夢幻の如く〜本能寺〜
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(02/10/ 4)
天正十年、水無月一日。深夜……
十兵衛の前に、兵が並んでいる。
闇夜に松明が明々と燈され、亀山城はさながら、燃え盛る光の城のように見えないこともない。出発を目前に控え、十兵衛は再び迷いに至っていた。
(果たして――信長を討ち果たすことが出来るだろうか)
最早、決行に対する迷いはない。
懊悩は、結果の事のみにある。
「……斎藤」
「ハッ」
そばに控えていた斎藤利三を呼び、今一度、十兵衛は確認の言葉を掛けた。
「兵たちには、未だ今夜の目的地を伝えてはおらんだろうな……」
「……兵たちは、我々が備中に向かうと思っておる様子です」
「……ならばいい」
再び馬上で正面に向き直る。出発は亥の刻(午後十時)。そろそろだ……
(征くか……)
十兵衛は、馬上で息を目一杯吸い込み……一気に、大音声をあげた。
「出発するぞッ!! 者ども、行軍の隊形を作り直せ!! 長槍隊、槍を持て!! 鉄砲隊、火縄を持て!!――開門だ!! 全軍、前進せよッ!!」
亀山城のある丹波と京のある山城国は、地理的に隣接している。
更に、十兵衛の此度の出兵については、他ならぬ、織田信長のお墨付きがあった。――羽柴筑前守秀吉。今は備中高松城を水攻めしている最中である、織田家の播磨方面軍軍団長の援軍として出兵するのだ。
名目上は……
亀山城を発した軍勢は、四時間後の、水無月二日丑の刻(午前二時)頃には、既に山城国へと入っていた。
既に、京は指呼の間である。
……軍勢は、京の入り口である、老ノ坂に差し掛かった。
(すぐそこに……信長がいる。――殺すのか。――殺すのか? 俺に、信長が……殺せるのか!?)
十兵衛の懊悩は、未だに止まなかった。
この日の十兵衛は、いつもの具足ではなく、絢爛豪華な騎馬鎧を身に着けていた。……家臣達にしてもまた然り……で、ある。
皆、解っているのだ。
十兵衛には、それがただそれだけで終わるものだとは思えなかった……思いたくは、なかった。
――と、不意に、庄兵衛がこちらに馬を寄せてきている事に気づいた。――この日の庄兵衛は、馬上にある。戦陣における庄兵衛の馬術は、かの上杉謙信もかくやというものがあった。
「……沓掛についたら、小休止して全軍に腹ごしらえをさせます、殿!」
その一言が何を意味するかは、十兵衛にも解った。解らぬはずもなかった。
沓掛は、京と中国道への分岐点……
「……それ以後は、もうごまかしきれまいな」
声に出し、……そして、自分でも理解した。
自分が、明智日向守光秀が…………織田信長を討とうとしている事を!
「溝尾……」
溝尾庄兵衛をみやり……
「……藤田!……斎藤!……光忠!…………秀満ッ!」
順繰りに、家臣たちの顔を見回してゆく。
心のどこかで、望んでいたのかもしれない。
誰か、俺を止めてくれる者はいないのかッ!!
家臣たちは、口を引き結び、眼だけを潤ませて、ただ頷いただけだった。
「……今ならまだやめることもできる」
再び、庄兵衛の顔を見据え、
「本当に……ついてきてくれるのか…………!?」
十兵衛はかぶりを振った。
「我々は今、天下を盗るのに完璧な時と場所にいる……!――――だがっ!!」
弥平秀満を見据え、斎藤利三を見据える。
「俺とて、自分の欲のためだけならここまではせんのだ…………!」
眼前にいるのは、溝尾庄兵衛。
――だが、十兵衛が観ているものは、織田信長の後ろ姿――
――安土城の威容――
――燃え盛る延暦寺――
――斬られた侍女――
「信長さまは……あまりに多くのものを壊しすぎた」
――徳川家康のにやけ顔――
――羽柴秀吉の、未だに少年少年した笑顔――
――そして…………毛利領から去来した――
「――無論、新しい世を創るためだが…………それに耐えられぬ者も多い」
静まり返った道に、行軍を刻む馬蹄の金具の音だけが響く。……既に沓掛は近い。京に到着するのは、この分であると早朝になるだろう。
「数日前――――俺のもとにさる筋からの使者が来た」
――毛利領から去来した――――今は毛利にいる――――
「それは――――」
「殿……!」
「――!」
言葉をさえぎったのは、庄兵衛だった。兜に隠れ、表情は読めないが、口元には微かな微笑すら湛えている。
「我々家臣は――殿の決断に従うのみです…………!!」
そして、庄兵衛が顔を上げる。
その表情は、いつもの彼の、男くさい笑みに満ちていた。
「明日からは、殿を『上様』とお呼びするのです――!」
他の四人も、満面の笑みを。
庄兵衛は、明智水色桔梗の旗印を静かに見上げつつ、
「武士として――これ以上の喜びはありません!!」
大きく頷いた。
十兵衛に向け。
周りを見やると、藤田も、斎藤も、光忠も、秀満も――誰もが、優しげな――そして、断固とした瞳で、十兵衛……いや、『明智日向守光秀』を見つめている。
主君として……
十兵衛――光秀は頷いた。
「……………………すまん!!」
(お前達の忠義……俺は決して忘れはせぬぞ……!)
まもなく、軍勢は沓掛に差し掛かる。
寅の刻――京都の入り口、桂川河畔――
「全軍、これより戦闘態勢!!」
溝尾庄兵衛が大音声をあげる。戦陣で鍛えられたその咽喉は、驚異的な音量と、驚異的な威圧感を発揮した。
「馬の沓を切り捨て、徒歩の者は草鞋と足半を履きかえろ!! 鉄砲隊は火縄に点火!!」
独特の鎧を着た軍勢は、多少いぶかしみながらも、指示どおりに行動をとる。
「これより桂川を渡河!! ――敵を包囲して撃破するッ!!」
「敵……!? 京で――!」
兵がざわめく。
庄兵衛は、それを一喝で黙らせた。
「今日から我らの殿が、天下人なのだ!!――全軍、下々草鞋取りに至るまで、悦び勇めッ!!」
『――――!?』
声にならぬ、悲鳴。
声にならぬ、混乱。
声にならぬ、動揺。
兵達を前にして、光秀は……絶叫した。
「敵は――――本能寺にあり!!」
〜続〜
今までの
コメント:
- ……いやぁ…しかし、盛り上がりますね。タイトルといい構成といい……
今回は歴史物(ジパング)ということで“以って”や“懊悩”等
普段では使わない単語まで引っ張り出してきましたね。
しかも、それが大ヒット!!(オレの中で)
しかも、次回は本能寺!?
頑張れ、オ○マのランちゃん! (魚高)
- 何やら『ミスター・ジパング』を片手に歴史小説を読んでいるような気分です(笑)。原作ではそれほど深くは描写されなかった光秀を中心とした家臣団の心情や様子と言ったものが描かれているのがいいですね。ラストあたりの今で言う「男たちの友情」らしき結束(ちが)もツボでした。次に移ります♪ (kitchensink)
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