ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル 1


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 9/21)

序.
 その朝、緑の海をカラスが飛んだ。
 それはカラス自身、初めて見る光景に違いなかった。
 一面に広がる木々の葉。雲のようにうねりながら、地平へと続いている。
 不安に駆られて身を翻したカラスは、飛び立ったビルがそこに無いのに気付いた。
 木々の梢が自分を捕まえに来る。錯覚に捕らわれたカラスは脅えて鳴いた。

 高速道路運転中、渋滞のあまりの酷さに、憤慨した西川は車を乗り捨て、歩き出した。
 渋滞は慣れているつもりだったが、今日のはあまりに酷すぎる。先頭まで行って文句の一つも言わなければ気が済まない。
 同じCDを三回聞き直したのだ。今日ほどCDチェンジャーを付けて置くべきだったと後悔したことは無い。
 他のドライバー達も、怒りと不安のないまぜになった表情で、前方をうかがっている。
 時々、「危ないぞ」と叫ぶ声が聞こえるが、西川は無視して歩き続けた。だいたい、さっきから1ミリたりとも前進していないのだ。

 排気ガスでムカムカする空気の中、ビルにそって大きく迂回した彼は、信じられない物を見た。
 高速道路の路面を突き破って木が生えている。1本や2本では無い。
 その先には森が広がっていた。まるでテレビで観た富士山の樹海のように。
 手前には呆然と立ち尽くす人々。きっと彼のように歩いて先頭を見に来たのだろう。
 西川は震える手で携帯電話を取り出し、職場先にダイアルする。
 幸いにも電波は届いているようだ。数度のコール音の後に回線が接続する。
 流れ出した留守番電話のメッセージに舌打ちすると、携帯を切って、もう一度、何者かに祈ってから樹海に目をやる。
 東京タワーがそこに有る筈だったが、代わりにそこに有るのは他を圧して大きな樹。
「世界樹……?」西川はつぶやいた。

 犬塚シロは一人で都内を走っていた。これから横島を迎えに行って、それから散歩に行くつもりだ。
 日に日に、朝の気温が下がってきて、最近はずいぶん走りやすくなってきた。これならバテ気味の横島でも、遅れずに付いて来てくれるかもしれない。
 もう少し、そこでシロの足は止まった。昨日までとは違う匂い、優しい匂いがフッと彼女の鼻をかすめたから。
「何でゴザろう?」
 彼女の足はその懐かしい匂いに、惹きつけられていった。

1.都会の樹
「美神さん、シロどうしたんスか? 今朝、来なかったんスよ」
 学校をさぼって、朝一番に出社した横島は開口一番に訪ねた。
「シロなら、暗いうちに出かけたわよ。毎朝騒々しいったら……」
 タマモは朝ご飯のお預けを喰らってご機嫌斜めだ。
「変ね。シロのヤツ、どうしたのかしら」
 美神は今朝は紅茶で済ますつもりらしい。目の前の皿のトーストを横によけている。

 横島が当然のように席に着くと、おキヌがご飯をよそってくれる。
 美神の片方の眉がピクッと動くが、何も云わない。
 横島の貧乏は知ったこっちゃないが、おキヌ達が喜んでいるのを知っているから。
 おキヌは毎朝ちゃんと、横島の分まで用意しているのだ。

「心配しなくても、そのうち帰ってくるわ。腹減ったでゴザル〜ってね」
 タマモが心配そうな顔のおキヌに声を掛けた。
                           ガチャッ…「腹減ったでゴザル〜」
 玄関の扉が開く音と同時に聞こえるのはシロの声だ。
「ほらね」
 タマモとおキヌは顔を見合わせて笑った。

「おキヌ殿、朝餉(あさげ)をいただくでゴザル。拙者すぐに出かけるでゴザル」
 事務所の扉を開け放ってシロが叫んだ。
「うるっさいわね〜!!」
 タマモが不機嫌そうに、シロを睨みつけた。
 せっかくのお揚げの味噌汁が、不味くなると言わんばかりだ。

 普通の家庭と同じように、美神令子除霊事務所では、食事をしながらテレビを見る。
 点けるのは大抵タマモ。さっそく、リモコンを手に取ってボタンを押す。
 チャンネルはいつもの情報番組だ。時間から言えば番組は半ばを過ぎている筈だが、タマモはそんなことは気にしない。
 興味があるのはこれから放送される、芸能ニュースと、天気予報と、占いだけだ。

 映し出されたのは、いつもの司会者ではなくて、ニュースに出てくる年配のアナウンサーだった。
「……内部に取り残された、住民の方の安否が気づかわれます」
「それでは、M町の交差点の映像をもう一度ご覧頂きましょう」
 アナウンサーは沈痛な面持ちで語る。
 やがて画面に映し出されたのは、交差点を半ばから断ち切って広がる、鬱蒼(うっそう)とした森だった。
 樹齢百年はあろうかと言う大木が立ち並び、その先が見えないほど密集している。

「…………」事務所内を無言の数秒が流れた。

「何なの? どう言うこと?」
 美神が形の良い眉根を寄せた。
 既に交通規制が始まっているらしく、警察官達が交通整理をしたり、現場を保護する為にテープを張り巡らせたりしている。
 そのテープの色は警察が使う黄色ではなく赤。超常犯罪の現場で用いられる赤テープだ。

「あれ、西条じゃねえか」
 横島が目ざとく西条を見つける。
 どうやら、現場を指揮しているのは西条のようだ。
「超常現象でしょうか? また、魔族か何かが……」
「大丈夫でゴザル。別に邪悪な気は感じなかったでゴザルよ」
 心配そうなおキヌにシロが答える。

「感じなかった? シロ、あんたあそこに行ってきたの?」
「そうでゴザル。先生のアパートに行く途中、何やら懐かしい匂いがしてきたので、行ってみたんでゴザル」
 シロがニコニコしながらテレビを指さす。タマモが呆れて言った。
「横島のアパートとは方向が全然違うじゃない。あんた何しに行ったのよ」
「何って、散歩に決まってるでゴザル」
 当たり前と言わんばかりにシロが答えた。

 カメラが上空の視点に切り替わった。下の方に見えるのは、芝浦の倉庫街だ。
 町を飲み込むようにして、森が一帯を覆い隠していた。
 まるでアマゾンのジャングルを見たかのような錯覚に捕らわれてしまいそうだ。
 モノレールの線路や高速道路が、森の中に消えていってるのが見える。
 線路を、記憶を頼りに辿った美神は、田町駅らしき箇所を見つけることに成功した。
 そこから北にたどっていくと、鉄骨の塔ではなくて、大きな、他の樹に比べて数倍大きな、樹がそびえ立っている。
 美神の顔が引きつる。同時に横島の顔が青ざめていく。
 同じことを考えていたのだろう。

 東京タワー。それは横島にとって一際(ひときわ)思い入れの有る場所だ。
 美神達もそれを知っている。
 横島に後を託して消えた、女性。ルシオラと横島の最後の思い出の場所。

 変わり果てた東京タワーを見た、横島の顔に表れる動揺を、美神は見逃さない。
「横島クン。一人では行かない方がいいわ」
 横島に表情を見せないように、美神は紅茶のカップを口元に運ぶ。
「それよりも、早く食べちゃいなさい。厄珍堂に用が有るから」
 先程、テレビに映ったように、厄珍堂は森の中に入ってしまっている。
 しかし、そこは森の外周から近く、比較的簡単にたどり着けそうだ。
 横島は自嘲の笑みを漏らすと、朝ご飯を片付け始めた。

 テレビの映像が切り替わって、レポーターらしい男が西条にマイクを差し出してコメントを要求している。
 西条はレポーターの質問を遮って、一言だけ言った。
『現在調査中。それ以上はノーコメントだ』
 映像がスタジオに切り替わった。どうやら、このまま特番が放送されるらしい。

 美神は何かが起こるのを待っているかのように、無言で画面をじっと見つめていた。

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