ザ・グレート・展開予測ショー

柔 −カオスの憂鬱−


投稿者名:veld
投稿日時:(02/12/14)

 










 温泉旅行のバスの中、居心地の悪さを感じながら、カオスは窓に移る流れる景色を見つめていた。どうして、自分がここにいるのか、いまいちまだ分からない。要領を得ぬまま大家のばあさんに連れ出された旅行に、マリアはついて来なかった。彼女がいないということも、自分の気持ちが憂鬱である原因の一つであることは間違いない。漏れるため息は、眠りこけている隣の座席の老婆にはどうやら聞こえることはなかったらしい。今度は安堵のため息を漏らす。
 
 「全く・・・、何でわしが・・・」
 
 ぶつぶつ言いつつも、自分の纏っていた黒い外套を布団代わりに掛けてやる。昼間は散々にこき使われたが、こうしてみれば、そうたいしたものではなかったようにも思える。
 彼女の、顔を見た。決して、美しいとはいえないが、しかし、隠し切れない優しさを秘めた顔。薙刀をもって追いまわす時にも浮かぶ、純粋な少女のような表情。恐らく、この女性は自分に比べれば遥かに短いとはいえ、長い時を、こんな表情と共に生きてきたのだろうと思う。自然、口元が綻ぶ。歳を経たからといって、持っている魅力が消えることはない。むしろ、高まることも多い。その一例が目の前の彼女だろう。そして、自分は別の例を知っている。
 マリア。自分の作ったアンドロイド、その相貌の元となった女性。妻として迎えようとし、自分を思うからこそ断った、慈愛の塊のような女性。この腕の中で永遠の眠りについた彼女の顔を忘れることは出来ない。彼女の顔は安らかだった。ずっと、彼女と共に生きてきた私は、その顔に涙を流すことが出来なかった。私はただ、彼女の顔を見つめつづけることしか出来なかった。
私は、いまだに彼女のあの顔を見つめつづけているのかもしれない。永遠に、忘れることはない。―――だからこそ、私は『マリア』を作った。
 忘れぬために?―――では、私は彼女を彼女の代わりとしてみているのか?
 それは、違う。私は、二つの彼女―――マリアを知っている。
 でも―――

 ならば何故・・・、私は彼女を完全な人間にしてやらなかった?

 決まっている。私は―――嫉妬していたのだ。

 彼女の好きになった男

 横島忠夫に・・・。

 
 「全く・・・、馬鹿なことを・・・」
 
 自分に言っているのか、彼女に言っているのか・・・。
 彼女が人間になれば・・・。
 私は一人、時の流れの中に取り残されてしまう。
 私は、拭いきれぬ孤独の中で、生きていかなければならなくなる。
 彼女は、彼と共に人としての生を全うすることだろう。
 ならば、私は?
 
 「何を、しけた顔をしてるんだい?」
 
 「起きとったのか・・・」
 
 外套を、すっとこちらに渡す。それを受け取りつつ、カオスはため息をついた。
 
 「マリアちゃんが心配かい?一人残してきて・・・」
 
 「あいつは大丈夫じゃ。むしろ嬉々としておるじゃろ。好きな男と二人きりでいられるんじゃからな」
 
 「そう・・・だね」
 

 流れゆく景色の中をバスが走って行く。いや、景色自体は止まっているのだろう。その中をバスが走っているに過ぎない。それとも、流れゆく景色の中で、バスは止まっているんだろうか?―――どちらにせよ、変わることはない。同じ時間の中を動いていられなくなること、それはどんなに悲しいことだろう?

 「わしは・・・」

 このバスのように、終点につくまで止まることはできないんだろうか?

 「幸せなんて、人によるもんさ。あの娘は、あんたがそんな顔をしていると知れば笑顔で入れないだろう。それはあの娘にとっては不幸せだよ、かといって、思われないってのもまた悲しいもんだけどね」

 「思われれば、良いというものではあるまい。残されるものにとっては、全てが残酷じゃよ」

 「・・・」

 「もうすぐ、着くかの」

 「ああ、そうだね」

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