東京ジャングル 3
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 9/21)
4.視線
横島を散々殴り倒した美神は、ようやく息をついた。
握り締めたままの、昇降機のリモコンから血が滴っている。
たぶん角が当たったのだろう。ケースにひびが入っている。
終わりまで見届けたおキヌが、ヒーリングを施してる間に、美神は周りの霊気を探って見た。
聖とも邪ともつかない、混沌とした霊気。それは自然の森と言う何よりの証だ。
しかし、この視線は何だろう。こちらを監視する、冷たい視線。
何気ないふうを装って、霊体ボウガンを用意する美神。
横島を狙って構えると、ニヤリと笑う。
「ちょ、美神さん?」後ずさりする横島。
美神は素早くターンすると、視線に向かってボウガンを発射した。
遠くの方で、ガサリと音がして、そのまま静かになった。
「手応え無しか」
再び辺りの気配を探る。とりあえず視線の主は立ち去ったようだ。
美神はボウガンを降ろして、樹の根本に寄りかかって座った。
「何か居たんスか?」
横島がボウガンの矢の飛んだ方向を覗いている。
「さっき言ったでしょ、監視されてるって」
「とりあえず今は安全よ。十分ほど休憩を取ったら、厄珍堂へ行きましょう」
「シロちゃん達、ずいぶん遅いですね」
おキヌが美神の隣に腰を下ろした。横島のリュックの中から魔法瓶を出して、お茶を注いでくれている。
熱いお茶が胃の内側から身体を暖めてくれる。
残暑の厳しい外が嘘のように、森の中は肌寒いぐらいの気温だ。
見上げると、枝葉の隙間からかすかに空が見える。
そこから差し込む光が小さなスポットライトとなって、コケに覆われた地面に水玉模様を作っている。
名も知らぬ草の先に止まったてんとう虫が、羽を広げて飛んで行った。
無意識にその飛んで行く方向を目で追った美神は、カランと言う音で我に返った。
横島が船を漕いでいる。手に持っていたカップが足下に転がり落ちたようだ。
不意に肩に重みが掛かる。
見ると、おキヌが頭を預けて可愛らしい寝息を立てている。
美神は苦笑いを浮かべた。
疲れているのは分かる。しかし、これではあまりに無防備ではないか。
美神自身も疲労を感じていた。
この森の中は酷く疲れる。まるで体力を吸い取られているみたいに。
かぶりを振ると、美神はおキヌを揺り起こした。
「時間よ。行きましょう」
蔦の絡まったフェンスを乗り越えると、向こう側に建物が見えてくる。
それは酷い有り様で、窓や天井を突き破って木の枝が飛び出している。
壁には大きなひびが入って蔦が這い、壁の色が分からないほどだ。
倒木や、瓦礫を乗り越えて家並みを辿って行くと、見慣れた厄珍堂がそこに有った。
もちろん、元のままではない。
瓦は全て滑り落ち、大きな額がもう少しで落ちそうに傾いている。
軒下から生えた、大きな樹のお陰で家全体が歪んで、入り口のガラスが割れている。
「ひでえな」横島がつぶやいた。
5.襲撃
耳鳴りがしていた。
最初は微かだった高い唸るような音が、次第に大きくなっていく。
厄珍堂が小石が投げ入れられた水面のように、波打っていた。
「美神さん、危ないッス」
横島の声で我に返った美神は、伸ばしかけた手を引っ込めて後ずさりする。
厄珍堂だけではない。地面も波打っている。
空間が歪んでる?
1分ほどその奇妙な揺れが続いた後、不意に、ビョヨヨヨ〜〜〜ン、と言う音を残して厄珍堂は目の前から消え失せた。
替わりに現れたのは、名前の分からない低木樹の茂みだ。
「い、いったん、帰った方が良いんじゃ……」
おキヌが顔を引きつらせながらささやいた。
美神がうなずく。これは予想の範囲外だ。
森の内部は、空間が不安定になっていて、いつどこへ飛ばされても、不思議じゃない状態になっている。
今からモノレールの線路まで、戻れるかどうかも怪しい。
ちょっと様子を見るつもりだったのに、大変なことになる所だった。
「横島クン、いったん戻るわよ。このままじゃ、帰り道も見失いかねないわ」
横島は呆けたように、厄珍堂が消えた茂みを見つめていた。
「美神さん、あれ」
横島が指さす先は、茂みの向こう側。褐色の毛に覆われた小山のような物体。
ブフッ、ゴフッ、咳をするかのような音が小山から漏れている。
茂みをなぎ倒して現れたのは、象ほどもある巨大なイノシシだ。
すでに両目は怒りで真っ赤に染まり、信じられないほど大きな牙を噛み鳴らして、涎を垂らしている。
「もののけひめ?」
横島がわけの分からない感想を述べた。
「横島クン、文珠でヤツの気をそらして。おキヌちゃん、文珠が発動したら走るわよ」
「こんなヤツの相手なんかしてらんないわ」
イノシシから目を逸らすことなく、横島はゆっくりと文珠を手のひらに載せた。
こういう時に相手から目をそらせば途端にやられる。
前に美神から、そう言われたことがあるのを思い出していた。
込める文字は『驚(おどろき)』
文珠をイノシシの鼻先に放る。
ポトリと地面に落ちた文珠は、次の瞬間爆発音と共に閃光を発した。
混乱したイノシシは、悲鳴のような鳴き声をあげると真直ぐ走り出した。
横島はとっさに身をかわすが、背後の美神達は後ろを向きかけていたので反応が遅れる。
「だぁ〜〜!! この役立たず!!」
美神が罵りながら必死に身をかわす。
イノシシは樹をなぎ倒し、フェンスを踏みつぶし、倒木を蹴散らして、一直線に走り去った。
その跡がトンネルのように、森の外周に向かって続いている。
「これ以上変なのが出てこないうちに、ここから出ましょう」
美神が倒れたままのおキヌに手を差し伸べた。
横島はすでにリュックを背負っている。
立ち上がろうとしたおキヌが、右の手首を押さえて顔をしかめる。
「挫いたみたいです」
美神は横島からバンダナを受け取ると、おキヌの腕に添え木を当てて固定した。
幸い骨は折れていないようだが、しばらく笛を吹くのは難しそうだ。
「大事そうに抱えてるけど、病気がうつるかもしれないわよ」
美神はニヤリと笑って言った。
「毎日変えてますよ。人聞きの悪い」
赤い顔のおキヌを前に横島が苦笑いする。
「まったく」
横島はポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。
それは、妙なことに黒のレース生地だ。
更に言うと、形が三角形だったりする。
「横島クン、変わったハンカチ使ってるのね?」
美神が押し殺した声で聞いた。
「へ?」
横島は手に持ったハンカチ(のつもりだったもの)を見つめた。
もちろんそれはハンカチなどではない。
横島は走り出した。命を守る為に。
ここまで来たら言い訳など無駄だ。
命からがら、簡易昇降機までたどり着いた横島は、足をかけた所で、重要なことに気付いた。
「リモコンはあたしが持ってるのよ。横島クン」
「い、嫌や〜! これは俺のお守りなんや〜〜!!」
後ずさりする横島に美神が立ちはだかる。
おキヌの表情も険しい。
「美神殿〜、無事でゴザルか〜!?」
上から声がかかった。
横島の襟を掴んだままの美神は、とどめとばかりに鉄拳を叩き付け、頭上を見上げた。
「シロ、タマモ、遅かったじゃない……」
言いかけた美神は、上にいるのが二人だけではないことに、またその人物が自分の良く知る人物だったことに驚いていた。
「ママ!?」
「拙者達、必死に逃げたでゴザルが……」
「令子チャン、話があるから早くあがってきなさい」
母は最上級に怒っているようだ。
シロとタマモは呪縛ロープでぐるぐる巻きになっていた。
倒れたままの横島の手から横島のお守りを奪い取ると、美神はおキヌを抱えて昇降機につかまった。
右手をけがしているおキヌを、一人で乗せるわけには行かない。
「次は荷物だからね。あんたは最後。分かったわね」
美神が言い残して上がって行った。
後に残された横島が、心細そうに見上げている。
また耳鳴りのような音がした。
ぞっとした横島が見回すと、自分の周りが波打ち始めている。
「早くして〜!? この辺が波打ってきた!!」
横島は叫んだ。
見上げると美神とおキヌが、モノレールの線路に乗り移る所だ。
ジリジリと簡易昇降機のワイヤーが下がってくる。
横島は美神の言いつけを無視して、リュックを背負ったまま昇降機につかまった。
モーターが煙をあげる。上昇スピードがあがらない。
「横島クン、荷物を捨てて!!」
美神が叫ぶ。
横島は文珠『軽』を作って即座に発動させた。
モーターは調子を取り戻し、横島を順調に運びあげて行く。
「危ない所だった……」
横島は胸をなで下ろした。
見下ろすと、下は今にも消えてしまいそうに波打っている。
「この説明は、ここから出たらじっくり聞かせてもらうわ」
母親が硬い表情で言うのを、美神は諦めたような顔で聞いていた。
「ところで令子、何を持っているの?」
持っている物をあらためてじっと見る美神。悔しいことにお気に入りのヤツだ。
「持って帰るのも気持ち悪いし、この世から消えてもらうわ」
思いきって、下に向かって放り投げた。
それを横島が空中で手を伸ばしてつかむ。条件反射だったのかもしれない。
もちろん空中なので、後は下に落ちるだけだ。
横島が地面にぶつかるのと、ビョヨヨヨ〜〜ン、と言う音がしたのは同時だった。
今までの
コメント:
- スイマセン、横島クンは全然単独行動取ってませんでしたね;当方の完全なる読解ミスでございます(ダメ)。横島クンって格好いいんだか、悪いんだか...(汗)。今の話の変態行為の数々を見てますとやっぱ格好悪いのかもしれませんね;いかにも彼のやること「らしい」気はしますけど(笑)。横島クンの好意の一つ一つに顔を赤らめがならも嬉しそうにしているおキヌちゃんの様子がツボだったりしました(爆)。今度こそ単独行動を強いられそうな横島クンですが、一体どうなるのでしょうか? 次に移ります♪ (kitchensink)
- 前回に引き続き、りおんです。
前回の補足を少し。「クレヨンしんちゃん」の劇場版の特に導入部分はとても秀逸だと思っています。日常から非日常へ・・・この流れがとても自然かつ期待させるようなものだからです。この超常現象を取り巻く雰囲気、何よりこの森のかもし出すそこはかとない不気味さが居辺さんの文章からとても伝わってきます。それこそ「マン」や「Q」あたりの脳を直接刺激するような、そんな感覚に陥ってしまいます。ではまた次回。 (りおん)
- あいやー内がなくなったアルー。
これはどーゆー事あるかぁ?
(東京在住のY氏談) (トンプソン)
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