ザ・グレート・展開予測ショー

Terroristic Heart


投稿者名:黒犬
投稿日時:(02/12/18)




 たとえこの世界が悲しみばかりを抱えていても、君だけには微笑っていてほしい。
 そう思うのは、俺のワガママだろうか?










―――Terroristic Heart―――










「なにしてるの」

 投げ出した両の脚。寝っ転がった頭の横に置いたプレーヤーからは、古臭いロックンロール。閉じた瞼を透かして降りそそぐ太陽の光。ビールの空き缶が二本。飲みかけのが一本。

「ねぇ、なにしてるの」

 再び声が振ってくる。聞き慣れた声。聞き慣れたはずなのに、未だに彼の胸中の一番深い場所に響いてくる、唯一の声。
 今まで様々なものを置き去りにする事によって生きて来たが、この声だけは無視する事も、適当に誤魔化す事も出来ない。ある意味、天敵だ。

「ねぇったら」
「寝てる」

 片方の目をさらに半分だけ開けてそう答える。
 前髪とバンダナの端。その向こうに見える、細くて白い脚。
 見上げれば、彼女の姿。彼女の顔。彼女の微笑み。

「ピンクか…」
「バカ」

 スカートを押さえる彼女。その頬が薔薇色に染まったのを確認すると、満足して再び目を瞑る。

「式、終わっちゃったよ?」

 すっ、と隣に気配が生じた。おそらく、視線を警戒して座ったのだろう。小作りなお尻が草を踏む微かな音が聞こえた。
 良い事だ、と胸中で呟く。何につけ、警戒心というものが足りないのだ、彼女は。彼に対しては、特に。

「お姉ちゃん、寂しそうだったよ」
「辛そうなのよりは、マシだろ?」

 彼が式に出れば。おめでとう、と祝福すれば。
 あのひとは笑ってくれただろうか。
 それとも、泣き出してしまっただろうか。

「やせがまん?」
「かもな」

 自信がないの。そう、あのひとは言った。あの、ふたりの最後の日に。

『わからないのよ。この想いが私のものなのか、メフィストのものなのかが。自分自身を肯定出来ないまま生きていけるほど、私は自信家じゃないわ』

 あのひとが――いつだって強気で傲慢なあのひとが、顔をくしゃくしゃにしてそう言ったのだ。

「優しいんだね、お兄ちゃんは」

 彼女の言葉に苦笑する。優しさではない。弱さなのだ、ソレは。

「俺は、キミが思うほど優しい人間じゃないよ、きっと」
「お兄ちゃんは、自分が思っているより優しい人間だと思う、きっと」

 風に乗って、ふわりと彼女の髪から甘い香りが漂ってきた。

「優しくなんかない」

 頭を振る。

「俺は優しくなんかない。空っぽなだけだ。だから、いくらでも口当たりのいい事が言えるだけ――」
「すとっぷ」

 静止の声と共に、口が塞がれた。唇の周りを覆う、小さくて華奢な掌の感触。

「私にとって誰が優しいかは、私が決めるの」

 思わず目を開く。
 真摯な瞳がそこにあった。今にも泣き出しそうな、それでいて、微笑んでいるような。危うく揺れているくせに、真っ直ぐな瞳。強い、強い瞳。

 彼はその優しい強さが好きだった。そして、少し羨ましかった。

「私は、お兄ちゃんの事を優しいって思う。そう感じてる。そう信じてる。それで、いいの」

 彼女は知っているのだろうか。そう言ってくれるキミがいる事で、どんなにも救われている男が、ここにいる事を。





 もしも、天使というものがこの世界にいるのならば。

 彼は考える。

 それは、きっと彼女の事なのだろう。
 彼女は、空に帰る翼を何処かで無くしてしまったのだ。
 だって。
 こんな微笑い方をするひとを、見た事がない。





「でも、いいのかなぁ、私」

 クスリ、と笑う彼女。

「お姉ちゃんの披露宴をすっぽかして、しかも、そのお姉ちゃんの元恋人とこうしていて…」

 でも、その瞳に宿る輝きだけは、何処までもひたむきで。
 そのまま。まぶたを閉じないままに、じりじりと距離を削り取ってくる。

「おまけに、こんな事してる…」

 降って来た感触。やわらかさとあたたかさと、僅かな震え。

 いいのかな? これは、悪い事じゃないのかな?

 不安と戸惑いと、そしてほんの少しの希望を、その唇は伝えて来た。

 忘れたい事を簡単に忘れられるというのなら、それはなんて楽で――哀しい事だろう。

 たくさんのものを失って、たくさんの人達を傷つけて。
 それでも、こうしていられる意味が、ふたりにあるのだとしたら。

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 視線は逸らさないまま。

「私達のやってる事って、間違ってると思う?」

 世間から、常識から、誰かの正義から。

「間違ってる、って言ったら……やめるか?」

 例え、間違っていると言われても。

 誰が何と言おうとも。
 世界中の人が首を横に振ろうとも。
 例え、激しく糾弾されようとも。

「……やめない」
「きっと、それでいいんだよ」
「……だね」

 もう一度、唇が降ってくる。

 今度はまぶたを閉じていた。





 彼女の肩にそっと腕を回す。見かけより細い身体は、彼の腕の中にすっぽりと収まった。

 とん、と彼女は彼の胸に頭をもたせかけてくる。髪は冷たかったけれどその柔らかさはいつもと変わらなくて、少しシャンプーの匂いがした。

 二度、三度彼が髪を撫でる。彼女はその心地よさに酔いしれながら、そっと身を預けてきた。





 彼は思う。

 彼女もそのうち、彼の腕の中から飛び去ってしまうようになるのだろうか。
 いつか翼を取り戻した天使は、地に這いつくばる獣の事を忘れて、大空へと還ってしまうのだろうか。

 わからない。

 ただ一つわかっているのは、彼女を守る事。守り続けていく事。
 いつかこの手から滑り落ちていこうとも。





 今までしてきたように、これからも、ずっと。





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