ザ・グレート・展開予測ショー

死霊使いの鎮魂歌(後編)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/11/19)



 除霊自体は、至極簡単なものだった。
 ビルの一室で暴れている悪霊を退治するだけ。いうなれば、横島と幽霊時代のおキヌが組んで行った初仕事と同じ代物だった。
 悪霊は、やや壮年期に差し掛かった中年男性のなれのはてだった。悪霊としてのレベルは低く、通常の方法で除霊可能とのことだった。

「ったく、何だってママもこんな仕事押し付けたのかしら。さっさと始末して一杯やりたいわ」

 就業間近のサラリーマンのようなことをぼやき、美神が神通棍を構えて半壊したビルの陰から踊り出た。後衛にはおキヌと横島。シロとタマモは今回は留守番である。

「少しばかり悪さが過ぎたようね。このGS美神令子が、極楽に行かせてあげるわ!!」

 決め台詞と共に美神が突進し、悪霊の目掛けて神通棍を振り下ろす。それは、断罪人の斧のように悪霊の脳天に深々とめり込んだ。強力な霊波攻撃を受けた霊体は粉々に砕け散り、灰塵に化すのが定款である。

「なっ・・・!?」

 だが、美神は信じられない光景に言葉を失った。悪霊が、消滅しないのである。自分は、確かに悪霊の霊基構造を破壊した筈だ。なのに、何故原型を保っていられるのか。
 まるで、目に見えない何かがそれを拒否しているかのように。生への執着?違う、そんな生臭い理由とは思えない。

「オ・・・」

 悪霊が、うめきのような声を上げる。いや、実際うめいているのかもしれない。美神は本能的に危機を感知し、思わずその場から飛び退いた。

ドカアッ!!

「「美神さん!!」」

 悪霊の拳が腹に決まり、美神は横島達のいる後方に吹き飛ばされた。とはいえ、咄嗟に退いたのでダメージはさほどのものではない。だが、神通棍は悪霊にめり込んだままだった。

「くそっ・・・!横島クン、霊体ボウガンを!」

 自尊心を甚く傷つけられた美神が、激昂した口調で横島に叫ぶ。尻を叩かれた馬車馬のように、横島が慌ててリュックの中を掻き回す。
 だが、そんな喧騒の中ゆっくりと立ち上がる人影があった。

「!? ちょっと、おキヌちゃん!」

 身体を持ち上げたのはおキヌだった。自然体に、無防備に悪霊に近づいていこうとするおキヌに、美神が驚いた声を上げた。
 おキヌは、美神の方を向いて柔らかく笑った。柔和な笑みの裏側に、確たる自信があるかのように。 「大丈夫です」おキヌは、そう言っているようだった。美神は、それ以上何も言えなかった。
 おキヌはそのまま歩いていき、悪霊と真正面から向き合った。後方では美神が霊体ボウガンを構え、横島が文殊を握り締めている。既に、悪霊の射程距離である。何が起こってもおかしくはなかった。

「オ・・・マエモ・・・カ・・・?」

 悪霊が、何事か呟いた。だが、おキヌは静かに首を振り、悪霊に微笑んだ。

「違います。私は、貴方を疑ってません」

 悪霊の気配が、揺らいだ様に見えた。それまでは憎悪と悪意に彩られていた霊体が、今は色褪せた写真のように薄れて見える。そして、それに変わる意識が表層に表れ始めていた。それは絶望とも慟哭ともつかない、悲しい意識だった。

「貴方は、以前一流企業に勤めていた。妻子もいたし、順風満帆な人生だった筈です。でも−−−全ては、ある事件をきっかけに失われた」

 悪霊には、既に攻撃の意思はないようだった。ただ、おキヌの語る話に耳を傾けていた。

「逮捕されたんですよね?通勤中、痴漢の容疑で。違う、って何度叫んでも、周りはそれを聞いてもくれなかった。結局有罪の判決が下り、会社は解雇されて妻子にも離婚された。結果・・・貴方は、自殺した」

 おキヌが言葉を切り、真っ直ぐに悪霊を見据える。悪霊は、泣いているようだった。無論、実際に泣いているわけではない。だが、彼の滲み出す全ての気配が、悲哀ともとれる感情を体現していた。

「悲しかったんですよね。そして・・・寂しかった。みんな、自分から離れていくことが。自分が、信じて貰えないことが」
「ウ・・・ウウ・・・・・」

 何かが、崩れている。おキヌの声に促され、悪霊の持つ負の感情の全てが洗い流されているように思えた。。
 おキヌは、泣いていた。同情や憐憫といった、一段上から見下ろすような感情ではない。悪霊の−−−彼の魂の叫びを一身に受け、おキヌは彼の背負った痛みも苦しみも、全てを理解し分かち合っていた。

「大丈夫です。もう、苦しまなくていいんですよ」
「ウウ・・・・オオオオオ・・・・・・」

 霊体が、次第に歪み形を失っていく。それは、悪霊がこの世に未練をなくし始めている証だった。
 おキヌは実体の薄らいだ悪霊に、菩薩のように微笑みかけた。

「私は−−−貴方を、信じてます」

 その瞬間、悪霊は成仏した。幻であったかのように、跡形なく。

 足元に転がった神通棍だけが、彼が存在したことを物語っていた。



 事務所に戻ると、美智恵が穏やかな顔で美神達を出迎えた。だが、夕飯の支度があるおキヌは簡単に挨拶を済ませると部屋を出てしまい、部屋には美神と横島、それに美智恵の三人が残った。

「で、首尾はどうだった?」

 にんまりとしながら美智恵が尋ねる。美神は何か言い返そうかとも思ったが、疲れていたので止めておいた。
 
「ママ・・・随分、こすっからい手を使ってくれるわね」
「あら?充分優しくしたつもりだけど」

 悪びれもなく言い放つと、美智恵は横島に事の経緯を聞き出した。全て美智恵のシナリオ通りだったらしく、おキヌが功労者だったことも計算済みのようだった。

「これでわかったでしょ?令子。悪霊とはいえ、元は私達と同じ人間なの。勿論、中には消すしかないような悪質な類もいるわ。けど、武力行使は必ずしも必要とは限らないの。信じている、の一言が欲しかっただけの、今回のケースみたいにね」

 美神は、今回の除霊を反芻し溜息をついた。おキヌはあの時、完全に霊を信じて身を預けていた。その優しさ、純粋さが結局悪霊の心を溶かしてしまったのだろう。神通棍でも破壊できなかった、霊波より強い「感情」というものを。
 自分には到底マネできない、と思う。だが、今回の件で分かったことが一つだけある。

「ママ・・・私、分かったことがあるの」

 いつになく殊勝な美神の態度に、美智恵は内心で胸を撫で下ろした。ここまでねじれた性格を矯正するのは一苦労だが、一歩づつやっていけばそれでいい。美智恵は優しい眼差しを向けて相槌を打った。

「分かってくれた?令子」
「ええ・・・」

 美神はグッと握り拳をつくると、高らかな声で言った。

「おキヌちゃんを使えば、除霊にかかる費用はゼロ!!つまり、丸儲けよ丸儲け!!ああ、笑いが止まらないわ!!」

 美智恵と横島が、盛大な音を立てて転倒した。

「アンタは、一体何を学んできたんスかー!!」

 横島の突っ込みが入るも、美神は高笑いをしたまま取り合おうとしない。きっと、これからのことを考えて夢想しているのだろう。両目が$の形になっているのが傍目にも見て取れた。

(はあ・・・おキヌちゃんの爪のアカでも、煎じて飲ませようかしら)

 頭痛が止まらない頭を押さえつつ、美智恵は心底そう思った。




「・・・っくしゅん! おかしいな、カゼひいたかな?」

 軽く鼻を拭いて、おキヌは不思議そうに首を傾げた。


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