南極物語(8)
投稿者名:志狗
投稿日時:(02/11/29)
朝を迎える。
といっても、夜の間も日の沈まない南極圏。
異界空間の中もそれを反映しているようで、明るいままだった。
シロが目覚めると、すでに起きていたらしい横島が声をかけてきた。
昨日の横島の様子を思い出し心配するシロだったが、横島は「大丈夫だ。」とだけ答えた。
しばしの沈黙。
その沈黙の後、横島はすうっと息を吐くと、シロに向けて「迎えが来るまで少し話したい」と告げる。
シロは横島の真剣な言葉と、向けられる優しげな表情にこくりと頷いた。
荷物をまとめ、荒れ果てた大地で後は迎えを待つだけとなった二人。
横島はシロに向き直ると、ポツリと言う。
「ルシオラの・・・・事なんだけどな・・・・・」
横島の口から漏れ出した言葉に、シロの顔に不安そうな表情が浮かぶ。
昨夜、声を押し殺して泣いた横島。
あれで横島が自らの気持ちに決着をつけられたとは、シロには思えなかった。
また自分を責めだしてしまうのでは・・・・・そんな想いが心をよぎる。
「大丈夫だって・・・・さっきもそう言ったろ?」
そんなシロの表情に気付いた横島がそっと笑いかける。
「今朝、起きてからずっと考えてたんだ・・・・・・・ルシオラのこと・・・・・・」
それを思い出そうとするかのように虚空を見つめる横島。
「結局俺は、ルシオラの死を認めきれてなかったんだ・・・・・」
遠い目をしながら口にする言葉を、シロは黙って聞いていた。
「あの戦いで、最後までルシオラの生きる可能性が残ったままだったし・・・・諦め切れなかったんだろうな・・・・・」
冷静さを保つためだろうか?・・・どこか客観的な・・・まるで他人のことを語る様な感じがする。
「先生・・・・」
シロがポツリと声を漏らす、横島は聞こえていたのだろう。しかしそのまま話し続ける。
「美神さんたちには“悲しむのやめにする”なんて言ったけど、実際は悲しみさえ感じきれてなかったんだよ。」
「ルシオラの生きる可能性が出てきてはだめになっていく・・・・・悲しむより、諦められない気持ちでいっぱいだった・・・
期待して、失望して・・・・最後に出てくるのが自分の娘に転生の可能性だもんな、ルシオラの死なんてとても認められなかったよ。」
皆が自分とルシオラのために、いろんな可能性を見つけてくれた。
それには感謝してもしきれない・・・・・・・はずなのに、現れては消えていく可能性に苦痛を感ぜずにはいられなかった。
「そしたらそこで止まっちまった。誰ともルシオラのことを話さないで、俺もいつもどうり振舞って・・・・・・
気持ちがルシオラの事を諦めきれないままで・・・・前にも後ろにも進まなくなっちまった。」
皆が自分を気遣ってくれた。
だから考え込まなかった・・・・・自分がいつもどうりにしていれば、皆もいつもどうりにしていられる。
変わらない日常が心地よかった。
「正直あの世界の話を聞いて悔しかったよ。
あの世界の俺は、ルシオラを救えて前に進んでいける・・・・・・なんで俺にはできなかったんだろうって・・・・」
悔しくって・・・・止まったままの自分がみじめだった。
自分を責めてしまったのは、“ルシオラ”の姿をした“彼女”に懺悔したかったのかもしれない。
「先生が望むなら・・・・・」
口をつぐんでいたシロが不意に声を漏らす。
「先生ならあの世界と同じ・・・・ルシオラ殿と幸せに暮らせる世界をきっと作れるでござるよ・・・・・・・」
子供としてのルシオラを幸せに・・・・・・・ではない。シロはルシオラを生き返らせる事を言っているのだ。
シロは気付いているのだろうか。その世界を作る事は、自分の横島への気持ちに反する事に・・・・
しかし横島はかぶりを振る。
「やらないよ。」
「できない」とは言わなかった。「やらない」と言ったのだ。
どうして・・・・・といった顔をするシロに、横島は再び話し始める。
「シロ・・・・お前は父ちゃんを殺されたよな。」
その言葉にシロは少なからず反応する。
横島が父の死には軽々しく触れることはなかった。その違和感なのかもしれない。
「悪い・・・・・でもこの方がきっとシロに判ってもらえると思うから・・・・」
シロの顔を見て謝罪する横島にシロはかぶりを振り、先を促す。
横島はそれを確認すると後を続けた。
「シロは今、父ちゃんを生き返らせたいと思うか?」
「・・・・思わないでござる・・・・けど拙者の父上への気持ちと、先生のルシオラ殿への気持ちでは・・・・」
比べられない、と続けようとするシロの言葉を横島がさえぎる。
「じゃあ、父ちゃんが死んだ直後はどうだ?」
その言葉にシロはどきりとする。
「それは・・・考えた事がないわけではござらんけれど・・・・・」
武士の子という自覚のなかで、そんな事は考えないようにしようとしていた。
それでも「帰ってきてくれたら・・・・」という想いに囚われる事はあった。
「だろ?誰だって大切な人がいなくなったら“取り戻したい”“帰ってきて欲しい”って多かれ少なかれ考えるんだ。
でもその気持ちは次第に薄れていく。その人の死を、ゆっくりとでも認めていくから・・・・・・」
ルシオラの死を認められない自分がこんな事を話すことを、心の中で苦笑しながら横島は続ける。
「葬式を挙げたり墓参りをしたり・・・いろんなことでその人の死を認めていく。
シロの場合はどうだ?お前なら犬飼ポチとの戦いが・・・・・仇討ちがそれに当たるのかもしれないな。」
そうかもしれない、とシロは思った。
仇討ちにより父の死を完全に認めるたかどうかは判らないが、少なくともその一歩であった事は確かだ。
そもそも“仇討ち”自体、人の死の上に成り立つ物なのだから・・・・
「俺は・・・・それをずっと先延ばしにしてただけなんだ。ルシオラの事が諦められないで、可能性にすがり付いてた。
死を認めるのに人より時間がかかってる・・・・・・・・・・・・それだけの事なんだ。」
悲しそうな表情だが、その声はしっかりとしている。それは次の言葉への決意だったのかもしれない。
「だから俺はルシオラを生き返らすことはしない。」
彼女の復活の可能性は、探せば見つかったのかもしれない。
横島の文珠という力を使えば、その可能性をかなえる事ができたのかもしれない。
「でも!」
シロはできるのにやらないという横島の言葉に、納得がいかないのか食い下がる。
しかし横島はそんなシロを諭す様に言う。
「シロ、俺はな・・・・・エネルギー結晶を壊す時に“どうせ後悔するなら、てめえがくたばってからだ”って言ったんだ。」
アシュタロスにそのせりふを言い、結晶をその手で破壊したときのことを思い出すように自分の手を見つめる。
「“後悔する”って言ったんだよ・・・・・・・」
「先生・・・・・・・・」
「エネルギー結晶が、ルシオラの生きる一番初めの・・・・一番大きな可能性だったと思う。
その可能性を壊すかどうか迫られて・・・・逃げたいくらいに悩んで・・・・・・・・・・・・・・・・・壊した。」
両手を見つめる彼には、それが恋人を殺した手に見えるのだろうか。
シロはそんな様子にびくりと身を振るわせる。
しかし横島しばらく思いつめるようにその手を見つめていたが、やがて何かを断ち切るかのように顔を上げる。
「だから俺は後悔しなくちゃいけない・・・・・・ルシオラを生き返らせちゃいけない。
あの言葉・・・・・ルシオラの死を覚悟して言ったはずの言葉には、責任を取りたいから・・・・・・」
そして、辛気臭いのはこれまでだといわんばかりに空を仰ぐ。
「あの世界の“違う”ルシオラを見たのはいい機会になったかもしれないな。
まだルシオラの死を認められたわけじゃないけど・・・・少しずつでも認めていこう、前に進んでいこうって気にはなったよ。」
「先生は・・・あの世界をうらやましく思ったりしないのでござるか?」
横島の心に未練が残っていないのか心配なシロは、その不安を率直に聞く。
しかし横島は笑みさえ浮かべて返す。
「思わないよ。まあ悔しい気持ちはあったけどな。
俺には子供として生まれてくるルシオラを幸せにしてやれる可能性があるし、それはあの世界の俺にはできない事だからな。」
そして心配そうなシロの顔を見て、少しおどけたように言う。
「それに、シロのいない世界なんていやだしな?」
その言葉にシロは一瞬ほうけた表情になり、そしてすぐに顔を真っ赤に染めた。
「お待たせしてすみません、横島さん。」
「そんなことないっすよ。」
専用通路を使ってこちらにやってきた小竜姫に横島は軽く言葉を返す。
「かなりの出血だったようだが、傷のほうはもういいのか?」
横島の胸元が乾いた血でどす黒くなっているのを見て、ワルキューレが声をかける。
「ああ、もう傷はふさがってるし。一晩寝たら貧血も少しはよくなったよ。」
「それはそうと・・・・こっちは何かあったのかしらね〜。」
ヒャクメがまだほんのり顔の赤いシロを見ながら、興味津々といった様子で言う。
「なんだ、覗いたりはしてなかったのか?」
「当たり前なのね。いくら私でも神魔界の正式な活動の最中に遊べないのね。」
ヒャクメの答えに横島とシロはとりあえずほっとする。
事情はどうであれ、一緒の寝袋で寝たりした事までばれたらどんな事になるか・・・
「ヒャクメ、横島さんたちは疲れてるんだからそういうのは後にしなさいよ。」
小竜姫の言葉に、シロを問い詰めてしどろもどろにさせていたヒャクメは渋々離れる。
「それでは帰りましょうか。事務所には二人の取り分の報酬が用意されてますよ。」
「あっ、その事なんですけど・・・」
帰りをうながす小竜姫の言葉に横島が割り込む。
「俺の分の報酬、神魔界に返還したいんですけど・・・」
横島の言葉にその場にいる他の者全員が疑問符を浮かべる。
「できない事もないが・・・・どういうつもりだ?遠慮する事などないのだぞ?」
「遠慮なんてしないけど、その代わりちょっとした頼みを聞いてもらいたいんだ。」
ワルキューレの言葉を否定しつつ言う横島。
「内容によりますけれど・・・一体なんです?」
「それは―――――――――」
聞き返す小竜姫に、横島はゆっくりとその“頼み”を話した。
今までの
コメント:
- ちょっと真面目に後書きを。
今回の話では、横島の中でルシオラの事を決着、とまでは行かなくとも、ある程度の整理を付けさせたつもりです。
そのために原作中のエネルギー結晶を壊す部分を引き合いに出しました。(個人的にすごく印象に残っている部分だったので)
ルシオラが生き返ることに否定的になるつもりはありませんが、横島がルシオラでない誰かと結ばれるためには、ルシオラ復活の可能性をある程度否定しておかなくては、と思いましたので・・・(原作に矛盾しない程度に考えても、復活の可能性があるように思えてしまったもんで)
ともかくルシオラファンの皆様、すいませんっ! (志狗)
- シロと結ばれるなら異存はありませんよ〜♪(バチが当たりそうな挨拶) 愛する者を壮絶なカタチで失ったと言う点から考えればシロと横島クンは同じような環境下に置かれたことのあるペア(ペア?)だと言えるかもしれませんね。シロが小さい身ながら自分の父親の死を認め前に進もうとしたように、今回は横島クンがルシオラの死を乗り越えたと言う対比が良かったです;エネルギー結晶を壊すシーンを引き合いに出されたことには驚きましたがすぐに納得しました。いい雰囲気になってる2人ですが、さて横島クンがギャラを返上してまでお願いすることとは何なのでしょうか? 次回も楽しみにしております♪ (kitchensink)
- kitchensinkさん
>同じような環境下
そう思って頂けてありがたいです。今回の話は他の誰かには置き換えられない「シロだから」成り立つという話にしたいなぁ、と思ってましたので・・・
本当はもっと寝起きのシーンとか、ルシオラを生き返らせないことへの理由付けとかがあったのですが、容量のせいでカットとなってしまいました。(涙)
>エネルギー結晶を壊すシーンを引き合いに
いや、本当にあのシーンは印象的でした。横島がルシオラの事で下した最大の決断、と勝手に思ってますので(笑)
次回、最終回です。なかなかまとまりに欠ける話でしたが、どうか見捨てずに見てやってください。 (志狗)
- これもまた、「横島君」らしいと思いましたよ♪納得できた理由でしたし。最終回、楽しみにしてます! (けい)
- 次回最終回ですか・・・・・・・
実は何気に毎回読んでました(笑)
>横島の中でルシオラの事を決着、とまでは行かなくとも、ある程度の整理を付けさせたつもりです
それ賛成です!
愛しい人を失って悲しいのも十分わかりますが、
やっぱりどこかで決着というか・・・ふんぎりというか・・・
そういうのは必要かと・・・
最終回期待してます! (ユタ)
- けいさん
>「横島君」らしいと思いましたよ♪
ありがとうございます。本気で理由付けをするならばまだまだ足りないのですが、今回のお話ではそこまでを目標にしていませんし、何より私は完璧な理由を探し出すのは無理だと考えております。
だから多少の矛盾は抱えていても、呼んでくださった方が「いまいちだけど、まあ横島らしいかな」とほんの僅かにでも考えていただければいいなと思っていました。
真面目に話す横島がちょっと「らしく」ないかもしれませんが、私は彼は普段はおちゃらけていても真剣になれるときは真剣になれる人だと思っておりますので・・・
最終回も頑張らせて頂きます。コメントありがとうございました。 (志狗)
- ユタさん
>実は何気に毎回読んでました
ありがとうございます。私も「温かい想い」毎回読ませていただいております。
>やっぱりどこかで決着というか・・・ふんぎりというか・・・そういうのは必要かと
ええ、今回のお話はそういうつもりで書きました。動機はシロとの関係の発展の一歩としてという不純なものですが。
あくまでも「ふんぎり」なので結果的には「諦め」と見えてしまいます。はっきり言って、この話ではルシオラは不幸です。悪く言えば横島に切り捨てられたわけですから・・・。ルシオラの本当の幸せは横島と対等な恋愛(つまり子供としてでなく)をする事だと思うのですが、それだと失恋はさせにくいですし、なにより原作上で叶わなかった為、私自身が横島と結び付けない事に抵抗を感じてしまいます。 (志狗)
- 酷い事とは思いますが、横島をルシオラ以外のキャラと結びつけるにはルシオラについて妥協をしないと、と考えました。まあ、完全に切り捨てる事ができなかったので「平行世界の幸せなルシオラ」を出したわけですが。
長々と話してしまいましたが、結局はこの話は決して皆が納得できる話ではないということです。
あくまで横島の選択の一つです。きっとこの話が嫌いな方も居られると思います。こと恋愛に関しては好みもありますし・・・・
それでもユタさんからは賛成票を頂き、嬉しい限りです。
最終回、お互いに頑張りましょう。コメントありがとうございました。 (志狗)
- し、失礼しました(汗)、けいさんへの返事の四行目、「呼んで」→「読んで」です。 (志狗)
- あと、この場を借りてですが・・・
辻斬さん
今までコメントくださっていたのに気付かずに、コメント返しをせずに申し訳ありませんでした!(土下座っ!)
コメント読ませて頂きました。丁寧なコメントで本当に嬉しかったです。どうもありがとうございました。
すでに次回終了ですが、読んで頂ければ幸いです。これが辻斬さんの目に留まるよう祈っております。 (志狗)
- ここに来て、なんとなく横島が“吹っ切れた”ように感じました。ヒャクメのツッコミにも堂々と応ずる横島。何処か、アシュ戦時のシリアス調とも違う、別の何かを纏っているようにも思えます。或いは、南極に来てからの体験は彼の幼年期を終わらせ、少年を一人の男に変えたのかも知れませんね。
シロの想いも、漸く正面から受け止めて貰えたように思います。今までは何処か子供扱い、弟子扱いであり、シロから寄せる好意も“容認”するに留まっていた横島が、今回初めて「シロのいない世界なんていやだしな?」と、彼女を求める発言をしている。これは、或いは幼さを捨て切れていなかった二人の転機なのではないでしょうか?
何せよ、この二人にはこれからの未来を、そしてお互いを確りと見据えて生きて行って欲しいものです。 (黒犬)
- ……と、真面目なコメントはやはり疲れるので息抜きを。
『大氷原の小さな家・番外 〜いすかりおて〜』です。 (黒犬)
- 一年ぶりに日本へ戻ってきた、我等がシロ。
本日は、事務所女性陣+美智恵の豪華メンバーでお買い物である。
「南極に居る間、服はどうしてたの?」
「先生の文珠で毎日出していたでござるよ」
「贅沢な話ねぇ」
和気藹々と、洋品店の扉をくぐる。
――十分後。
「信じてたのにぃーーーっ!!」
「シロの裏切り者ぉーーっ!!」
泣きじゃくりながらドアを蹴破り、何処へともなく駆け去って行く二人の少女。おキヌとタマモ。
「お、おキヌどの? タマモ?」
胸にメジャーを巻きつけたまま、呆然と二人の背中を見送るシロ。
「あらあら。やっぱり同じ一年でも、彼氏が居ると居ないとでは違うわね。ねぇ、令子?」
「うぐ…」
一年間――短いようで、それでいて長い刻。
“成長”と云う名の月日の成果が、そこに燦然と耀いていた。 (黒犬)
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