ザ・グレート・展開予測ショー

今はまだ・・・


投稿者名:veld
投稿日時:(02/12/11)

 

 勇気を出して贈った指輪、彼女に受け取ってはもらえなかった。その時に見せた、彼女の嬉しそうな、でも、それ以上に申し訳なさそうな顔を忘れることは出来ない。
 
 
 「そ・・・そんな、頂けませんよ・・・、そんな高価なもの」
 
 その瞬間、俺は部屋から飛び出していた。彼女の顔を、もう見れなかった。後ろから彼女が俺の名を呼ぶ声が聞こえたけど、関係はなかった。そっと、しておいて欲しかった。

 

 いつから惹かれていたんだろう?考えてもわかることはない。いつのまにか、ひょっとしたら出逢った当初から惹かれていたのかもしれない。彼女の慈愛に満ちた微笑みに、薄給と、過剰な暴力と、両親から見捨てられたも同然だったという、恐らく人から見れば悲惨としかいえない俺の心は救われた。そう言えば、何の雇用主の体、と言う目的もなしにあの事務所に通いつづけることが出来たのは彼女に逢いたい一心からだったように思える。
 最初から、俺は惹かれていたんだ。
 だから、こんなに悲しいんだ、俺は涙も出ない自分がどうかしてしまったんじゃないかと思ったけど、それは違った。頬に触れる、もう既に涙は流れていた。嗚咽もなく、ただ、誰にも、自分ですら気付く事無く、俺は流していた。
 事務所から離れたところにある公園、そこに行くまで誰ともすれ違うことはなかった。どうしてなのかは知らない、偶然にしても出来すぎだとは思ったが、涙を誰にも見られることがなかったのはありがたかった。そして、この公園にも、誰もいなかった。かなり広い敷地面積を持つ公園の片隅で、俺は泣いていた。

 


 冷たい風が吹きぬけた、遠くに見える誰かの姿に、戸惑っていた。何故、ここにいるのか、尋ねることも出来ない。
 
 「忘れたわけじゃないんだろ?」
 
 俺は頷いた。忘れられるもんでもない。俺たちは仇同士なのだから。
 
 「しけた面してるね・・・」
 
 「ほっとけ」
 
 彼女は肩をすくめた。その顔に張り付いていた無表情の仮面が、呆れたように笑みを作る。癇に障る笑みだった。
 
 「消えろ」
 
 俺は何の感情もない、抑揚のない口調で言った。こいつに、話すことは何もない。少なくとも、今は。彼女の顔が、変わる。悲しげなものへと。
 
 「さっきの台詞は・・・、あたしのことじゃないよ」
 
 俺は何も言わなかった。
 
 「・・・姉さんのことさ」
 
 「消えろ」

 二度目。こいつの口から、聞きたくはない。

 「軍に入ってから、考える時間が増えたんだ。どうして、姉さんはあんたを助けたのかってね。答えは出なかった・・・。あたしのアシュ様への気持ちと同じものかもしれないとも思った・・・、でも、違う」

 彼女は俺の顔を見る、俺は何も答えない。彼女はそれを先を促しているように感じたのかもしれない、続ける。

 「姉さんがあんたを行かせようとしたのは、あんたが大切にしている人の存在に気付いたからじゃないかってね・・・」
 
 「俺は、誰よりもルシオラを愛してた」
 
 「過去形かい?」
 
 風が吹き抜けた、さっきよりも冷たい。凍えるような冷たい風。思わず身震いしてしまうほどに、その風は冷たかった。
 
 「今でも、姉さんはあんたのことを愛してる。きっと、誰よりも」
 
 だろうな・・・、そう、思った。でも。あいつは、いないんだ。
 
 「いないんだ」
 
 「は?」
 
 「あいつは、もう、俺の心の中に、体の中にしかいない」
 
 「・・・」
 
 「愛を、確かめ合うことも、出来ない。確かめ合う必要もないのかもしれないけど
・・・、それでも、触れ合うことは出来ない。お前は、思いつづけていればいいのかもしれない。もう、いない、アシュタロスを愛しつづけていればいいのかもしれない。お前の心の中に、生きつづけていると考えていれば・・・。でも」
 
 俺は、幸せにしてやりたいんだ。今度こそ・・・。
 
 「私は、忘れることにしたよ・・・。アシュ様の事を」

 何が言いたいのかはわかっている。それでも、こいつに言われたくはない。それに、

 「薄情とは言わない。だが、それなら、俺の前から消えろ。あいつの死んだ理由を消しちまうような奴と話したくない」

 ぺスパの顔が苦痛に歪む。身体ではなく、心の、痛み。

 「俺が、アシュタロスを殺したことに変わりはないし、いくらでも憎んでくれていい。殺したいのなら、殺せばいい。憎むのをやめたいのなら、やめればいい。でも、俺はお前を許す気はないし、憎むのをやめる気もない。―――消えろ」
 
 快楽が、苦しいのに、痛いほど自虐心にも似ている感覚が、俺の中で疼く。もう、俺の前から、本気でいなくなって欲しい。これ以上話しても、傷つけあうだけ。わかっているはずなのに。
 
 「私も・・・あんたを許す気はないよ」
 
 「そうだろうな、なら殺せ、殺す気がないのなら消えろ」
 
 「あんた、自殺願望でもあるのかい?」
 
 そんなものはない、とは言えなかった。死にたい気持ちになっていたのは事実だ。
 
 「お前には関係ない」
 
 「あるさ・・・、あんたの命の半分は私の姉さんのものなんだからね」
 
 「お前が殺した・・・な」
 
 いや、俺が死なせた。自然に浮かんだ笑みは自嘲の笑み、そう思わなければ、誰も救われない。俺は、全てを自分の視界から消した。それから少しして、頬に冷たいものが触れた。雨じゃない、柔らかな感触のもの・・・雪。






 ぺスパの姿が消えていた。
 後悔してもしきれない、いつのまにか後悔の念は消えていた。ただ、心の中は空虚で、何も感じられない。身を切るような凍える風も、儚いくらいに感じない。感覚が麻痺してしまっているのか、そんなはずはないのだけれど。
 ぺスパの妖毒なら、そんなこともできるかもな、と、冗談で考えてみるが、冗談になりそうになかった。ありうることではあった。まあ、そんなことをしても、彼女に意味があるとは思えないが。試しに、指を動かしてみる。動かない。苦笑いが浮かぶ。
 
 「このまま・・・死ぬかな?」
 
 降り注ぐ雪がなんとも薄情に、俺の体温を奪ってゆく。それも、悪い気はしない。あいつが俺に命をくれた時に感じた、死ねないという使命感は消えてしまっていた。ぽっかりと、俺の中にあいたものを埋めてくれたであろう人には拒絶された。本来、許してやるべき人を卑怯にも傷つけた。本当に、救われない。
 
 「俺は、生きていく価値がない」
 
 初めて、そんなことを考えた。

 














 「横島さーん、どこですかぁー?」
 
 遠くで誰かの声が聞こえる。聞き覚えのある声、そう、ほんの少し前にきいた、拒絶の声の主。全く、神様ってのは薄情だと思う。或いは、魔王ってのが心底たちが悪いのか、多分、両方だろう。あの日、あの瞬間に感じたことと全く同じことを俺は考えていた。薄れゆく意識の中で、俺は彼女にあげようとした俗に言う『給料三か月分』を握り締めていた。





 

 
 「わからなかったんです、あの・・・、その指輪の持つ意味が」
 
 ああ、そうか。最近ではそんなこと言わないのかもしれない。生き返ってから数年の彼女に意味が通じなかったのは仕方のないことかもしれなかった。
 
 「あの、それで、答えは・・・、もちろん、頂きます・・・」
 
 「できれば、横島さんに、つけて欲しいな・・・なんて。左手の薬指・・・」
 
 














 俺は、小さな箱の中から指輪を取り出すと、彼女の目の前で空に放った。
 
 「今はまだ・・・、早すぎる」
 
 そう、呟きながら。

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