ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル13


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/12/23)

31.一人の部屋
 おキヌは自分の置かれた状況を、理解できずに立ち尽くした。
 自分は確かに、森の中に居た。
 森の中で、横島を行方不明にした空間転位に、美神達と共に足を踏み入れた。
 転位した瞬間は覚えている。
 空中に放り出されたかのような、そんな軽い吐き気を伴う感覚を感じた後、彼女はここに居た。
 出発点。
 物語の始まりの場所。
 美神令子除霊事務所だ。

「美神さん、どこに居るんですか!?」
 おキヌが大声で呼んでも、返事は返ってこなかった。
 聞こえるのは、自分の呼吸の音と、点けっぱなしのテレビのホワイトノイズだけ。
 袂(たもと)から携帯電話を取り出して、仲間の位置情報を表示させる。
 しかし、自分の位置すら表示されない。
 『衛星からの電波が届いていません』
 『他端末からの電波が届いていません』
 『電波の届きそうな所に移動して下さい』
 東京の地図の上に、そんなメッセージが表示されただけだ。

「誰か居ないの!? 美神さん!! 横島さん!! シロちゃん!! タマモちゃん!!
 人工幽霊一号さん!! 誰か、返事して下さい!!」
 おキヌは、何処かに隠れているかもしれない仲間に向かって、叫んだ。
 やはり返事は返ってこない。
 ここは事務所じゃない。だから人工幽霊もいない。
 そう納得したおキヌは、事務所を見回した。
 美神が座る事務机も、横島が食事するソファも、いつもと変わりなくそこに有った。
 シロとタマモが一緒に遊んでる、ゲーム機もそのまま。
 自分の部屋も、台所もガレージも階段も、おキヌの記憶に有る通りだ。

 焦る気持ちを抑えつつ、階段を駆け降りる。
 玄関のドアは自らの機能を忘れていた。
 力いっぱい押しても、開いてくれない。
 壁に施された彫刻のように、ほんの少しのガタツキさえ無い。
 ガレージから、工具を取ってきて、それで叩いてみる。
 キズ一つ、付かないのには呆れた。
 更に何度か叩いてみたが、手の方が痺れてきてしまった。
 肩で息をしながら、おキヌは扉を睨みつけた。

 工具を持ったまま階段を上がる。
 事務所への扉を開けて中へ、そのまま窓へと向かう。
 外を見ると、見慣れた景色。
 ただ、通りを行き交う人が、一人も居ない。
 窓枠に手を掛けて押してみる。
 窓ガラスを叩いてみる。
 工具を叩き付ける。
 びくともしない。

 小さく息を吐いて、目を閉じる。
「そうだ!」
 おキヌは幽体離脱を試みた。
 霊体なら壁を抜けられるかもしれない。
 身体はそのままに、そこから浮かび上がるイメージ。
 霊体になったおキヌは、勢いをつけて壁に向け飛んで行く。
 壁に霊体が触れた瞬間の柔らかな感触に、安堵したのも束の間。
 壁がガッチリとおキヌを、受け止めたのが分かった。
 霊体が損傷するようなことは無かったが、自分が完全に捕らわれてしまったのが悲しかった。

 がっかりして、おキヌはソファに座り込んだ。
 テレビから流れる、ザーザーいう音が耳に障る。
 リモコンを手に取るおキヌだったが、電源を切ることはできなかった。
 電池が切れたのだろうと、本体スイッチに手を伸ばす。
 それでもテレビを消すことはできなかった。
 それならと、コンセントからコードを引き抜く。
 どうやっても消えない。
 おキヌはテレビの画面に向かって、ため息をついた。

32.天の狐
 油揚げを口にくわえた途端、シロの身体を奇妙な感覚が襲った。
 軽い吐き気を伴う浮遊感。
 前に、空間転位で味わった感覚であることは、すぐに思い出せた。
 狼達に暇乞い(いとまごい)する暇が、無かったのは残念だ。
 次の瞬間、シロは草むらに、頭から突っ込んでいた。
 顔を上げたシロの目の前を、子ギツネが走りすぎる。

 子ギツネは足を緩めずに、目だけでシロの姿を認め、そのまま走っていく。
 シロが子ギツネを、目で追っていると、子ギツネの足が止まった。
 子ギツネが戻ってくる。
 油揚げを口にくわえたシロと、子ギツネの目が合う。
 目の前で子ギツネは、見覚えのある姿に変化した。

「あんたこんなトコで何してんのよ!!」
「いや、腹が減ったので仕方なく。タマモこそ何故こんなところに?」
「あたしは……。とりあえず急いでるから、後でね」
 タマモが素早く、シロのくわえた油揚げを掠め取る(かすめとる)。
 二つにちぎると、小さな方をシロに放って、子ギツネの姿に戻り走っていった。
 油揚げの一欠けと共に、呆然とタマモを見送ったシロ。
「普通は半分コでござろう?」
 シロは手のひらに残った、油揚げを見つめる。
 急に食欲が失せてしまった。

 手のひらに、影が差した。
 ドオンと目の前に、四本の柱が立つ。
 白い毛に覆われた柱。動物の足らしいが、かなり大きい。
 濡れた、巨大な鼻面が、目前に降りてきた。
 思わずのけ反ったシロを、巨大な舌が舐めあげた。

「そこの妖怪。狐を見ませんでしたか?」
 柔らかい声。女の声だ。
 涎でビショビショになったシロ。顔を上げようとすると、また舐められる。
 声の主を探そうにも、巨大な鼻面が目の前にあって邪魔している。
「これ。いい加減にしなさい、白雲。私はそこの妖怪と話をしてるのですよ」
 白雲とやらが、甘えて鳴く。
「お腹が空いたのですか? 仕方ありませんね。
 そこの妖怪。何か食べ物を持っていませんか?
 少しで構いません。白雲は小食ですから」
「初対面では、まず自己紹介するのが礼儀ではござらんか?」
 シロがブツブツと言った。

「あら? ごめんなさい。私は荼吉尼天(だきにてん)……。
 白雲、ちょっと下がりなさい」
 巨大な足が退いて、ようやくそれが象ほどの大きさの、白い狐のものだと分かった。
 続いて、白い狐に乗った、ちょっと下ぶくれの女性が現れる。
 その女は狐の背上に、足を組んで座っていた。
 黒髪を高く結い上げ、金の髪飾りで留めた姿。
 まとった薄絹が、白い肌ともあいまって艶めかしい(なまめかしい)。
 左手に、輝く珠を載せ、右手には無造作に剣を下げていた。

「あらためまして、荼吉尼天と申します。仏法の守護者の一人です。
 そしてこの狐は……」
 荼吉尼天が白い狐の、巨大な背中を優しく叩く。
「これは白雲。私に仕えるものです」
 白い狐が甘えた鳴き声をあげた。
「拙者、シロと申す人狼でござる。
 おっしゃる通り妖怪なのでござるが、あまりその呼び方はして欲しくないでござる」
「ではシロ殿。この通り白雲が餓えて困っております。
 何か食べ物を分けてもらえませんか?」
「食べ物と言われても、これくらいしか……」
 シロが差し出したのは、一欠片の油揚げだった。

 白雲が嬉しそうに飛び跳ねた。
「まあまあ、こんなに喜んで。シロ殿、感謝いたします。
 さあ、白雲? あまり、はしたない真似を、するものではありませんよ」
 白雲が恥ずかしそうに、鼻面をすり寄せてくる。
 シロは白雲の巨大な口に向かって、油揚げを投げてやった。

「ときにシロ殿。子ギツネを見ませんでしたか?」
「子ギツネ?」
 白雲が油揚げを味わってる間に、荼吉尼天が尋ねてきた。
「はい、子ギツネです。
 白雲と同じように、私に仕えていたのですが、逃げてしまったのです。
 その後、あちらこちらで、悪行を繰り返しておりました。
 私は連れ戻そうと、あの娘を追っていましたが、千年ほど前に石に封印されたと聞き、諦めておりました。
 ところが、近ごろ再生したと聞き、こうして迎えに参ったのです」
「その子ギツネ、どうして逃げたのでござるか?」
 ようやく、荼吉尼天の追っているのが、タマモらしいと気付いたシロ。
 背中に汗が流れるのを感じた。

「その昔、私は悪神ダーキニーとして、怖れられておりました。
 人の天命を知り、死者の肝を喰らい、魂をあの世に送る神だったのです。
 その頃、この白雲もあのコも、私の9匹の眷族の1匹として使えておりました」
 そう言うと、荼吉尼天は姿を変えてみせた。
 青黒い身体に、垂れ下がった長い舌。頭蓋骨の首飾りが揺れて、ガラガラと鳴る。
 身の危険を感じてあとずさるシロに、荼吉尼天は元の姿に帰ってニッコリと笑う。

「その後、仏法の守護者として迎えられることになったのですが、仏教に取り込まれることを嫌った、眷族達が逃げ出してしまったのです。
 眷族達は天竺(インド)や殷(中国)で施政者に取りつき、乱れさせ、国を滅ぼしてしまいました。
 天界の方々の手前、その様なことを許す訳には行きません。
 私は眷族達を捕らえ、元通り私に仕えさせることにしました。
 時間は掛かりましたが、これまでに8匹を捕らえております。
 あの子ギツネは最後の一匹なのです」
 荼吉尼天はシロに微笑みかけた。
「さあ、もう話して頂けるでしょう?
 あの娘、タマモはどこへ行ったのですか?」
「なぜその名前を?」
 後ずさりしながら、シロが聞く。

「先程から、シロ殿はその者の事を、ずっと考えていましたね。
 失礼ながら、シロ殿の考えは、あまりにも明け透けですので、試みる必要も無く分かってしまいます。
 なるほど、あちらですね」
 荼吉尼天は白雲の背中を叩いた。
 白雲は鳴き声をあげると、空中に駈け上がる。
「ありがとうシロ殿」
 荼吉尼天はそう言い残して去っていった。

「うわー!! 待つでござるーー!!」
 シロは、みるみる小さくなっていくその姿を追って、駆け出した。

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