ザ・グレート・展開予測ショー

#当選者3人SS! 〜代走〜


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/11/ 3)

「「ええっ!? 横島(先生)が入院っ!!??」」
「ああ。全身打撲と数箇所のひび割れ骨折で、全治一ヶ月だそうだ。今は現地の病院で治療を受けてる」
 朝日の当たる美神所例事務所の玄関に、ほぼ完全(呼称以外)にハモったシロとタマモの驚きの声が響き渡る。
 そしてその二人のうち、シロにとっては重大すぎる事実をコトも無げに伝えてみせたのは、いつも横島にゴタゴタしか持ってこない自称『ライバル』こと、雪之丞である。
 今回も『厄介な魔物を倒すのに文珠が必要だから』と、美神に黙って横島を出張に連れ出したところだった。


「あいつに助っ人に来てもらったのはいいが、相手が思った以上に手強くてな。俺もずいぶん苦戦させられた」
 そう言って、雪之丞は腕まくりをしてみせる。
 なるほど確かに突き出された腕は赤黒く腫れた痣だらけであるが、その重篤さは入院するほどの重症を負った横島とは比べるべくもない。

「どうしてそん……「先生えぇ〜〜〜〜〜〜!!!」……ちょっと待ちなさいよ!!」
……ガシッ……ズササアァァァ―――……
 その辺りの事実関係を問い詰めようとしたタマモだったが、シロが見境なく走り出そうとするのを目に留めて、最小限の動きでそれを止める。………つまり、足を掛ける。

「こんの女狐! 何をするのでござるか!!??」
 地面に顔面をしこたまメリ込ませたシロがタマモに食って掛かる。

「あんた、横島の入院先知らないでしょ? しかも出張先の病院って言うからには、ここからカナリ遠いわよ」
「ぅ………でも……拙者は……拙者は……!!」
 いつもながらに冷静で、表情一つ変えずに的確な指摘をするタマモに対し、シロは今にも泣きそうなくらい切羽詰った顔で地団駄を踏む。


「別に命に別状があるってわけでもないんでしょ?」
「ああ。さっきも言ったが、一ヶ月病院のベッドで安静にしていれば元通りだ。俺が帰りがけに覗いた時も、ナリはミイラ男みたいだったが、看護婦にちょっかい出して冷たくあしらわれたりしてたぞ」
「「………………」」
 どうやら横島はいつも通りに“元気”らしい。
 その報告を聞いた二人の心模様が同じであったかは分からないが、どちらもただお互い顔を見合わせるだけで、それを声に出して語る事はなかった。


 雪之丞はそんな二人の様子を、得心気にひととおり眺めた後。
「じゃ、また細かい話はしに来るが、美神のダンナにもよろしく伝えておいてくれ」
 思いついたように言い捨てて、その場を辞そうとした。

 しかし、
「ちょっと待……「待ちなさいよ!」……でござる。…???」
 当然の如く二人に呼び止められる。少し意外なことは、タマモの異議申し立ての方が強かったことだが。
「元はと言えば、横島を助っ人に連れて行ったあなたが撒いた種でしょ? あなたが責任とりなさいよ!」
 つまりタマモが言いたいのは、こういうことだ。『この結果を招いた雪之丞こそが美神に、面と向かって丁稚がしばらく使えなくなった旨を報告し、その怒りを一身に受けるべきである(とばっちりはゴメンだ)』という。

 しかし、彼女の相棒はその意図をいささか取り違えた。
「女狐もたまに良い事を言うでござるな。先生がいなかったら、拙者は生き甲斐のサンポを、誰と行けばいいのでござるか!? 責任を――」
 純粋に『先生を返せ!』と、子供のワガママのような事を訴えてみせる。

 そして、こちらも無類の単純さを誇る雪之丞が、その的外れな訴えを額面どおりに受け取る。
「なんだ、そんな事か。サンポくらいならあいつの代わりに付き合ってやらんでもないぞ」

「「!!!!」」
 この展開はシロもタマモも予想していなかったことだった。

 しかし、シロは一瞬考えた後、不敵な笑みを浮かべて雪之丞に聞き返した。
「その言葉、二言はないでござるな?」
「あたりめえだろ。女・子供じゃあるまいし、男がいちど口にした事を引っ込めたりはしねぇよ」
 雪之丞は間髪いれずに答える。


 タマモだけが事態の急転に追いつけずに内心で焦っていた。
 シロが横島以外のサンポ相手に納得すると言うのも予想外であったが、何よりこのままでは自分一人が事務所に残ることになってしまう。一人で美神の八つ当たりを受けるのだけはなんとしてでも避けたい。

 しかし、どこか妙である。横島が呪いで大怪我をして自転車に乗れなくなったときでも、ルームランナー持参で横島の部屋に押しかけてまでサンポを楽しむほどのシロが……?
「!!!」
 もしかして、シロは今回も『押しかける』つもりなのかもしれない。
 案内役を引っ張って行って……。
 なんとも単純な話だが、考えてみれば、この相棒は単純なのが当たり前なのだ。

 そして、それならば、話は早い。


 タマモは事務所のガレージに飛んでいって、横島の自転車を引いてくる。
 いわゆる『ママチャリ』というものではない。フレームの前後にバネが利いたフル・サスペンション仕様。タイヤも太く、ブレーキも強い、このまま山越えもできそうなマウンテンバイクである。
 コイツの後ろに乗っけて行ってもらえば、ラクして目的地に到着。まんまと鬼の棲む事務所から脱出できるという寸法である。


 再び玄関に戻ってきたタマモを見て、シロは訝しげに眉をひそめる。
 その目は『なぜ、あのモノグサぐーたら狐が他人のために自転車を引いてくるのか?』という疑問を如実に呈していた。
 しかし、実際に疑問を口にしたのは雪之丞だった。
「オイオイ、なんでチャリを持って来るんだ? まさかソイツで行けってんじゃねぇだろうな」

「………。そうだけど。それでさ……」
「悪いが、それだけは勘弁だ。チャリで犬のサンポなんざ、男のすることじゃねぇ」
 タマモが後ろに乗せてもらいたい旨を伝える前に、雪之丞がかたくなに自転車の使用を拒否した。

「いや、でもさ……」
「犬じゃない! 狼でござる!」
 なおも自転車の二人乗りを主張しようとするタマモだが、シロのお約束反応に遮られる。

「大して違わねーだろ」
「うぬぅ。それでは犬のサンポとの違い………とくと思い知るでござるよ!!」
 言うが早いかシロは雪之丞の右手首をひっ掴み、風のようにその場を走り去って行った。



「ぁ……………」

 瞬時にして居残りが決定してしまったタマモは、横島の自転車を所在無さげに持ったまま、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。





 一方、弾丸のように飛び出したシロと雪之丞は、そのままのスピードで走り続けていた。
「……ぉい、こんなスピードで、いったいドコに行こうってんだ?」
「ちょっと先生の入院している病院まで行きたいのでござるが……近くまでの道案内、お願いするでござる♪」
 シロは、あたかも町内をぶらっと一周するかのように、事も無げに言ってみせる。

「ぁんだと!? 待て。ちょっっっっと、待て! あそこはこっからだと100キロ近くあるぞ!?」
「たしかに『付き合う』『二言は無い』と言ったでござるな?」
 シロが雪之丞の顔を振り返り、ニッコリと笑って言い放つ。

「ぅ………しかしだなぁ、こんなペースじゃ目的地まで保たねぇだろ」
「大丈夫。拙者はこのくらい慣れているでござるよ♪ それに、少しでも早く先生に会いたいし」
「……………」
 雪之丞は『俺が保たねぇんだよ』というセリフを、すんでのところで噛み殺した。
 犬のサンポなんぞで音をあげるワケにはいかないし。何より、これはライバルである横島が毎日こなしている業なのだ。ここで引き下がったら、男がすたる。

 しかし―――
「横島のヤツ、毎日こんなことしてやがったのか。道理で体力がバケモン並なわけだ」
 雪之丞の単純な頭の中に、先ほどの自転車の一件のことなど微塵も残ってはいない。
 とは言え、たとえ自転車を用いたとしても、横島の不死身の耐久力を養うには一役買っているかも知れなかったが……。

「!? 何か言ったでござるか? 風に流されてよく聞こえなかったけど……でも、しゃべる余裕があるなら、もっとスピードを上げてもヘーキでござるな♪」
「おいっ! 待て! これは、違っ! ……………ぅわあぁぁあぁあ!!!!????」





「あのバカ犬、ずいぶんハリキってるわね。あれでカタキ討ちでもしてるつもり……?」
 爆走するシロたちから遠く離れた場所。
 事務所から程近い超高層ビルの屋上に避難していたタマモが、給水タンクの上に座って遥か遠くに巻き上がる土埃を眺めながら、興味無さげにつぶやく。
 遠目に細かい様子は見えないけれど、雪之丞がだいぶ酷い目に遭っている事は間違いなかった。
 今回、横島が入院する事になった原因は明らかに雪之丞なわけで、でもその雪之丞自身は大して苦労した様子もなくて……

「……。でもないか」
 土埃は、ますますスピードを上げて遠ざかっていく。
 引き摺られている雪之丞がどういう状態になっているかはともかく、自分の相棒はこんな回りくどい復讐を企てたりは、しない。
 だいいち、自分のサンポに付き合わせることが、どれほど相手にとって負担になるかも気付いていないのである。
 頭にあるのは、ただ『早く横島に会いたい』。それだけなのだろう。

「全治一ヶ月って事は、横島なら退院まで一週間ってトコかな。それまで、どうなるんだか……」
 道さえ分かってしまえば、あとは毎日一人で通うのかもしれない。
 それとも、一人じゃ味気ないからと、毎日犠牲者(雪之丞)を引っ張って行くのだろうか。
 場合によっては、横島が入院している病室にルームランナーを持ち込むことも考え得る。

「………ま、いっか。私には関係ない事よね」
 タマモは、まるで自分に言い聞かせるかように大きめの声で呟くと、タンクの上に四肢を投げ出した。
 日の光で温まった緩やかな曲面が、背中に心地よい。
 静かに目を閉じる。



 遠くで、派手な爆音と誰かの断末魔が響き渡ったような気がしたが、

 それがタマモの意識に上る事は無かった。

 

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