ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル 2


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 9/21)

2.厄珍堂への道
 厄珍堂はJRの田町駅から、線路に沿って浜松町駅方向に少し歩いた所に有る。
 車を芝浦の倉庫街の中の、小さな公園の脇に停めた、美神令子除霊事務所の一向は、高速道路の高架をくぐって、芝浦工業大学を目指した。
 そこまで行けば、田町駅はもうすぐである。
 大学の北側に有る新芝運河の向こう岸はもう森だ。
 時々、町並みの隙間から、繁茂する茂みが見える。
 住民の避難はとうに始まっていて、付近の道路はごった返していた。
 人並みに逆らって美神達は進んで行く。

 地下鉄で三田駅で降りる、いつものルートは使えなかった。
 辛うじて(かろうじて)地下を移動できるのだが、地上には上がれない。
 ホームに、自衛隊と思われる1団が必ず立っていて、通行を制限している。
 理由は不明。GS免許を提示しても無駄だった。
 それで比較的手薄そうな地上から森に入ることにしたのだ。

 モノレールの高架が、目の前に近づいてきた時、美神が不意に細いわき道に入った。
 大きな道とは違って人通りはほとんどない。
 荷物を背負った中年の夫婦が通りすぎた後は、もう誰ともすれ違わなかった。
 そのまま歩いていくと、小さな橋が見える。橋の上に居るのは迷彩服の男だ。
 幸い一人だが、トランシーバで交信中のようで、今出ていくのは危険だ。
「どうします? こんな細い路地まで自衛隊が居るんじゃ、そう簡単に森には入れそうもないッスよ」
 声をひそめる横島。
 少しは自分で考えなさいよ、と思いいつつ、美神は即断する。
「仕方ないわね、シロとタマモ、ちょっと耳を貸しなさい」

 城島一等陸士は退屈さと戦っていた。
 朝からここにずっと立ち通しなのに、相棒の山口一等陸士はトイレに行ってくると言ったきり、一時間近く帰ってこない。
 山口がどこでサボってるのか分からないが、早く帰ってきて欲しい。
 そろそろ、自分の膀胱の方が心配になってきた。
 だいたい、何が起こるわけでも無く、ただ一般市民が近づかないようにするだけの、つまらない任務だ。
 わざわざ自衛隊が警備しなくても、いいではないか。
 任務交代の時間が、早く来てくれることを祈る城島一等陸士だった。

「オジチャン、近くで森が見たいの。行ってもいい?」
 小学生ぐらいの女の子が不意に現れた時、城島は心底驚いた。
 ついさっきまで、何の気配も感じなかったのに、気がついた時には目の前に女の子が、姉と思われる少女と手を繋いで立っていたのだ。
「あ、危ないから、この先には誰も行けないんだよ」
 無邪気に笑いかける女の子にどぎまぎする城島。
「危ないって何かあったでゴザルか?」
 姉らしい少女が訪ねかけるが、次の瞬間飛び上がる。
「痛〜〜〜っ!!!」

「タマモ、何するでゴザル」
「あんたは黙っててって言ったでしょ!!」
 痛む尻をさすりながら抗議する少女の、その尻には長いふさふさした毛に覆われたロープのような物が、フワフワと揺れていた。それはまるで……。
 ……しっぽ? 女の子にしっぽ?
 妹の方が誤魔化すかのように、何か話しかけているが、もはや城島の耳には何も入らなかった。

 様子をうかがっていた美神は、鉤付きロープを持った横島に合図する。
 合図と共に投げ上げられたロープが、モノレールの線路を越えて落ちてきた。
 素早く鉤を手に取った横島が更に引っ張る。
 ロープの先に結びつけられた縄ばしごが線路に昇っていく。
 縄ばしごの先が線路に届いたのを見計らって、横島は手に持ったロープと縄ばしごの下をガードレールに固定する。
 そして、見た目にも重いリュックサックを背負ったまま、器用に縄ばしごを上っていく。
 叫び声をかみ殺す美神の横で、おキヌが息を飲む。
 横島は、後で引き上げる手間を省きたかったのだろうが、あまりに危険すぎる。
 美神は後でどついてやると心に決めた。

 線路の上にあがった横島は、縄ばしごを固定すると下の美神達に合図した。
 まずは、おキヌがはしごにしがみつくようにして、ゆっくりと昇っていく。
 横目で、シロとタマモの様子をうかがうが、自衛隊員の注意は完全にそがれているようだ。
 上から延ばされた横島の腕にすがりつくようにして、おキヌが線路に這い上がる。
 抱きつかれて鼻の下を伸ばす横島。
 下から睨みつける美神と目が合うと、慌ててやましいことはしていない、と言う代わりに首を振って見せる。
 おキヌは横島の横で、胸を押さえて深呼吸している。
 頬に赤みがさしているのは、昇りきってホッとしたせいなのか、抱きついてしまったからなのか、判然としない。
 美神は横島に般若の笑みで答えると、縄ばしごを昇り始めた。

 差し伸べられた横島の腕は、緊張のせいか汗ばんでいた。
 その手を軽く払って、美神は自分で立ち上がる。
 顔を引きつらせる横島を軽く小突いて、美神は線路の先を見つめた。
 線路の先は、木々の枝葉が覆い隠していて、先が見えない。
 おキヌが不思議そうに見ているが、言わないことにしよう。
 シロとタマモは、自衛隊員を前に言い合いをしていた。

 モノレールの線路はこの先で曲がり、JRの線路に沿って浜松町駅まで続いている。
 厄珍堂は、曲がりきった辺りから、JRの線路を越えた所にある。
 縄ばしごはそのままにして行くことにした。
 シロとタマモはここまで来れば、後は匂いを辿って追いついてくる筈だ。
 横島にナタを持たせて先頭で道を切り開いてもらい、その後をおキヌがしんがりは美神の順で、森に入って行った。

3.空中の森
 森は一見普通の森に見える。
 美神達は警戒して霊気を探っているが、やっぱり普通の森にしか感じられない。
 一夜にして出現した森が不自然である以上、何らかの不自然な気を感じられる筈なのだが。

「何だか、空中に浮いてるみたいですね。幽霊だった頃を思い出しちゃいます」
 おキヌが周りを見回しながら言った。
 モノレールの線路は、地上から十メートルほどの空中を走っているが、その倍以上の高さの樹が周りに密集して生えていた。
 線路上に枝が差し掛けられて、行く手を遮っている。
 横島はその枝を切り払って道を切り開いているが、相当に太い枝も有って、思いのほか重労働で、軽口をきく余裕も無いようだ。

「ちょっと待って、横島クン」
 美神が足を停めて周りを見回している。
「何スか美神さん」
「ナンか、視線を感じない?」
 周りを見回す横島とおキヌ。周りに見えるのは枝と葉っぱばかりだ。
「こんなか入ってから、ずっと監視されてるみたいなのよね」
「妖怪ですか?」

 おキヌが素早く辺りの霊気を探り始める。
 横島はリュックを降ろし、身を軽くして備えている。
 足場の悪いここで襲われるのは危険だ。
 バランスを崩せば十メートル下に転落してしまう。
 腕を組んで目を細めた美神が、見えない物を探して、向こう側に視線を送る。
 しばらくして、美神は諦めたように肩をすくめる。
「居なくなったようね。先に進みましょ」

 再び重いリュックを背負って、横島はナタを振り上げる。
「美神さん、ここってどの辺りッスか?」
「ん? もう少しでJRの敷地内ってところかしらね。どうかしたの?」
「いや、少し休みたいんですけど。腕が疲れちゃって」
 横島の消耗が激しいことは美神にも分かっていた。
 美神自身も疲労を感じている。
 おキヌの表情もさえない。
「もう少し頑張りなさい。このカーブを曲がりきったら下に降りるから。そこで休憩しましょ」
 シロがいれば、横島と交代で道を切り開けるのだが。
 いまだに来ないシロとタマモ。
 美神の不安が大きくなっていった。

「横島クン、この辺でいいわ」
 美神が横島に声を掛けた。横島はリュックから道具を準備する。
 おキヌが下を覗いている。
 線路の下は暗くて良く見えない。地面がモコモコしているのは、一面にコケが生えているせいだろう。
 今回横島が用意するのは簡易昇降機である。
 建築用の小型クレーン(ホイスト)のフックの代わりに、足を載せてつかまれるように機具を付けた物だ。
 コンクリート製の線路にドリルで穴を開けてボルトを埋め込み、足場を設置する。
 足場は乗り降りを楽にするための物だ。
 空中に腕を差し伸べるような形になっており、その先に簡易昇降機を吊り下げる。
 相当にうるさい音が出る作業だが、ここまで来たらもう気にしない。

 横島は昇降機の設置を終えると、リュックを背負ってさっさと乗り込む。
「ちょっと待ちなさいよ」
 美神が慌てて襟首を掴んで引っ張る。
「これの重量制限は百キロなのよ。あんたがリュック背負って乗ったら越えてるんじゃないの?」
「大丈夫ッス。一番重いヤツが無くなりましたからね」
 言いながら振り向いた横島は、襟を掴んだままの美神の腕に頬をすり寄せる。
「ナッ?」
 火傷したかのように美神が腕を引っ込める。
 横島は素早く昇降機のスイッチをいれて、降りて行った。
「この野郎……」身を震わせて、つぶやく美神。
 おキヌは力なく笑うしかなかった。

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