ザ・グレート・展開予測ショー

追憶の欠片


投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(02/ 9/20)

平安京の御所に「化粧前」という美しい遊女が現れた。

美しいばかりか聡明で博学な彼女は、たちまち時の権力者鳥羽上皇の目にとまり、
名を「玉藻前」と改め、上皇の寵愛を一身に集めることになった。

「フォクシー・ガール!!」より
__________________________________________________________________________________




「やあ、ひさしぶりだね」

「ひさしぶり・・・」

「何年ぶりだろう?」

「ちょうど850年くらいだと思う・・・」

「850年か・・・」
彼はそうつぶやくと、下に広がる景色を眺める。

赤、青、黄、緑が不規則に輝くネオンの街。
かつて、彼が夢見た理想郷・・・。

それを見下ろし、ふうと息を吐く・・・。
「長かったな・・・」

彼女はその様子を黙って見つめ、夜の風になびく前髪をそっとかき上げる。

「座ろうか・・・?」
「・・・うん」




二人は草花の上に並んで腰を下ろす。
夜の暗闇の中、月の明かりだけが辺りを照らす。
草花はやや茶色を帯び、秋の到来を告げていた。

時折聞こえてくる虫の鳴き声・・・。
眼下の街の喧騒も届かない、そんな静かな丘の上の草原であった。


「随分と若返ったね?」
彼が冗談交じりに聞く。

「ええ、最近やっと霊力がたまって生き返れたの・・・」
彼女はそう答えると、自分の両ひざを抱えた。

「そうか、それは本当によかった」
「・・・・・」
嬉しそうな彼に対し、彼女は黙り込む・・・。
月明かりに照らされたその横顔は、複雑な表情を浮かべていた。

「思い出してくれたんだね?ここのことを・・・」

その問いに彼女は首を振る。
「最初に思い出したのは、あなたのことよ・・・」

そして、眼下に広がるネオンを見つめる・・・。

「それから、ここからのこの景色を思い出したの・・・」

「・・・そうか」
彼は微笑むと、同じようにその景色を見つめる。



「現代の人間達ってのはどうなんだい?」

彼の問いに、すこしうつむいて答える・・・。
「変わらないわ、それほど・・・。バカでこずるくて・・・」

夜風が再び彼女の前髪を揺らす・・・。

「でもね・・・、あなたみたいな人もいるわ・・・。バカですけべだけど・・・」

彼女はそっと前髪をかき上げる・・・。

「強くて、優しくて・・・、ひょっとしたら、あなたの生まれ変わりなのかも?」

「それはないよ・・・」
彼は寂しそうに笑う・・・。
「今の僕は、君の前でこうして魂として居るんだ・・・。生まれ変わるってことはありえないよ」

「そう・・・、そうよね・・・」
彼女は抱えていたひざの上に、その小さなあごをのせた。



「そう言えばさ・・・」
彼が話題を変える。
「今、君は何て名乗ってるんだい?」

突然のその問いに、消え入りそうな声で答える・・・

「タマモ・・・」

それを聞いた彼は、いまにも飛び上がりそうに喜ぶ。
「そうか〜!!嬉しいよ〜!!」







「僕がつけてあげた名前を、まだ使っていてくれてるんだね・・・?」







「・・・・・」
喜ぶ彼に対し、彼女は相変わらず複雑な表情のまま黙り込む・・・。


そんな彼女の様子を見て、彼はすっと立ち上がり、彼女の前に立った。

彼女はひざにのせていた顔を上げ、ゆっくり彼を見上げる・・・。


「玉藻・・・」
彼の笑顔には、どこか悲しみを感じ取れる。

「うん?」
彼女は静かに答える。

「玉藻・・・、愛してるよ・・・、たとえ850年の月日が流れようとも・・・」


二人の間を、夜の風が吹き抜ける・・・。


「たとえ・・・、この身が滅んでいようとも・・・」




「・・・・・」
その言葉を黙って聞いていた彼女は、うつむいて答える・・・。


「850も年上の爺さんに、興味なんてないわ・・・」



「あははははは!!!」
静かなこの夜の丘に彼の笑い声が響き渡る・・・。
彼は、身をよじりながら心の底から笑っていた。

そんな彼を見て、彼女もつられて、くすくすと笑った。


なんとか呼吸を整え、彼は笑いを止めると、彼女を見た。

彼女も笑顔のまま、彼を見る。

しばらく見つめあい、彼はにこりと微笑む。



「やっと笑ってくれたね?」



彼のその言葉に、きょとんとした表情を浮かべていた彼女だったが、
「ごめんね・・・」
と小さく言い、寂しそうに微笑む。

彼は首を横に振ると、彼女に手を差し伸べる。

その手を握ると、彼は軽く引っ張り、彼女は立ち上がった。



「もう行っちゃうの?」

彼女は少し、鼻にかかった声で聞く・・・。

「ああ・・・」
彼は、そっと彼女の頬に手を当てる・・・。
「僕は、もう一度君と会うためだけに、ここに残っていたんだ」

「・・・・・」

「そして、待っていた、850年間・・・、君と再びこの景色が眺められることを」

「・・・・・」

「僕の願いは叶った・・・、もう思い残すことはないよ・・・」

そう言うと、彼の体が、優しい色をした光に包まれる・・・。

「生まれ変わったら、もう一度会いたいな・・・」

「ええ、きっと会えるわ・・・」
彼女は強くうなずく。



誰かが言ってた・・・。

強い想いと縁があれば、生まれ変わっても、また会えるって・・・。



「お別れだ・・・、玉藻・・・」

彼を包む光が、一段と強くなる。

「あの頃の君は、とても優しくて、とても賢くて、とても奇麗で・・・」

彼を完全に包みこんだ光は、やがて野球ボールくらいに小さくなり、徐々に上昇し始める・・・。



「とてもよく笑っていた・・・」



彼の魂は、夜空の彼方へ消えて行った・・・。






それを見届けると、彼女は眼下に広がる街を見つめた・・・。

赤、青、黄、緑が不規則に輝くネオンの街。

かつて、彼が夢見た理想郷・・・。



しかし、彼女の目には、違う光景が映っていた・・・。

850年前・・・、幸せだった二人のあの頃の光景・・・。






昼下がりのこの場所で、二人は碁盤の目のような街を見下ろしていた。

街は活気にあふれ、人々はみんな笑顔で暮らしている。



「みんな、幸せそうね?」
彼女は、眩しそうに手をかざす。

「ああ、もちろんそうさ!これが僕の仕事だからね!」
彼は満足そうに、うんうんとうなずく。

「仕事・・・?」
彼女は不思議そうに聞き返す。

「そう、僕の仕事。みんながみんな、平和で幸せに暮らして行けるようにするのが僕の仕事なんだ」
彼は、優しい眼差しで街を見下ろしながら答える。
「貴族も武士も、農民、職人、商人、みんなで仲良く楽しく暮らせる国ってすばらしいと思うだろ?」

彼女も笑顔でうなずく・・・。

「身分なんて、関係ないさ!だって同じ人間だろ?仲良く手を取り合うのは当たり前さ!」
目をキラキラと輝かせ、言葉を続ける。
「それに僕は、人間以外のものともうまくやっていけると思ってる」

「この山や川や木、花、草、動物達・・・」

彼は振り返り、彼女の瞳を優しく見つめる。



「そして、玉藻・・・、君達みんなとも・・・」







『もっと・・・、もっと・・・、ずっと一緒に居たかったね?』





夜の丘では、いつのまにか鈴虫の大合唱が始まっていた。
愛していた彼への葬送曲・・・。
彼女はしばらく目を閉じ、その音色に耳を傾ける・・・。

「五感」の霧がその身を包みこむ・・・。


再び彼女は、夜空を見上げた。

ネオンの明かりはこの空までは届かないのか、無数の星が散りばめられていた。
きっと、この中のどこかに・・・。


月明かりに照らされ、彼女の頬をつたう涙が真珠のように輝く・・・。

その涙も、夜風に運ばれ一瞬で輝きを失う・・・。




彼女と彼の追憶のように・・・。






「人間なんて・・・、大っ嫌い・・・」









『鳥羽上皇』

1103年、堀河天皇の第一皇子として生まれる。
1107年、4歳にして、天皇に即位。

幼い頃から正義感が強く、優しい性格の持ち主であった。

当時、権力の中心であった貴族の贅沢な生活を取り締まり、重税に苦しみ貧困状態にあった農民たちを救う。

主に農地開拓や交通の整備など、平民階級の為に力をそそぎ、
貴族との話し合いのみでなく、様々な階級の者達との間で政策等を決定していた。

伝統となっていた貴族政治からの脱却を目指していたようで、
それが後々、武士の勢力拡大の原因になったとも言われている。

その為、貴族から不満の声が上がり、不穏な動きも多数確認される。

保守的な貴族との間の溝は瞬く間に広がってしまい、もはや修復が不可能となっていたのだ。



平和と幸せを願い続けてきた権力者・・・



夢見た理想郷は、「欲望」という名のものに、うち砕かれてしまい・・・



1154年、最愛の女性の命を奪われ・・・


その2年後・・・





ひとり静かに息をひきとった・・・

享年54歳


 完



今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa