ザ・グレート・展開予測ショー

一人になんてさせない−2.5−


投稿者名:veld
投稿日時:(02/12/ 1)




 「ただいまぁ!」

 「はい!おかえりなさい!」

 ついさっき、隊長の出て行った玄関から、可愛らしい元気な声と、優しくそれに答える声が聞こえてくる。おキヌと蛍子が散歩から帰ってきたのだ。俺はリビングのドアを開け、彼女達を迎える。

 「おかえり、おキヌ、蛍子」

 本来ならこの家にいないはずの俺がここにいることに不思議そうな妻と、瞳を輝かせて、喜色満面な蛍子。蛍子は靴を脱ぎ捨てると、俺にタックルするように抱きついてくる。まあ、幼子のタックルなんて、そうたいしたもんじゃない。俺が軽々と彼女を抱き上げると、「きゃっ」と嬉しそうに声をあげた。
 そんな蛍子の様子を優しい目で見ていたおキヌが、不意にはっとした様子で俺を見る。

 「忠雄さん・・・こんな時間に家にいるなんて・・・」

 事務所にも行かず家の中にいる俺をなじるような口調ではない。仕事を休んだことを怒っているわけではなさそうだ。俺は妻の顔をよく見る。何も言わなくとも、彼女の顔を見れば最近では何を考えているのかわかるようになってきている。そこに見えるのは・・・。
 
 「クビになったんですね・・・でも、安心してください!私が・・・あなたと蛍子の面倒はちゃんと見てみせますから!」

 結婚前よりもずっとお茶目になった妻の悪戯をする時の顔だった。はたから見れば、真剣な顔に見えるそれ。蛍子の目が、心配そうに母の方を向く。俺はそんな蛍子の姿に苦笑しつつ、きっ、と真面目な顔を作る。
 
 「おキヌ・・・、馬鹿を言うな!ちゃんと、お前達は守ってみせる!確かに不況下での再就職は厳しいかもしれないが、お前達にひもじい思いをさせたりはしないからな!」
 
 そして、俺もそれにのってみる。蛍子が俺を見、心配そうな顔。
 
 「忠雄さん!」

 「おキヌ!」
 
 がばっ、そして、抱き合う。潤んだ目で俺を見つめるおキヌ、そして、笑顔で彼女を見つめる俺。二人の顔が近づいて・・・。

 ちゅっ

 呆然としている蛍子の両頬に触れる。
 
 「お父さん?お母さん?」
 
 何がなんだかわからないと言った顔の蛍子。鈍い奴、と言うのは酷だろう。というより、彼女にはさっきの会話の意味すら理解できてないだろうし。俺とおキヌお互いに向き合うと、どちらともなく笑い出す。きっと、彼女も同じ事を思ってる。
 
 「くすくす・・・」
 
 「くくくく・・・」
 
 「?」
 
 相変わらずキョトンとした蛍子。「ごめんな、たいしたことじゃないから」俺は彼女を下ろすと、その頭を壊れ物を扱うように優しく撫でる。そうすると、彼女は安らかな表情になる。
 
 「でも、どうして家にいるんです?」
 
 おキヌは笑みを浮かべたまま尋ねてくる。俺は苦笑しつつ、答える。
 
 「少し、話をしていたんだ。事務所のほうには連絡をしておいた」
 
 「話?誰とです?」
 
 「ICPO」
 
 「え・・・?」
 
 彼女の顔が曇る。俺たちが今までICPOの関わってきたことで悪い目に会わなかったことはない。直接的、間接的のも、彼らは俺たちにろくなことをもたらすことはなかった。そんな連中からの話がどういうものだったか、彼女が表情を暗くするのはもっともだった。
 
 「話の内容は後で話すよ、それよりも昼飯、作ってくれない?腹減っちゃってさ」
 
 俺はそんな彼女の頭を蛍子にしたように撫でると、わざと明るくそう言った。彼女の不安そうな顔は見たくなかったし、それに本当に腹も減っていたからだ。蛍子を見ると、彼女もお腹を押さえて困ったような顔をしている。お母さんが心配なのか、それともお腹がすいているのか、多分、前者だろう。蛍子は親孝行な娘だから。まあ、後者でもいい。

 「蛍子もお腹すいた〜」
 
 おキヌはそんな俺たちの声に、さっきまでの暗い顔を吹き飛ばして快活な笑みを浮かべる。いつも、俺たちに明るい気持ちをくれる家庭的な笑顔。少しだけ見惚れてしまい、そんな俺におキヌは頬を赤く染める。
 
 「忠雄さん・・・そんなに見つめないで下さい・・・」
 
 ぽっ、といった擬音が似合いそうな程、赤らんだ彼女の顔に、俺は「ごめん!」とそっぽを向く。きっと、俺の顔も赤らんでいるに違いない。さっき見つめあってた時は平気だったじゃないか、と言う奴もいるかもしれないが、その場のノリってものもある、いくら夫婦になったと入っても、おキヌちゃんの初々しさは変わることはなく、いや、夫婦になってからむしろ恥ずかしがりやになった気がする。そんな彼女に感化されるように俺も、

 「い・・・いえ、良いんですよね・・・。だって、私達夫婦だし・・・」

 「そ・・・そうだよ!俺たち夫婦なんだから・・・」

 そして、向き合う。やっぱり照れくさい。しかも、彼女が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、彼女が可愛らしく見えてくる。そして、愛しくなる。守ってあげたい、そう思わせる、おキヌちゃんの持っている何かが俺の心の中にあったものを溶かしてゆく。守ってあげたい・・・、俺が。俺だけが、守ってあげたい。

 「おキヌちゃん・・・」

 夫婦になってから意識してやめた呼び名。何故だろう、今この瞬間はこの呼び名のほうがしっくりあっているような気がした。

 「よ・・・忠雄さん・・・」

 おキヌちゃんは「横島さん」と呼ぶことは無い。当たり前の事。だって、彼女も、「横島」なんだから。でも、思わずそう呼びそうになった彼女が・・・。お互いをその呼び名で呼んでいた頃のことを思い出すと・・・。

 「おキヌちゃ〜ん!」

 「キャ〜♪(ぽっ)」

 ぐううう・・・
 思わず飛び掛ろうとした俺とおキヌちゃんの間から、聞こえる可愛らしい、抗議の音。飛び掛ろうとする体制のまま・・・俺の首がぎぎぎ、と鈍い音を発しながらその音の出所――その抗議を必死で食い止めていたであろう俺の愛娘のほうを向く。俺の目にうつったその顔は真っ赤だった。

 「あ・・・あの」

 思わず呆けた顔をする俺とおキヌちゃん、そして、蛍子。
 見られてた。いや、当たり前の事なんだけど。

 「あ、だからね・・・その・・・」

 蛍子の声が虚しく響く。
 空っぽになった俺の頭の中にも、その声は響く。

 「えっと・・・続きは・・・」

 「そっかぁ!蛍子お腹が減ってたんだよなあ!」

 「蛍子ごめんね!すぐにご飯作るから!」

 俺とおキヌちゃんは蛍子に交互に語りかけると、その頭を優しく撫でる。苦笑いは隠せない、でも。
 俺とおキヌちゃんに気を使って、少し申し訳なさそうな顔をしている蛍子の姿を見ていると、いや。
 いついかなる時でも、俺は蛍子を見るたびに思うのだ。
 この手の中で、少しずつ、穏やかな表情になってゆく、この愛すべき娘を、やっぱり自分は愛しているのだと。愛しているかを再確認した、そんなことではない。そんなことは初めから分かっていたこと、俺が思ったことはそんなことじゃなく・・・。

 「蛍子・・・」

 「んん・・・、何?お父さん?」

 蛍子が俺を見る。見るものの心がとろけるような笑みを浮かべている。俺は「何でもない」と彼女に微笑みかけながら言った。蛍子は首をかしげていたが、おキヌちゃんに抱きしめられてその表情も消える。ただ、気持ちよさそうにうっとりとした顔でおキヌちゃんに身を任せている。おキヌちゃんも、心から幸せそうな顔をしている。
 何でもない、そう言った俺の心の中を、彼女はわからないかもしれないけど、それでも構わない。勝手な俺の気持ち、父親としての思い。






 ―――俺はお前の父親になることが出来て本当に良かった。


 俺の中に、そして、蛍子の中に眠りつづける彼女に言わなければならないこと。


 ―――ルシオラ、俺はお前と同じくらい蛍子の事を愛してる


 蛍子はおまえじゃないけど―――それでも、俺は、蛍子を愛してる―――

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa