BATHROOMU――悲劇再び――
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(02/11/12)
……で、どうしてこのような事になったのか。
横島忠夫は、現状から考えうる限りの情報を以ってその分析に努めた。
事態は切迫している。――まず、何よりも先に問題なのはこの冷たさだ。今は冬……恐らく身体中で最も熱さ冷たさに敏感な部位のひとつである『そこ』から直に伝わってくる冷気は、既に横島の全身を冷たく痺れさせていた。
「……むぅ」
……トイレ。
そう、ここは美神除霊事務所のトイレ。トイレと言うにはあまりにも広い、あのトイレである。
そう、その場において当然為すべき事を為す為に、腰を下ろした瞬間――
悲劇が起きた。
「……むぅぅ」
周りを見やる。
見れば、それなりに調度に凝った広い個室の中は、惨状を呈していた。――ところどころが水浸し。全てが一度、水流により念入りに洗い流されたような有様――いや、そこまでではないのだが。
(これ、俺が弁償すんのかな)
愚にもつかない――しかし現実に最もありそうではある――考えが頭をよぎるが、今は(取り敢えず)それを考えている場合ではない。ここから『脱出』しなければならないのだ。
「さて……」
話は、約二十分前に遡る――
★ ★ ★ ★
「じゃ、今日はこれであがっていいわよ。横島クン」
「うい〜っす。お疲れ様ッス、美神さん」
「センセっ、あぱーとまで拙者とサンポするでござる!」
「……その後アンタひとりで帰ってくるの?」
「う……タマモ、横から口を挟むんじゃないでござる……」
既に時刻は夜十時過ぎ。今日は昼間の仕事が二件合ったので、少し遅くなってしまった。夜勤よりはましだが、昨日の寝不足がこたえている。
「横島さん、大丈夫ですか? なんか、疲れてるように見えますけど――」
「んー? あー、へーきへーき。昨日ちょっと遅くまで仮題のレポートやっててさ。卒業掛かってるから真面目に書かなきゃいけなかったモンで……」
実はこれは半分嘘である。昨日は、いつものビデオ屋に新作が入っていたのだ。
それも三本。
「なんでもいいから早く帰りなさいよ…… 別に歩けないわけじゃないんでしょ?」
と、これは横から美神。言い方は無愛想だが、自分の事を気遣ってくれていると思うと、少し嬉しい気もする。
「はぁ…… と、その前にトイレ借りてっていいッスか?」
かつて一度だけ、許可なくトイレを使用してしまったことがある。
その後の事は語りたくもない。ちなみにその後横島は五日間生死の境を彷徨い、一旦は心停止すらしたらしい。それで生き返ってこれたというのは、我ながら凄いと思う。
「いいわよ。汚さないようにね」
軽い答えを受けて、横島は事務所のトイレへと向かった。
途中いまだに口論を続けているシロとタマモを横目に見ながら、可能な限り急いで――但し走ることはせずに――トイレを目指す。
「――いたいお前は――!」
「――んかに言われたくないわよッ――!」
聞こえるのは言葉の断片ではあるが、何故か大体話している内容は判ってしまう。
横島はトイレのドアを開け、まず何よりも先にトイレットペーパーを確認した。
(――ある!)
ペーパーフックには、取り替えたばかりと思しき、図太いトイレットペーパーが引っかかっていた。以前の失敗は繰り返さない。
「――よし」
もう限界に近かった。
横島は勢いよく便座に腰を下ろし――
次に感じたのはえにも言われぬ、何というか、不思議な感触だった。
当然そこで優しく横島の臀部を受け止めるべき便座の感触はなく、代わりに感じたのは、冷たく、硬い衝撃。――そして、人体で最も感覚が鋭い部分のひとつ――即ちシリに感じる、ヌメヌメとした感触。
そこで、恐らく混乱したのだろうと思う。
横島はそこで最もやってはいけない行動をとってしまった。
混乱し、便座に臀部が吸い込まれてゆくような感触。――脚が浮く。
……さて、
様式トイレの便座というものには、おおむね二階層に分かれた蓋がついている。
便器そのものを隠す第一蓋。……そして、用を足す際にその上に座る為に使用する第二蓋である。
その日、横島は仕事にでる前も事務所で用を足していったので、第二蓋はあがったままになっていた。――これは油断である。美神除霊事務所には横島の他に男性がいない。概ね、普段は第二蓋は下ろしたままになっているのだ。
もう、お分かりだろう。
横島は、早い話が便器にハマってしまったのである。
★ ★ ★ ★
「ううむ……」
便器の中に腰まで突っ込んでいる姿勢で腕組みをして、どうしたものかと考える。
状況は――自分でも笑ってしまいそうな状況は、それでも深刻だった。
最初の十分間は、腕の力を使って臀部を便器から引き抜こうとしてみた。――が、これは徒労に終わった。既に完全に便器内側面に吸着してしまったシリは、吸盤の原理で、そう簡単には引き抜けそうにない。
せめて脚が使えればとも思うのだが、横島の脚は今宙に浮いている。あまりに深くハマりすぎて、完全に脚が天井を指しているのだ。これでは、地面にふんばって引き抜くことも適わない。
(……まずい)
――さらにこの数分間、横島は別の苦しみにも耐えねばならなかった。
――便意。
そもそもここに至った動機である。事故当初は驚きからか、しばらく引っ込んでいたのだが、シリを冷やされているためか再び強力に自己主張を開始したのだ。
(……まずい!)
脂汗が流れる。塩辛い味が唇に達し、咽喉に微かな痛みを走らせる。
――恥を忍んで助けを呼ぶか?
ここで大声をあげて助けを呼べば、美神やおキヌは無理としても、シロあたりならばドアを蹴破ってでも駆けつけてくるだろう。そうすれば、取り敢えずこの状況からは逃れられる。
――が。
「……出来ねぇ――」
思い浮かぶ。そのような事を実行してしまった後の世界――
『横島さん、フケツ――!』
『誤解やおキヌちゃーん! 仕方なかったんやぁーっ!!』
『ハッハッハ。横島クン! やっぱりキミには、汚れ役が似合っているなぁ。まぁ、令子ちゃんの事は心配しないで、万事僕に任せておきたまえ!』
『テメェ西条ぉ、ドサクサ紛れにこんなところに――』
『横島クン♪』
『あ、美神さん――』
『クビ♪』
『いやあああああああああああああああああああああああッ!?』
「駄目だ……そんなことは、絶対駄目だッ!」
グルグルと鳴る腹を持て余しつつも、横島は思わず絶叫した。最早、何があろうと助けは呼ぶわけには行かない。そう、なってしまった。
「かくなる上は――」
最早、これ以外に方法はない。
横島は、文珠に念を込めた――
『爆』――!
――翌日、読買新聞の記事からの抜粋。
《除霊事務所で爆発事故
昨日未明、東京都内の除霊事務所で、爆発事故が起こった。この爆発で建物は半壊、幸い死者は出なかったが、GS助手の横島忠夫さん(17)が、全身火傷で、意識不明の重態。この建物の持ち主で、GSである美神令子さん(20)は、高額の報酬を要求するスイーパーとして知られており、警察では、怨恨の線からの事件である可能性も高いとして、近く被害者から事情を聞く見込みである――》
今までの
コメント:
- 昨夜の私自身の体験談が元になっております。いやホンに地獄の苦しみでした。
ちなみに、単発なのに何故Uなのかとゆーと、同タイトルで過去に似たような事を書いたからだったりします。 (ロックンロール)
- ああ、ホントに笑えました!パニックのあまり「抜」の文字が浮かばなかった横島に一票!
紙といえば、どこかの大馬鹿野朗が屈辱覚悟で外の人に「紙を扉の隙間から投げてくれえ!」か、人がいなくなってから隣から紙を持ってくるの究極の選択で、見事前者を選んだ過去があります・・・・ (ベルゲパンター)
- ああ・・・また悲劇が・・・(笑)
まぁ、それはともかくとして、美神が爆発の原因が横島にあったと知ったら・・・・・・
ああ・・・(あふれ出る涙)・・・横島の行動すべてが無駄に・・・
いやもう悲劇としか(−−; (NGK)
- 遂に「あの」伝説の作品のUが出ましたね♪ 横島クンのしょうもない様子が如実に伝わってきました。ロックンロールさんの文章力でこのネタをかまされるとなおのこと面白みが増す気がします(笑)。やはり男としてプライドを優先することを珍しく(?)選択した横島クンの機転(更に?)が「らしい」気が致しました。投稿お疲れ様です♪ (kitchensink)
- すごい面白かったです。笑ってしまいました!!さすがは、ロックンロールさんです。
横島クンの危機迫る様子が、こういう悲劇に出会ったことの無い人にでも、
よく伝わったと思います(笑)
前回はたしか・・・、美神さんの悲劇ですよね・・・?
悲劇とも喜劇とも思える面白い作品でした♪ (マリクラ)
- 実話ですか!?トイレはまことに一歩間違えれば地獄ですね(笑)
すごい面白かったです。横島君、君はいい漢だよ!(爆) (アフロマシーン改)
- ・逃避(とうひ)=困難な事態に直面した際それから逃れる為に、敢えてそれとは全く関係のない事を開始する事。
……どもです。皆様、コメント感謝でございます。こーゆー純粋ギャグを書いたのは久しぶりだったりしますが、スクロールの間(ま)の取り方とか、やっぱり難しいですね。しかし巧い方は本当に巧いですもの。あの絶妙な間を体得したい……
んでわ、コメント返しまいりましょーか。
ベルゲパンターさん江
……お気持ち、お察しします(泣)。ちなみに私は芯(トイレットペーパーの)を利用する事を選びました。
『抜』の文字は、横島のみならず私の頭にも浮かばなかったのですが…… (ロックンロール)
- NGKさん江
この後の悲劇書く気、ありませんか?(挨拶)
まぁ、爆心地は警察の現場検証で判りますでしょーし、爆心地さえ判っちまえば、その場所にその時点でいた彼に疑惑が向く事は必然であるわけで……(汗)
キッチンさん江
……まぁ、話の短さとしょーもなさの面だけでは或いは伝説かも…… いやしかしあの状況に立たされると、本気で鈴女ちゃんの髪の毛一筋ほどのプライドがどとーのよーに湧き出してくるのですよ(経験談)。
マリクラさん江
えーと、私、美神さんの悲劇書いたことありましたっけ。なにぶん、もう一年くらい前のことなので…… この話に直接は繋がりませんが、『BATHROOMT』は過去ログ35にありました。 (ロックンロール)
- アフロマシーン改さん江
実話っすよ!(大威張りで) 私は最終的に、近くにあった棚に足をかけ、背後の背もたれ(――なのか? あれは)に腕をかけて全身の力を振り絞って抜け出す事が出来ました。いや、あの棚がなかったら間違いなく抜け出ることはできなかっただろうなぁ。 (ロックンロール)
- 誰か、人工幽霊一号を見てやってください。
全身打撲症のはずです。
いねーか。 (トンプソン)
- 人間、パニックに陥ると何をするか分からないと云う見本ですね。
或いは、美神の教え(調教?)によって、“ヤバげな事態に当たっては解決よりもまず証拠隠滅”と云う考えが、骨の髄まで沁みついているのでしょうか?
それにしても横島、漢やのぅ。 (黒犬)
- お二方、激しく発見が遅れ申し訳ありません。てなわけでコメント返し第二だーん。
トンプソンさん江
爆破されて打撲傷で済むのでしょーか……? あの人(人?)って一応、建物に取り憑いている『幽霊』なんですよね?
黒犬さん江
パニックに陥ると、人間は訳のわからない事をします。それが、証拠隠滅=事態解決という『理想的な答え』を無意識に模索してしまっても仕方がないのではないのでしょーか。いや、あくまで彼にとってですが(笑)。 (ロックンロール)
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