ザ・グレート・展開予測ショー

たった一行で〜 一雫


投稿者名:veld
投稿日時:(02/12/24)

 
  これは『たった一行で〜』の続編っぽい感じです(あいまい)。
  時期としては、舞姫の後、硝子の前になります。


 青年の頬を矢が掠めていった。うっすらと滲む血を指先で拭い、矢の飛んできた方―――ボーガンを持つ霊を睨む。霊はぼけっとした間抜けな表情をさらしていた。
 
 「危ねえなあ」
 
 彼はゆっくりと、洋間の隅でボーガンを構えている霊のほうに歩き始める。無意識に乾いた唇をなめながら―――それが、霊にとっては自分をどうするか考える仕草に見えたらしい。ボーガンに次の矢をセットすると、打ち放つ。もう、それほど距離はない。いや、たとえ距離があったとしても、ボーガンの扱いに長けていた彼にとっては確実に当たるはずだった。彼が反応をするよりも早く、矢は、彼の頭を打ちぬくはずだったのだ。
 それなのに、ボーガンはただ、彼の頬を掠めるだけ。壁に突き立った矢が小刻みに揺れるのを見、彼は半ば呆れたように呟いた。
 
 「な・・・どうしてだ・・・」
 
 彼の歩みは止まらない。ゆっくりと、しかし、確実に進んでいっている。まさに矢継ぎ早に飛んでくる矢を必要最小限の動きで避けながら。いや、矢の方から彼を避けているように見えるのは見間違いだろうか?
 そして、彼の光を纏った右手がボーガンを持つ霊の腕を切り裂いた。
 
 「ぐあっ・・・」
 
 うめき声をあげつつも、その足は青年の右腕を掴んでいる。口元に浮かべた不適な笑いを、目の前にいるまだ歳若いGSである彼に向ける、がそれが凍りつく。
 光り輝く右手を封じれば、この若造はもう手を出せないと思っていた。
 何故なら、今までこの洋館で行ってきた執拗な追尾の最中でこの男が使ったのはこの一手しかなかったから。だから、彼は判断を見誤った。
 彼の左手が、輝いていた。

 

 「殺すがいい・・・。私は確かに、それだけの事をお前にしたのだからな」
 
 青年は、何も言わなかった。ただ、無造作にGパンのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。彼は初め、それをお札だと思った。何となく、味気なくあの手で消されるのは嫌だったので、彼は心中喜んでいた。―――が、それはお札ではない。ボロボロになった手紙だった。色褪せ、もうそれが書かれて何年も経っていることが分かる。
 
 「読んでみな・・・。俺はあなたを退治しに来たわけじゃない」
 
 青年は彼に手紙を手渡した。霊は、彼のその言葉に戸惑い、その手紙に触れることを一瞬ためらったが、彼が促すのを見、半ば諦めの境地でその手紙を手にとり、開いた。
 そこに綴られた文字はけして綺麗で流暢なものとは思えなかった。稚拙で、読みづらいくらいだった。彼ははじめそのことに躊躇うことなく悪態をついていたが、しかし、呼んでいる間に無言になり、そして、目から熱いものを溢れさせ始めた。
 
 「・・・お前を雇ったのは、妻なんじゃな」
 
 青年は頷いた。苦々しい顔をしながらも、その顔には先ほどまでとは違う色が見える。
 同情?いや、違う。
 
 「・・・私は・・・何なのだ?」
 
 彼は口を開いた。が、閉じる。どう言えば良いのか、言葉を選んでいるのか、それとも―――知らないのか。
 
 「私は・・・何故、ここにいる?」
 
 分からない―――霊はその手紙を読み直した。何度も、何度も。
 
 「私は、妻よりも先に死に・・・、見送られた。そう、私は・・・覚えている。その時の事を・・・だが」
 
 だが―――何だろうか?頭の中に靄がかかったようにはっきりとしない記憶がある。
 
 
 「残留思念・・・、或いは自縛霊・・・。強い思いをそこに残した時、人はそこに何かを残す・・・。たとえばそれは彼、或いは彼女の生きた記憶そのものであったり、意志であったり、もう一つの人格であったりする。そのいずれなのかは分からないが・・・。あなたの、あなたの妻への思いが、あなたを自縛させた、或いは、強い残留思念をそこに残したかのいずれということです。―――きっと、残留思念でしょう。あなたの妻はあなたと共に最期を生きたのですから・・・」
 
 自縛霊というのはほとんどの場合、憎しみなどの負の感情からその場にとどまりつづけることが多い。例外も少なくないが、多くの場合は生前の意志・記憶を持つ事無く、その場に留まり続けるだけというものが一般的な認識だった。
 目の前の霊はどう考えたって、意思もあれば意識もある。多少掛けてしまっている部分があるにせよ、生前の記憶まであるのだ。残留思念と考えたのはそのためだった。
 
 「そう、私には、妻の死に目に会った記憶がある。確かに、私は彼女の前で天寿を全うしたというのに・・・」
 
 ―――矛盾。しかし、思ったほどそれはショックなことではなかった。
 
 「本当のあなたは成仏している。が、強い思いが、あなたを生んだ。いや、あなた方を分けた・・・。あなたの妻の願いは・・・そこに書いてある通りです」
 
 手紙の最期に書いてあった言葉―――
 
 「私の―――眠りか」
 
 こくっ、青年は頷いた。霊は苦笑いを浮かべると、手紙を四つ折にして畳んだ。そして、青年に尋ねる。
 
 「・・・二つ、いや、三つ聞かせて欲しいことがある」
 
 「わかることなら」
 
 「どうすればいい?私はどうすれば消えることが出来る?」
 
 青年はポケットから一つ玉を取り出した。突然その玉が目もくらむような光を放ちながら輝いた、その光が消えると、その玉に字が浮かび上がる。『光』。その文殊から放たれた淡い光が、室内を少しだけ明るくする。
 
 「文殊・・・か。私の知り合いにもその能力者がいたよ・・・ここまで見事なコントロールの出来る人物ではなかったが。なるほどそれを使えば私はどこへでも行ける、・・・では次の質問だ。どうして、この依頼を受けようと思った?報酬など、すずめの涙ほどにもならないだろうに・・・」
 
 その言葉に、彼は少しだけ苦い顔をした。そして、ためらいつつも、話し始める。
 
 「報酬は十分過ぎるほどもらったよ。地下室にあったあなたの研究施設から見つけた精霊石をくすねたから・・・多分、多少純度が少なく荒いものではあるけど、それでも0が八つ並ぶくらいの金額にはなる。・・・あ、これも彼女との契約の中にあった事項だからな」
 
 苦笑、彼の歳相応な部分を見たのがこれが初めてだった。不自然に大人びて見えるのは、妙に気になっていたのだが、これが彼の素の姿なのかもしれない。
 
 「あ・・・あと、研究施設にあったH本も・・・」
 
 「次の質問だ、彼女はどうやってお前に依頼をしたんだ?」
 
 彼は笑みを浮かべた。まるで、待っていましたと言わんばかりに。
 
 「あんたは覚えてるかい?あんたが彼女が死ぬ前日に行ったことを・・・」
 
 もう遠い日となった彼女の臨終の席。急に起こった発作によって死んでしまった彼女の事を思い出す、そして、その前日の事も。
 
 「・・・前日、タイムカプセルを埋めた・・・。なるほど、あの中に彼女は入れていたのか・・・」
 
 あの時、既に彼女は死の病に犯されていて、とても動ける状態ではなかったのだ。それなのに・・・。彼女は、私をこの孤独から救うために手紙を書いていたのか―――。
 
 「質問は―――終わりか?」
 
 彼は尋ねた。
 
 「ああ」
 
 そして、答える。
 
 「じゃあ・・・行くぞ」
 
 ポケットから出した文殊が輝き、力を具現化する。
 
 
 
 「・・・願わくば―――オリジナルである私と彼女が―――幸せでありますように」

 
 そして、洋館から、霊の姿は消えた。
 
 
 彼はしばし、その場に佇んでいた。頬を流れる血を拭う事無く、ただ、過去の記憶の消え去った虚空を見つめていた。きらきらと、文殊の光が瞬きながら、彼の目に映る。

 
 
 
 
 
 写真がひらひらとどこからともなく舞い降りてきた。そこに映るのは二人――。
 
 彼はその写真を静かに床に置いた。一雫、その写真の上に落ちる。

 


 「俺は―――弱い人間だから。だから、傍にいて欲しかったんだよ・・・。お前に」
 


 


 彼の呟きは、誰にも聞こえなかった。たった、一雫、それだけが彼に許される、彼が自分に許した思いの欠片だった。

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