ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(9)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/11/13)


 紺碧を基調とした空にいつしか朱色が混じり始め、インクが滲むようにそれが広がっていく。昼と夜の一瞬の隙間−−−嘗て、誰かがそう言っていた−−−を瞼に収めることもなく、美神とタマモは硬い表情で横島達の元に向かっていた。

「タマモ、方角はこっちで合ってるのね!?」
「ええ、私の嗅覚に間違いはないわ」

 カオス・フライヤー2号に跨った美神が、両手を翼に変えたタマモに確認をとる。当然だと言わんばかりに頷くタマモを見て、美神はハンドルを握る手に我知らず力を込めた。
 高速にスクロールしていく下界の風景が、まるで別世界のそれのように非現実的な情緒を醸している。だが、タマモのような者にとってはそれも現実世界の片鱗に過ぎない。天高く飛翔し、風を全身に受けられるかどうか。ただそれだけの違いだ。
 香南は、どうなのだろうか。彼女が感じ、噛み締め、愛した現実。それは一条とともにあり、同時に一条の死を以て幕を閉じたのだろう。だからこそ、彼女は自ら死を選んだ。
 だが、それは弱さの裏返しでもある。香南に自覚はないだろうが、要するに彼女は不安だったのだ。一条を失った自分は何を見て、何を聞き、誰を愛せばいいのだろう。どれだけ悶え苦悩しても、彼女の心は袋小路に陥った鼠のように四面楚歌の状態だったに違いない。

(それだけ一条を愛してたってことよね・・・でも)

 そこまで考えて、タマモは苦い顔をした。
 相手を信頼する事は愛情の一つの形ではある。だが、それに依存してしまえば一条という殻に包まった脆弱な存在に過ぎないのだ。松島は、確かに一条を屠殺した。それは事実だ。だが、一条という殻を脱却するかそのままずるずると流されていくかは、自分で選択できた筈だ。

(要するに、自分の弱さを埋め合わせたいだけじゃないの。一条への想いを錦の御旗にしてね)

 タマモが忌々しげに舌打ちする。絶対に、横島は殺させない。タマモは改めてそう思った。

「急ぐわよタマモ。私は、無益な争いはしない主義なの」

 美神が前を行くタマモに声を掛けた。恐らく、美神も同じ思いなのだろう。いつもより霊力が充実しているのが、背中越しにもひりひりと感じられた。
 空は、いつの間にか黄昏時を迎えている。紅い夕日が、二人の横顔を淡く照らしていた。
 陽が沈み、月が闇を照らし、そしてまた陽が登る。千差万別の現実感に於いて、それだけが悠久に変わらない現実だった。



 

ギャギイイイイィッッッ!!!

 香南の放った鳴鈴が、文殊の障壁により力を失って霧散する。だが、横島が息継ぎをする間もなく香南が手刀を構えて突進して来た。素手の延長といえ、マンゴーシュのようなスピードと切れ味である。カマイタチにあったかのように無数の切り傷を負った横島の全身が、明確にそれを体現していた。
 
「くっ・・・そ!!」

 紙一重でそれをかわすと、手刀が突き刺さった電柱に深い亀裂が走った。攻撃後の隙は殆ど見当たらない。一見脆く見える脇腹でも狙おうものなら、カウンターでこちらの脇腹に蹴りが入るであろう。
 不敵な笑みを浮かべた香南が、閃光のように二撃三撃と連携を繰り出す。避けきれずかすめた横島の頬から、一拍遅れて鮮血が滴った。

「横島さん!!」

 「護」の文殊の内側にいる、おキヌの悲痛な声が辺りに響いた。

 背後からの急襲を受けたのは、数刻前のことだった。香南は気配を消し、屋根の上から鳴鈴を撃ち放った。ライフルのようにぴたりと照準の合った鳴鈴は、寸分の狂いなく横島の頭を撃ち抜いた・・・筈だった。
 風を切って鳴鈴が向かってきた瞬間、横島の目に美人の女性が映ったのだ。例によってゴキブリの如き瞬発力で飛び掛かると、ゼロコンマ一秒遅れて鳴鈴が横島のいた地点を破砕させたというわけである。
 不意打ちに失敗した香南は遠距離戦では不利と判断し、接近戦で挑むことにしたのだ。横島は単に本能のままに行動しただけなのだが・・・僥倖というか怪我の功名というか、つくづく悪運強い男である。

「どうしたの?松島。随分、キレが悪いじゃない」

 頬の出血を拭う横島を嘲るように、香南が大仰に肩をすくめてみせる。端々に余裕を滲ませた態度に映る通り、状況は香南が目に見えてイニシアチブを保っていた。
 横島が霊波刀を構え、おキヌはネクロマンサーの笛を唇に当てる。前衛・後衛がはっきりしているコンビなので、大抵の妖怪や悪霊とも互角に戦えるのだが、生憎香南は並大抵のそれではなかった。
 だが、それ以上に香南がシロの身体を使って攻撃してくることが、二人の心に戸惑いや躊躇いを生じさせていた。斬りたくない。傷つけたくない。何より、戦いたくない。
 熟練のGSならばどこかで割り切った戦いもできただろうが、それを実践するには横島もおキヌも経験不足であり、やはり双方共に優しすぎたのである。

「こないなら、こっちからいくわよ」

 香南が鳴鈴を出現させ、横島の心臓に狙いを定める。牽制と足止めを主軸としているので、一発毎の威力は低めである。だが、急所に喰らえば致命傷であることには変わりない。

(くそ・・・どうすりゃ、いいんだよ!!)

 香南を倒さなければ、シロは戻ってこない。だが、自分が刃を交えている相手はシロ本人である。戦闘不能にすればいいなどという甘い考えは、とうの昔に吹き飛んでいた。
 つまり、シロを助けるにはシロの肉体を粉砕する他はない、という矛盾した答えに帰納するのである。横島は、表情を歪ませたまま霊波刀を縦に構えた。
 生命の輝きのような力強さを湛える霊波刀が、今は陽炎のように弱弱しい光を放っていた。

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