ザ・グレート・展開予測ショー

静かな夜、或いは


投稿者名:veld
投稿日時:(02/11/11)


 静かな夜だった。―――何と言うこともない、ただ、俺の側に誰もいなかった、それだけのこと。別に、その夜が特別に静かだったと言うことではないのだろう。それでも、俺には、まるでこの世から音が消えてしまったかのように思えた。
 テレビの向こうにある世界から響いてくる「ノイズ」が、俺のすぐ傍をすり抜けてゆく。それ以外は何もない、簡素な部屋。こんなにも広い部屋ではなかったはずなのに。
 窓の外から光が差し込み、そして、過ぎ去ってゆく。車かバイクか、どちらかが家の前を通り過ぎていったんだろう。どうでもいいことだった。が、妙に胸騒ぎがした。
 ―――帰ってきたのか?
 階段を慌しく駆け上がってくる。カンカンと今の時間帯にはいささか無遠慮とも思える音を響かせて、きっと、彼女が駆けてくる。
 望んでいた、いや、求めていた。彼女がこの部屋に来ること。こんな静かな時間に、もう、耐えられそうになかった。―――苦しい。会いたい。あなたに。
 俺の部屋の前で、音が止まる。荒い息遣いと、それを正そうとする様子が防音効果などもっていそうにもない、薄い木の扉の向こうから聞こえてくる。その様子が、俺にはまるで見えているかのように感じられる。
 ゆっくりと―――彼女の手が、俺の部屋のドアを軽く叩こうとする、その瞬間、俺の部屋の中に「音」が戻ってゆく。
 空気を振るわせるだけだった音から、俺の鼓膜を震わせ、感じさせてくれる、音へと変わってゆく。
 彼女は泣きそうな顔をしていた。普段は真っ白な肌をうっすらと赤く染めて。うっすらと汗をかいた体からは白い湯気がたっているように見える。色っぽいなー、と思ってしまった自分をたしなめつつも、しかし、その考えを否定する気にはなれない。
 ただ、こんな顔は見ていたくはなかった。こんな顔よりも、ずっと彼女には似合っている顔があるはずなのだから。

 「横島さん、どうして、事務所をやめようとなんてしたんです?」
 
 彼女は俺の目をじっと見、尋ねた。気のせいか、その目は潤んでいるような気がした。その目から、視線をそらせば、嘘をついてしまっていることになる気がしたので、俺はその視線から目をそらすようなことはしなかった。別に、隠すようなことではないし、理由を聞けば彼女も分かってくれると思ったから、話した。
 
 「実は・・・スカウトされたんだ、ヘッドハンティング・・・っって言うのかも知れないんだけど」

 「飼育係に」

 「いや、俺も」

 「三食賄い付き、主なおかずは肉、ってゆうより、全部肉。時給は二百五十五円以下・・・って聞いた時には、正直ためらったよ・・・事務所にいるときよりも酷い状況になるのは目に見えてたからね・・・、でも」

 「そこには、きっとここに居たんじゃ、ずっと進むことは出来ない・・・、それどころかこのままの位置関係で終わってしまう・・・うん、そう、頼りがいのある兄といもう・・・げふげふ!いや、何でもないから!」

 彼女の顔が訝しむようなものに変わる。が、生来、鈍い・・・いや、思慮深く、あまり深く物事を考えない・・・いや、そうじゃなくて。
 とにかく、彼女は分からないようだった。
 「それで・・・本当に、やめてしまうつもりなんですか!?」
 俺は頷いた。それは、間違いない。
 「・・・どうして、あんなにうまくいってたのに・・・」
 いや、だから・・・。

 俺はそれから一言も話すことは出来なかった。

 「ごめん・・・おキヌちゃん・・・。」


事務所を辞めることを美神さんに連絡した後、俺は待ち合わせていた場所に向かった。



 「先生・・・本当にいいんでござるか?」

 何を今更・・・、まあ、辞めた後だから・・・言ってるんだろうけどな。

 「ああ、ちゃんと責任は取る!人狼の村に婿入りすればいいんだろ?」
 
 まあ、正直・・・まだ、決心はつかないんだけどな。

 「せんせい・・・?」
 
 だあぁ、その目で見るんじゃない・・・シロ。

 まあ、こんなもんかもしれないよな・・・。正直、マリッジブルーになったりもしたんだけど・・・な。

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