ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル12


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/11/24)

27.大森林の小さな家
 西条が目覚めたのは、テントの中だった。
 モスグリーンの生地の、狭いテント。
 テントの生地を叩く雨音が、耳障りだ。
 風も吹いているようで、テントの生地が、重たげに波を打っている。
 ガソリン使用のカンテラが、内部を陰気に照らしていた。
 真ん中の小さなコンロにやかんが乗って、湯気をあげている。

「大丈夫、西条さん? うなされてたけど」
 なじみのある声が聞いてくる。
 西条は、上半身を起こして身体をまさぐる。
 特に痛めた箇所は無いようだ。
 どうなってるんだ? さっきまで森の中を歩いていたのに。

「……ここは、どこだい?」
 西条は美神を見つめた。ヘアバンドしてたっけ?
「ちょっと? しっかりしてよね。結婚を控えてるんだしさ」
 呆れたような声で、美神が言った。
 その言葉をどう受け取ったのか、西条は嬉しそうに、美神の手を取ろうと手を伸ばす。
「令子ちゃん、きっと幸せに……」
「だけど、できちゃった結婚って言うのが、ある意味、西条さんらしいわよね」
 自分の顔が蒼ざめて行くのが分かった。
 いくら何でも、美神とそんな関係になった覚えは無い。
 行き場を失った西条の手が、空中で震えた。

「できちゃった結婚!? そんな馬鹿な」
 思わず口をついた言葉に、美神がケラケラと笑い声をあげる。
「なにとぼけてんの? 三ヶ月だってことくらいみんな知ってるわよ」
「身に覚えが無い。僕は潔白だ!」
「いい加減にしてよ。こないだ事務所に一緒に来て、挨拶してったじゃない!?」
「『結婚します』って。あれは何だったのよ!?」
「僕はそんなこと、していない!! ……一緒って誰と?」

 美神の表情が、みるみる険しくなっていく。
「…………もういい。見損なったわ。西条さんがこんな人だとは思わなかった」
「ダンナが西条さんと組むのは、どうしても嫌だって言うから、仕方なくこっちに来たのに」
「こんなことなら、無理でもダンナと行けば良かった」
 美神が装備を引きずって、外に行こうとしている。
「令子ちゃん、僕は本当に覚えがないんだ!」
 西条は必死に主張する。
 美神は聞く耳持たないと言ったふうで、入り口のジッパーを勢い良く引き上げた。
 大粒の雨が、テントから漏れた明かりを突っ切って、次々と現れては消えていく。
「信じてくれ、令子ちゃん! さっき目覚めた時より、以前の記憶が無いんだ」
 美神が肩越しに西条を睨みつけた。

 美神はジッパーを引き下ろすと、元の場所に座り直した。
 荒天の中、外に出ていくことの、リスクを考えたのだろう。
 西条との間に、装備品を壁のように置いて、西条を睨みつける。
「こっから来ないでよね。あたしまで妊娠させられちゃ堪んないわ」
「さ、話してもらいましょうか? 記憶が途切れるまでに何があったかを」

「……と言う訳なんだ。今から思えばあれが、空間転位だったんだな」
「その話なんだけどさ」
 西条の話を黙って聞いていた、美神が沈黙を破った。
「あたしにとって、十年くらい前の話だわ。あんた、十年前の西条さんなの?」
「十年前!? じゃ今は西暦……?」
「20××年よ。ちょっと顔を良く見せて。……ホントね。あたしの知ってる西条さんより若い」
「それじゃ、さっきまでいた西条さんはどこに……?」
「あーーっ!?」
 美神の顔に見入っていた西条が叫ぶ。
「肌に張りが無い!!」
「悪かったわねーーー!!!!」
 美神のロシアンフックが、西条の脳を揺さぶる。
 西条は昏倒した。

28.厄珍堂
 夜が明けて、太陽が高く昇ったのだろう。白々と明るくなってきた。
 冥子と雪之丞が見つめる先には、ゼリーのように震える奇妙な空間。
 美神と小笠原、両事務所の混成チームは、まるで水面に落ちるかのように、空間転位の領域に入って行った。

「あそこから何が出てくるのかしら〜〜〜〜?」
 冥子がピートを背負った雪之丞に聞いた。
「え?」
 その場の状況で、仕方なく残ることにした雪之丞だが、とてつも無く、まずい選択をしたかもしれない。
 もし、あそこからさっき以上の敵が現れたら?
 とりあえず、冥子とピートを木の影に隠し、自分は身構えて空間転位の終了を待つ。
 もし現れたのが敵なら、自分が突撃する間に、冥子を逃がすつもりだ。

 まもなく、ボンヨヨヨ〜〜〜〜ンッッと間抜けな音がして、森の一画が開けた。
 現れたのは、崩れたコンクリートの瓦礫の間の、瓦屋根の古びた家。
 厄珍堂だった。
「行ってみましょう〜〜〜〜」
 冥子が先に立って歩いていく。
 魔装術で、装甲をまとった雪之丞は、拍子抜けだ。
 顔を赤らめ、魔装術を解くと、雪之丞はピートを担ぎ直して、その後をついて行った。

 建物の前にやって来た二人は、屋根の上の傾いた額を見上げた。
 やっぱり厄珍堂だ。
「変ね〜〜〜〜、令子ちゃんの話だと〜〜〜〜、空間転位に巻き込まれて〜〜〜〜、消えたって聞いたけど〜〜〜〜」
「戻ってきたんじゃないか?」
「じゃあ〜〜〜〜、ここが厄珍堂の元の場所なの〜〜〜〜?」
「いや、分からんが……。そう言えばこの携帯、GPS付いてんだったな」
 雪之丞が携帯電話を操作していると、冥子が入り口の戸を引っ張ってる。
「おい、勝手にあちこち触らん方がいいぞ」
「そおだ〜〜〜〜。お薬が手に入るかも〜〜〜〜」
「ごめん下さい〜〜〜〜。厄珍堂さん〜〜〜〜、開けて下さい〜〜〜〜」
「お薬が欲しいんです〜〜〜〜〜」
 まったく聞こえていないみたいだ。
 もう知らん、とばかりに雪之丞は携帯電話の画面に見入った。

 突然、『浪曲子守歌』が鳴り響いた。カオスからの連絡だ。
『雪之丞か? 美神達が急に消えたんじゃが、何かあったのか』
「ん? ダンナ方は転位したよ」
『おまえはどうしたんじゃ、いつもなら先頭切って行くじゃろうに』
「事情があんだよ」
 むっつりと雪之丞が答えた。
『どうしたんじゃ? 機嫌悪いようだな』
「なんか、今回、ワリを食ってる気がしてな」
『それは、お互い様じゃ』

『話は変わるんじゃが、ちょっと調べて欲しいんじゃ』
『おまえの今居る場所は、空間転位を2回経ておるんじゃ』
「それがどうかしたのか?」
 雪之丞は厄珍堂を見返した。
『何が現れたのか教えてくれ』
 冥子が割れたガラスの隙間から、中を覗いている。
「……厄珍堂」
『何!?』
「だから厄珍堂だよ。少なくとも外見はな」
『すぐそっちに行く』
 一方的にカオスが電話を切った。
 仕方なく、携帯電話をしまった雪之丞の後で、ガラスの割れる派手な音がした。
 冥子が手に持ったコンクリートの欠片で、厄珍堂の扉を叩いている。

29.美神(3×歳)の人生相談
「で、令子ちゃんは、いったい誰と結婚したんだい?」
 西条が、まだ痛む顎をさすりながら聞いた。
 美神の肩がぴくりと動く。
「け、結婚したって!?」
 振り向いた美神の顔が赤い。
「さっきダンナって言ってたじゃないか。僕の知ってる人かい?」
「さ、先のことは知らない方が、いいんじゃないかしら?」

「……横島君だな」
 西条は静かに言った。
 美神の驚きの表情を見た、西条の想像が確信に変わる。
「僕の居ない間に抜け駆けしたんだな。あいつ、ゆるせん!」
 西条は見かけより動揺していた。
 テントの入り口ににじり寄って、ジッパーに手を掛ける。
「横島君、どこにいるんだ!! 君に正義の制裁を加えてやる!!」

「落ち着きなさいって」
 美神はスコップを担いで、倒れた西条に言った。
 西条の後頭部に、巨大な瘤ができている。
「あれ? 気絶しちゃったの? やっぱうちの宿六とは違うわね」
「いい加減にしてくれ! 死んだらどうするんだ!!」
「あら、起きてた?」
 美神がニッコリして言った。

「もう。これくらいで動揺しないでよね。40近いんだからさ」
「それはこっちの僕のことだろう。僕はまだ20代だ」
 美神が肩をすくめて、西条の主張に答えた。
「人生色々あるんだから、そんなこと気に病んでもしょうがないわ」
「ここに座りなさい。良い機会だから、人生について色々教えてあげる」
「だいたい、西条さんは見かけは立派なのに、中身はうちのダンナと大して変わらない……」

30.油揚げ
 シロは餓えていた。
 しばらく何も食べていない。
 だから、目の前の皿に置かれた、油揚げの誘惑に心が動く。
「くっ、なんでタマモの好物なんかが、こんなところにあるでゴザルか?」
 森の中にポツンと置かれた小さな社に、石造りの狐の像が二つ。
 お稲荷さんだ。
 あまりにもあからさまな罠。そう思えた。
 お供え物の油揚げを、シロは恨めしそうな顔で見つめた。

 匂いを嗅いでみると、香ばしい匂いがする。
 普段のシロには、油臭いだけの代物だが、今の彼女にとっては、たまらなく食欲をそそる匂いだった。
「毒じゃ、なさそうで、ゴザルが」
 摘み上げた油揚げを、疑わしそうに見つめる。
 そおっと舐めてみる。嫌な味はしない。
 心を決めたシロは思いきって、油揚げにかぶりついた。

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