ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル14


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/12/24)

33.雪之丞の後悔
「まったく、手でも切ったらどうすんだ。
 プッツンでもされたら、こっちの身が持たねえだろうが」
 雪之丞は厄珍堂の入口の、扉のガラスを取り除きながら、ブツブツと文句を言った。
 扉自体は動きそうにないので、ガラスを取り除いて入ろう、と言う算段だ。
 冥子本人は疲れているから、式神はもう出せないと言ってるが、雪之丞は半信半疑だった。
 むしろプッツンの可能性は、高くなってるに違いない。
 あの場は何となく、残ることにしてしまったが、判断ミスだったとの思いは、ますます強くなっている。

 ピートは未だ回復する様子が無かった。
 冥子は近くの石に腰掛けて、雪之丞の仕事が終わるのを待っている。
 何故だかニコニコと笑みを浮かべている冥子。
 それが雪之丞には苛立たしい。
 皆は空間転位してしまったと言うのに、自分はここで災害地の後始末をしている。
 いや、後始末が悪いと言うのではない。
 自分の働き場所は、他に有るのではないか。そう思えるだけだ。

 窓枠にはまったガラスの破片を取り去って、これで良しと振り向くが、冥子はいない。
 見回した雪之丞は、冥子が向こうでしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「おい、もういいぞ」
 雪之丞が声を掛けても、気付く様子がない。
 多少心配した雪之丞が近寄ってみると、冥子は地面に開いたアリの巣を眺めていた。
「頑張って〜〜〜〜」
 アリが虫の死骸を巣穴に運ぶのを応援している。
 雪之丞は心底後悔していた。

「まさか、てめえが何のためにここに居るか、忘れたんじゃねえだろうな」
 雪之丞の冷たい声に、冥子が立ち上がった。
「な、何のことかしら〜〜〜〜?」
 絶対忘れてるな、これは。
 とは言え、あまり責めると後が怖い。
 冥子を連れて厄珍堂の前まで戻ると、ピートを担ぎ上げる。
「ねえ〜〜〜〜? ピート、息してないみたい〜〜〜〜」
 冥子が背中のピートに声を掛ける。
「バカ言ってんじゃねえよ。半分とは言え、こいつも人間だぜ。
 息をしないわけが……、ってホントにしてねえ!?」

 雪之丞はピートを地面に横たえると、胸に手を当てた。
 手首で脈を見るより、遥かに分かり易いからだ。
 分からない。今度は胸をはだけて、直接耳を当てる。
 耳にヒンヤリした感触が伝わる。
 ピートの身体は体温を失っていた。
 背負っていた時、ちょっと冷たいと思ったのだが、彼の体質かと思っていた。
 雪之丞は自分のうかつさに腹を立てた。
 耳にピートの鼓動音と、呼吸音が聞こえてきた。非常に弱々しい。
 安堵と共に、急がなければならないことが分かった。
 ピートを担ぎ上げ、入口にかかっていたカーテンを開く。
 厄珍堂の店内に、久しぶりの光が差し込んでいった。

「ごめん下さい〜〜〜〜、お薬を下さい〜〜〜〜」
 冥子が律義に声を掛ける。
 当然と言うか、とにかく返事はなかった。
 雪之丞は陳列棚を見上げた。
 多少ほこりをかぶってるが、古今東西を問わずアイテムが並んでいる。

 ほこりは気になるほどではなかった。
 もっとも、冥子はハンカチで口を、しっかりと押さえているが。
 二人で店内の棚をさらって、薬になりそうな物を探す。
 と言っても、吸血鬼に効く薬など見当もつかない。
 せいぜい霊力の回復に良いと言う、イモリの黒焼ぐらいだ。
 手をこまねく雪之丞の横で、冥子が木の根やら瓶詰めやら取り出している。
 汚い物に触るかのように、2本指で摘んで、カウンターに並べていった。
「こいつに効く薬、知ってるのか」
「知らない〜〜〜〜。
 色々飲ませれば、どれか一つくらい効くんじゃないかしら〜〜〜〜」
 冥子がニコニコしながら言った。

34.オクムラと言う男
「お…、重い!! タイガー、早く退くワケ!」
 空間転位の始まる際に、平衡感覚を失ってよろけたタイガー。
 別に、支えてやろうと思ったわけではないが、のし掛かられたらそうも言ってられない。
 いきおい、タイガーにしがみつかれたまま転位したエミ。
 百キロを優に越えるタイガーの、下敷きになってしまっていた。

「久しぶりだな、小笠原君」
 エミはタイガーの身体の下から、その男を見上げた。
 三つ揃いの、ダークグレーのスーツに身を包んだその男。
 七三に分けて、整髪料でカチカチに固めた、少し癖のある髪。
 こけた頬に薄い唇が、皮肉な笑みを浮かべ。
 薄い眉の下には、暗い光を宿した目が、少し曲がった鼻を間に挟んでいる。
「オクムラ?」
 その名を口にすることは、二度と無いと思っていた。

「公安に用は無いけど?」
 用心深くエミは言った。
「あいにく、こちらにはあるのさ。
 逃げた飼い犬を、鎖に繋がなきゃならない」
「飼い犬?」
「そろそろ自由にも飽きてきた頃だろう?
 飼い犬に戻る時が来たんだ」
「エミさん、あいつ何を……」
「タイガー君と言ったね? 君は知ってるのかい?
 小笠原君が昔……」
「今更、昔のことを蒸し返さないでもらいたいワケ」
 エミがオクムラを慌てて遮った。
「今の私はGS。公安とも仕事はするけど、別に下請けじゃないワケ」

「そろそろ恩返ししてくれても、良いと思うんだがね。
 だいたいGS免許を、どうして取れたと思ってるんだ?
 GS協会が君の過去を、知らないとでも思ったのか?
 協会は、ある程度以上の能力者は、全てリストアップしてるんだ。
 リスト作成には、公安からも協力しているんだよ。
 公安の情報網がどんなものかは、少しぐらいなら分かるだろう?
 君の免許はね、私からのご褒美だったんだよ」
「な?」
 エミの表情が怒りに歪んだ。

「タイガー君、君は特に必要ないから、この場から立ち去ってくれないか?」
 こう言われて、カチンと来ないタイガーではない。
 オクムラと名乗った男を睨みつける。
「妙なマネはしない方が良い。僕は臆病な人間なんだよ。
 だから、何の準備も無しに、ここまで来た訳じゃないんだ。
 君たちがどう動こうと、一瞬で停められるだけの準備をしてある。
 何なら抵抗してみるかね」
「エミさん?」
「タイガー、動かないで。そのまま聞いていなさい」

「今更、あんたらのために殺しをやれって言われても、私はとっくにその稼業から足を洗ったワケ。
 たとえあたしを連れ去ったとしても、あんたのために誰も殺したりはしない。
 他を当たるワケ」
「大丈夫さ。君のために、すてきな教育プログラムを用意したからね。
 薬を少々と、暗示を掛ければいいんだ。簡単だろう?」
「……………………」
「今、捕まるぐらいなら、この場で死んでやるって考えたね。
 悪いがそれもさせないよ。君に選択肢を与えるつもりは無い」
 オクムラが手で合図すると、空中から兵士が現れた。
 手には、手錠を握っている。
「霊的迷彩に、光学迷彩の組み合わせ? 随分慎重ね」
「僕は臆病だって言っただろう? 言っておくが、こいつらで僕の手駒が終わりだと思うなよ」

35.朝晩2回、塗って下さい
 厄珍堂の店内に、得体の知れない臭いが漂っている。
 冥子は楽しそうに薬を混ぜ合わせていた。
 雪之丞は薬瓶を、カウンターに並べて置いた。
 自分が飲むのでなくて良かった。そう思いながら。

「できたわ〜〜〜〜」
 冥子がそう宣言するのを、雪之丞は死刑執行のように聞いた。
 冥子は薬をサジですくうと、雪之丞に目配せした。
 心の中でわびながら、雪之丞がピートの口を開ける。
 サラサラッと、粉末の薬がピートの口に落ちていった。
「えっと〜〜〜〜、お水が無いからこれで良いかしら〜〜〜〜」
 と、足跡のマークのついたラベルの、瓶の液体を流し込む。
 セメダインのような臭いが、涙腺を刺激してくしゃみがでそうだ。

 突如、ピートの身体が震え始めた。
 顔を真っ赤に紅潮させ、濁った目を一杯に見開いて、反り返る。
 手足をバタバタと振るので、しっかり捕まえていないと突き飛ばされそうだ。
 冥子はさっさと、安全なところまで下がっている。
 仕方なく、雪之丞が馬乗りになって、ピートを押さえつける。
 しばらくすると、ピートは口から飲んだものを吹き上げ、おとなしくなった。
 形容しがたい臭いの液体が、雪之丞にも掛かってしまった。
 憂鬱な気分の雪之丞に、うしろから冥子が話しかける。
「大丈夫〜〜〜〜?」
「ッなわけあるかーーーー!!!!」
 絶叫する雪之丞。
「いったい、何飲ませてんだよッ!!」
 雪之丞が拾い上げた瓶には『イボ、魚の目、タコに。朝晩2回、塗って下さい』と書いてあった。
 何もかもが嫌になった。

「ねえ〜〜〜〜、ピート、顔色が良くなってる見たい〜〜〜〜」
 脱力感に浸ってる雪之丞に、冥子が話しかけてきた。
 投げやりな視線を投げると、冥子は屈み込んで、ピートの顔を覗き込んでいる。
「毒物が身体から出たからだろ」
「そうなの〜〜〜〜? 良かった〜〜〜〜、薬が効いたのね〜〜〜〜」

 ……この女、ぶっ飛ばしてやりたいッ!!
 雪之丞はそんな気持ちを押さえつけ、ピートの様子を覗いてみた。
 確かに、苦しそうな表情が穏やかに変わっている。
 鼓動を確認すると、さっきより力強い。
 効いたのか? あれが?
 とにかく、これでピートは大丈夫だろう。
 冥子がまだ何か物色しているが、どうでも良い。
 雪之丞は安心して、ようやく腰を落ち着けた。

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