は、雨を雪に変えた。
 何故、こんなことをしようと思ったのか、自分でもわからない。ただ、彼女との思い出の中にいようとしたのかも知れない。そんなことをしても、彼女はここにはいないのに―――
 
 


 「馬鹿だね・・・俺も」

 













 ―――こんなことをしたって、切なくなるだけなのに―――

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