ザ・グレート・展開予測ショー

譲る思い、届かない想い


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 9/15)


 西洋風の趣を骨組とし、手頃な値段で楽しめる魔法料理の店・魔鈴。魔術を絡めたユニークな接客方と魔鈴本人の美貌(当人は自覚ナシ)が相成って、店内は今日も今日とて満員御礼だった。
 だが、料理人冥利に尽きる大入りにも、魔鈴はどことなく上の空だった。多忙さ故の自失といったものではなく、何かが気になって仕方がないといった様子なのだ。
 その物憂げな思案顔は、一見の客ですら何かあったのかと問い詰めたくなるほどだ。ましてや、魔鈴を見知った人間ならば尚更のことだっただろう。

「魔鈴君、どうしたんだい?具合でも悪いのか?」

 昼食に訪れた西条を出迎えた魔鈴に対し、西条は開口一番にそう尋ねた。魔鈴は小さく笑い「大丈夫です」と答えたが、それが空元気であることはサトリならずとも分かることだった。

(もしや魔鈴君、ヤキモチを焼いているのかな?)

 西条のご相伴に預かっているのは、「職場の同僚」である妙齢の美女だった。(「」内、西条の強調部分)趣旨変えしたのかと思わせる、おキヌタイプの大和美人である。
 西条としては自分の周囲に女の影をちらつかせ、間接的に美神の危機感を煽っているのだが、いずれにしろ自分の尾を飲む蛇であることに大差ない。こんな所業ができるのは余程の大物か、或いは余程のバカなのだが・・・

(魔鈴君、すまない。僕には令子ちゃんがいるんだ。ああ、僕は何て罪な男なんだ)

 どうやら、西条は比類なき後者の様である。屈折した自己陶酔に浸り前髪を掻き上げる西条に、相席の美女が一歩引いたのは言うまでもなかった。



 閉店後、西条は再び魔鈴の元を訪れていた。女性のケアは髪の毛と同じく大切に、というのが彼の信条である。ちなみに、男なら扱いは古新聞(一括り且つ業者(ひと)任せ)並みだったりする。
 ほんのりとしたランタンの灯が、客のいなくなった店先を淡く染め上げている。西条が木製のドアに近づき、軽くノックする。向こう側からくぐもった返事が聞こえ、西条は静かにドアを開けた。
 魔鈴は、店内のテーブルに座り頬杖をついていた。最低限の灯りに包まれた薄暗い室内は、魔鈴の一種ミステリアスな雰囲気に妙にマッチしている。怪しい占いの店のような情景である。

「それで、何かあったのかい?僕でよければ相談にのるよ」

 魔鈴の向かいに腰掛けながら、西条が自称百万ドルの笑顔で優しく尋ねる。魔鈴は暫く言い淀んでいたが、その笑顔に押される形で漸く口を開いた。世間ではこれを無邪気という。

「実は・・・使い魔のクロがいなくなったんです」
「クロとは、あの黒猫のことかい?」

 話によると、クロが失踪したのは一週間前。元来使い魔との契約は主従的なもので、指をパチンと鳴らせば即足元に駆けつけるのがスタイルだ。しかしそういった束縛を厭う魔鈴は、クロに対して何らの強制力も取り付けなかったのである。
 つまり飼い主に毛が生えた程度の身上なのだから、口出しする資格はあっても権利は無い。だが、そのことで魔鈴が心に穴があくような寂寥感を覚えているのは確かである。

「しかし・・・それなら、霊波を辿ればいいんじゃないか?ましてや君はクロの契約主なんだから、その位は造作も無いことだろう」
「そうしたんです。実際、クロはすぐに見つかりました。けど、連れ戻すことは出来ないんです」

 魔鈴の返答に首を捻る西条。もう少し詳しく、とドラマの刑事のように掘り下げると、魔鈴は顔を伏せてぽつりと言った。

「もう・・・私の出る幕はないんです。だって、クロはもう新しい居場所を築いたんですもの」

 話を総合すると、こういうことだった。
 クロはここから二区画ほど離れた公園にいた。何故なら、クロはそこに捨てられていた雌猫と共に暮らしていたからである。
 粗末なダンボールを住まいとしながらも、クロは幸せそうだった。それを見た魔鈴は掛けるべき言葉を飲み込み、静かにそこを後にしたのだった。
 話し終えた後、魔鈴は辛そうに顔を歪めた。未だ感情で割り切れないのだろう、大きな瞳からは今にも涙が零れ落ちてきそうだった。
 西条が、キザっぽい仕草で魔鈴の頭を優しく撫でる。魔鈴が顔を上げると、西条の自称百万ドルの笑顔が瞳に飛び込んできた。
 「レディに涙は似合わないよ」などとタワゴトをほざく西条が、憔悴していた魔鈴にはやけに美しく映った。ヘコむ女性につけいる西条、結婚詐欺師の素質十分である。

「それで、君はクロと話をしたのかい?」
「いえ。邪魔しちゃいけないな、て思って・・・一言も」

 それを聞き、西条がにんまりと頷く。なんだか特ダネを握った三流週刊誌のようである。

「それなら大丈夫。クロは必ず君の元に帰って来る」


 西条は、魔鈴の言っていた公園へと足を運んだ。
 はたしてそこには、嘗ての魔鈴の使い魔とその伴侶がいた。クロは魔鈴の下にいた時の清潔感は微塵も無く、その辺にいる野良猫と殆ど変わりなく思える。生活よりも愛をとるその姿は、彼女にも見習ってほしいものだと西条は苦笑した。
 クロは西条に気付くと、ばつの悪そうに顔を曇らせそっぽを向いた。西条はそれを受け流し、叢を踏み分けクロに近づいた。

「やあ、クロ。魔鈴君の下を離れたそうだね」
「・・・・・・」

 傍から見れば猫、しかも黒猫に話し掛ける変態にしか映らないが、当人は至って大真面目である。子供が指を差し親が関わるなとばかりにそれを止めているが、この際周囲の目は無視することにする。

「どうして帰らないんだい?そんなに魔鈴君のことが嫌いか?」

 西条の問いに、ぴくりと耳を立てるクロ。苦しげに歪んだつぶらな瞳が、如実に答えを示していた。違う、と。

「・・・僕だって、帰りたいニャ」
「じゃあなぜ?」

 間髪入れずに西条が尋ねる。まるで、その答えを予測していたかのように。

「・・・彼女を連れてったら、きっと魔鈴ちゃんが迷惑するニャ。僕は使い魔だから、魔鈴ちゃんの困ることをするわけにはいかないニャ」
「でも、魔鈴君との間に呪的なものはないんだろう?ペナルティが課せられるわけでもない」
「だからこそニャ。魔鈴ちゃんは、僕を首輪も付けずに置いといてくれる優しい人ニャ。そんな人だから、僕の身勝手なお願いを言うわけにはいかないニャ」

 そう言って、クロは覇気なくダンボールへと戻っていく。だが、そんなクロの背中に西条の朗らかな言葉が届いた。

「だ、そうだが。魔鈴君、どうする?」

 首を180度回さんばかりの勢いでクロが振り向く。すると、西条の後ろの木陰から、魔鈴がひょっこりと顔を出した。呆気にとられたクロが謀られた、と悟った時には、既に魔鈴が目の前まで歩いて来ていた。

「クロ・・・どうして言ってくれなかったの?」

 魔鈴が言葉尻を震わせながらクロに目線を合わせる。どうやら、魔鈴は相当怒っているようである。
 後足で砂を掛けるようにして出て行ったんだから無理も無いか。連れ戻された後はどんなお仕置きが待っているかな、などと項垂れながら考えていたクロは、突然凄い力で抱き締められた。

「バカッ・・・!私、あなたに見限られたって思ったんだよ?一言いってくれたら、ダンボールの家ごと引きとったのに!」
「いや、だから魔鈴ちゃんに迷惑は・・・」
「迷惑なわけないでしょ?黙ってたんじゃ何も・・・」

 そこまで言って魔鈴は気が付いた。自分がクロと同じであったことに。相手のことを思いやる余り、結局避けるような形になっていたことに。
 魔鈴もクロも、優しいが故にすれ違うことはなかった。だが、優しすぎるが故にどこかで手も触れず遠慮していたのだ。そのことに気付いた西条は、クロの本音を引き出す方法を取ったのである。

「西条先輩・・・ありがとうございました」

 クロとの絆を再認識できた魔鈴は、立ち上がり西条に礼を言った。西条はまたしても自称百万ドルの笑顔を浮かべつつ、

「なに、かわいい後輩のためだからね」

 と爽やかに言った。キラリと光る歯が、無駄に眩しかった。


 後日談


「あ、西条先輩!!」

 街中で西条を見つけた魔鈴は、嬉しそうに彼の元へと駆け寄った。
 クロの伴侶を引き取ったこと、二人の居住が未だダンボールなこと。理由を聞いたら、「住みやすいから」と揃った答えが返ってきたこと。
 そういった魔鈴の近況報告に西条は適当に相槌を打っていたが、「あ、そうそう」と魔鈴が目を輝かせたのを見て、西条は何かあったのかと水を向けた。それを受け、魔鈴が嬉しそうに口を開いた。

「実は、赤ん坊ができたんです!!凄く可愛いですから、今度見に来てください!!」
「へえ!そりゃおめでたいな。わかった、今度お邪魔するよ」

 西条は軽く手を上げて、それじゃ、と魔鈴に背を向けた。実は、今日は美神に大事な用があるのだ。
西条は懐に手をやると、大儀そうに二枚のチケットを取り出した。

(ふっふっふ。このチケットさえあれば、令子ちゃんは僕のものさ)

 それは、話題沸騰の恋愛映画のチケットだった。一緒に見たカップルは例外なく結ばれるというジンクスまで生まれる程のもので、西条はダフ屋に拳銃を突きつけてまでこれを入手したのだ。(犯罪です)
 だが、浮かれモードに入っていた西条は、電柱の影に隠れていた存在に気が付いていなかった。

「へー。アイツ、美神さん狙いだと思ってたんだけどな」
「ややこを授かったとは目出度いでござるな!早速事務所に戻って報告するでござる」

 電柱の影から、散歩中だったタマモとシロがひょいと首を出した。当たり前の話だが、二人はクロの伴侶なぞ知る筈も無い。先刻の会話を魔鈴と西条の関係と曲解しても、誰が咎められようか。
 足早に美神の事務所へと急ぐ西条。そう、彼の行く先にはバラ色の未来が待っているのだ。カーネーションよりも赤い、真紅に彩られた未来が・・・

 魔鈴は西条の背中を、何か大きなものを見るようにじっと見つめていた。魔鈴は、その背中に向かい静かに思う。

(西条先輩・・・いつか、私を・・・私だけを、見てくれますか?)

 恋する乙女の瞳で、遠くなってゆく西条を見つめる魔鈴。西条が半死半生で魔鈴の店に転がり込んでくるのは、半日後のことだった。

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