ザ・グレート・展開予測ショー

薔薇の十字架


投稿者名:矢塚
投稿日時:(02/12/11)


 僕はこれでもう、数百年から生きている。多くの同胞の中にはその

あまりにも長い生に倦み、どこかしら精神に異常をきたす者も

少なくない。そう、僕の父親などはいい例だろう。父は、その永き生に

倦み、人生に退屈し、夢と現実の区別がつかなくなった。

 しかし、僕は今まで人生が退屈だなんて思ったことは無い。

 これはきっと感謝すべきことなのだと、今改めて思う。

 故郷の島から出て、世界を知り、人を知ることが出来て本当に

幸せだ。何気ない一日一日が、僕は楽しくて仕方が無い。

 今日の朝は、そういう気持ちをいつになくさせた。

 きっと、雨上がりの朝だからだろう。この混沌とした街の空気が雨によって

流され、浄化されている朝。もうほんの一時間もすれば、いつものように

埃っぽい空気が充満するそれまでの、わずかな時間。

 教会の片隅に、僕の育てた赤いバラの蕾が雫に濡れている。

 教会の庭を掃除する僕の頬を、少し湿った風が撫でてゆく。

 ああ、本当に清々しく、いつもにもまして気持ちのいい朝なんだろう。

 今朝も僕のクラスメートで親友の彼と、その弟子である人狼の少女がいつもの

散歩を終えて教会に立ち寄る。一頃の彼は、散歩が終わり教会に立ち寄る

時には死体のように人狼の少女に引きずられていたが、今では

もうマラソン選手並の持久力を手に入れたようだ。

 そうそう、今なら高橋選手にも負ける気がせん、なんて言ってたっけ。

 楽しそうに、まるで兄弟以上の仲のよさで二人が僕に話しかけてくる。そんな

二人に僕はいつも通りに挨拶し、いつも通りの水の代わりにスポーツドリンクと

ミルクを渡す。なか睦まじく、二人がそれぞれの気性に合わせてそれを飲み干す。

 そういえば、少女の方は少し大人びてきただろうか?見た目以上に幼く

純真だった少女が、今朝は少し大人びて見えた。少女はいつも通りに

師匠である彼に、甘えるように話し掛けている。いつもなら、

幼い子が兄に甘えているようにしか見えないのだが、今日の僕はその仕草に何となく

どきりとする。

 雑談をしつつも、僕の意識は少女のほうに向いてしまう。まだ幼さが残る顔に、

強い意志を秘めた瞳。バネで出来ているような、しなやかな肉体。お尻から

ぴょこりとしっぽが生えていて、彼に話し掛けるたび上下するさまが、なんとも

愛らしい。彼女の腕が、やさしく彼の腕に絡まりつき顔と顔が近づく。彼もまんざら

でもない表情をしながら、一応腕をほどこうと僅かだけ抵抗する。

 二人の仕草、特に少女のそれに、恋人という言葉が胸をかすめ僕は少しだけ狼狽する。

 いつもと少しだけ違う朝は、僕もいつもと少しだけ違うようだ。

 だから狼狽とともに、思いもしない台詞が胸にわだかまる。



   『シロちゃん、彼の腕は僕のものなんだよ。』



 そして、いつもと少しだけ違う朝と、いつも通りの日常が始まる。



Fin


 

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa