さよならなんていわないで
投稿者名:veld
投稿日時:(02/11/27)
俯けば、涙がこぼれることを知っているから、私は足元を見るようなことはない。ただ、あの人の目に映る、未来だけを見つめている。
その瞬間だけは、あの人の強さをもらうことが出来るから。
何かを為そうとするあの人の重荷にはなりたくないから、私は自分から別れを告げる。きっと、私達の傍にいたなら、あの人はあの人のままで終わってしまう。
だから、私は愛しているとは言わない。
だから、私は愛しているとは言えない。
全てをごまかして生きることが出来るのなら、私がもっと我が侭なら、あの人に本当の思いを告げることが出来たかもしれない。
或いは、あの人がほんの少しでも優しさを持っていない人だったなら、私はあの人の傍にいられたのかもしれない。
あの人の足りない部分を、私が、私で補うことが出来たのかもしれない。
でも、違う。
あの人は十分すぎる程優しくて、きっと、私が引き止めればいつまでだって傍にいてくれる、悲しいくらい優しい人だから。
何も望むことはない。きっと、あの人は私に何も望まない。
悲しいくらいに、あの人は強いから。
私の力など、必要ではないと思うから。
「おキヌちゃん・・・」
後ろから彼の声が聞こえた。雪を踏む音が止まる。吐く息が白い。あの人は、昔、私が編み、プレゼントしたマフラーを巻いていた。それを見たときわたしはとても、とても嬉しくて、切なかった。決心を鈍らせる、切なさが痛かった。
振り返ればあの人がいる。悲しげな、きっとそれでも優しいあの表情を浮かべて。私は振り向かない。振り向けない。
「おキヌちゃん・・・俺!「言わないで!」っ・・・」
「何もっ・・・何も言わないで下さい・・・」
涙が流れた。もう、私の目にあの人は映らない。映してはいけない。きっと、あの人の目に、私の弱い姿を見せることになるから。
彼は何も言わなかった。ゆっくりと、歩き出す。一歩、二歩、三歩・・・。その度に、思い出が溢れてくる。今まではずっと一緒に歩んできた道、もう二度と、交わることはない道。嬉しい時も悲しい時も、一緒に過ごしてきた日々が確かにあったはずなのに、その全てが、過去となってしまうのが、たまらなく悲しかった。それでも・・・。
私が彼にしてあげられることは、これだけ。私は彼に与えることは出来ないから・・・。離れること、せめて、彼の行くのを邪魔しないこと。それが私に出来る、精一杯の事。それで彼が私の事を嫌いになっても・・・。
雪を踏む鈍い感覚が、心に響く。空しい虚勢など、ありはしなかった。ただ、自分がしたことが正しいのだと、思いたかった。正しくないなんて、考えられなかった。 きっと、あの人以上の人は現れることはない。私が愛した人は生涯にただ一人、あの人だけ。そう考えると、心が安らいだ。それと同時に、もう一度だけ、あの人の顔を見たい、そんな衝動に駆られる。
ほんの少しだけでいい。一瞬でもいいからあの人の顔が見たい。立ち止まり、首だけ後ろに向ける。
白く染まった大地の上に、他の誰でもない、彼の姿が見える。道行く人の姿など、霞んでしか見えない。涙に滲んだ視界の中でも、彼の姿ははっきりと見えた。
何百、何千、何万回と見ても、見飽きることのない、顔がそこにある。想像していたよりも、ずっとずっと悲しげで、弱々しげな顔がそこにある。思わず、クスッと笑ってしまう。そんな自分の姿を見て、彼の顔が複雑な顔になる。私は、泣きそうな顔を笑顔に変えようとするけれど、うまくいかない。泣き笑いの表情なんて作りたくはない。そんな顔でお別れしたくない。
横島さんは何も言わない。私の顔をじっと見て、不意に微笑む。どうして・・・?彼が近づいてくる。雪を踏みしめて、近づいてくる。いつものように、微笑みを浮かべて。
「おキヌちゃん・・・聞いてくれないか?」
私は呆然としていた。彼の手には「覗」の文殊がある。私の心・・・覗かれてたんだ!
「俺は最低の事をしているのかもしれないけど・・・、どうしても知りたかったんだ。おキヌちゃんの気持ちを。言葉なんかじゃ、きっと言い表せやしない、本当の気持ちを―――俺は馬鹿だから、こんなことしないと分からない。だけど」
彼の手から文殊が消える。そして、また、光が集まり、新しい文殊が生み出される。何も、言葉の入っていない文殊。
「分かったことがあるんだ。おキヌちゃんが俺を好きでいてくれてること」 私は彼の顔が、嬉しそうであることに怒りを感じた。
「私の心を覗いたんですね・・・それじゃあ、分かるはずじゃないですか・・・!私がどんな気持ちであなたにさよならを言ったか・・・、どんなに悲しかったか・・・、私はあなたとは釣り合わないんです!」
「さよならなんて言わないでよ」
彼はそれだけ言った。嬉しそうだった顔が、泣きそうな顔に変わる。
「一緒にいることに理由なんて要るの?」
「私は力になんてなれないんですよ・・・?あなたが苦しんでいる時も、私は何もしてあげることが出来ないんです・・・、辛いんです!あなたが傷つく姿を見ることが・・・!」
「力になってくれなくてもいい・・・」
「何がいいんですか!?あなたにとっては良くても私は嫌なんです!」
最低なことを言ってる・・・分かってはいても止められそうにない。
「あなたの悲しみを拭うことも出来ない、あなたの苦しみを和らげることも出来ない・・・あなたを・・・痛みから救ってあげること出来ない・・・私は・・・あなたの・・・」
一番大切な人にはなれない。
あの人には、なれない。
「俺が好きなのは・・・、いつも優しくて、笑顔で、明るくて、時々、ドジをすることもあるけど・・・いつもみんなのことを考えてる・・・、そんなおキヌちゃんだよ。今回の事だって、俺のことを思ってしたことなんだろ?俺はおキヌちゃんが俺の力になれないなんて考えたことないよ・・・。だって考えてみてよ、俺の部屋をいつも片付けてくれてるのは誰?俺のためにご飯を作ってくれてるのは?美神さんにぼこぼこにされた時、俺の傷を癒してくれるのは?―――何より・・・」
何より・・・?
「俺の傍にいてくれて、誰よりも嬉しいと思うのは・・・おキヌちゃんだよ・・・。うん、間違いなく・・・おキヌちゃん」
嘘・・・私は出しそうになった言葉を止めました。あの人の目が、いつもよりもずっと真剣だったから。顔は真っ赤でしたが。
「私・・・」
私は否定の言葉を探します。まだ、あるはずなんです。きっと、私が彼にふさわしくない理由が。
「私は・・・」
でも、どうしてでしょう・・・、言葉が続かないんです。
「私は・・・」
涙が、溢れ、頬に伝います。ちゃんと、あの人の目を見ているのに。ちゃんと、あの人の未来を見つめているのに。あの人の、傍にいるのに・・・。
「私は」
横島さんの顔が近づいてきて、ほんの一瞬、ただ、唇と唇がかすっただけ。それだけのことで、私は何も言えなくなる。
「俺、おキヌちゃんのことが好きだ」
「私もです・・・、横島さん」
今までの
コメント:
- お父さん、お母さん、あなたの息子は黄泉の国へと旅立たれました...(挨拶)。心が何とはなしに救われた気がするのは私だけでしょうか?(爆) 横島クンのことを思って行動し、ただそれを誰にも相談せずに実行しようとするおキヌちゃん「らしい」ですね。横島クンがこーゆーシチュエーションに丁度いいくらいに適度に(?)格好よくなってるあたりも良かったです。真剣に告白する時に恥ずかしそうにしてるあたりが彼「らしい」感じでした。おキヌちゃん原理主義者にとっても(そしてそうでない人にも)楽しめる作品だったと思います;投稿お疲れ様でした♪ (kitchensink)
- veldさん、初めまして、ハッカと申します。イヤー!!たまんないっすね!!横島君カッコいいっすね!!すごくいい話でした。涙が出そうですよ。ではこれからも頑張ってください。 (ハッカ)
- お゛ギヌ゛ち゛ゃ〜ん(涙・涙・涙)
もう、涙でいっぱいでした。
おキヌちゃん、よかったね。本当によかったね。
ああ、涙でディスプレイが見えない・・・ (ハルカ)
- veldさん、初めまして。投稿ノラねこの猫姫です♪
おキヌちゃんの気持ち、なんだか分かるような気がします…。
好きなひとの邪魔はしたくないですし、足手まといにもなりたくない…。わがままを言えば、必ず答えてくれちゃうひとなら、自分が黙ってるしかないんですよね…。
でも、最後には想いが通じてよかったにゃぁ♪ 横島君、エライ!♪ (猫姫)
- ⌒ヽ(^w^=)えーいっ♪(←忘れものシュート@賛成票) (猫姫)
- お初にお目にかかります、おキヌ×横島原理主義者二号のsai@でございます。
二人とも自然に優しくていーですねー! (sai)
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