ザ・グレート・展開予測ショー

未来のうてな


投稿者名:kort
投稿日時:(02/ 9/14)

人々の往来する白い壁の建物に漂うのは、うっすらとした薬品の匂いだった。
そういえば、高校の保健室も、これに似た匂いがしていたものだ。
病院というのは何百年たとうとどれだけ科学が進もうと、ずっとこの匂いを持ち続けていくのかもしれない。そんなことを思いながら歩を進めるピートの足元を、パジャマ姿の少年がかけていく。それをとどめる看護士に、少年は一瞬憮然とした表情を見せ、うなだれ、そして照れたように笑った。くるくる変わるその顔に思わずピートは笑みをもらす。
やがて目当ての病室を見つけると、ピートは静かにそのドアを開けた。


4人部屋のその病室は満員にもかかわらず静かだった。ただ、本のページを繰る音と、静かな寝息だけが聞こえる。
その一番奥、窓際のベッドへとピートは向かう。彼に気づいた相手が片手を軽くあげた。
「よう。」
「やぁ。元気そうじゃないか。」
まあな、と答えるとピートの同僚であるその青年は、読んでいた雑誌を枕の横に置いた。
「足の骨折だからな。上は元気なもんだよ。」
そう言って、うんと背伸びをしてみせる。両足にはギプス。この治療法も、何百年たとうと変わらないらしい。
「良かった。ああ、これお見舞いだよ。課の皆から。」
「え?悪いな。ありがとよ。皆にも言っといてくれ。」
「分かった。」
「ところでさ、やったそうじゃないか。」
「何を?」
「インガ・リョウコ。逮捕したんだろ?」
ああ――、と納得して、ピートは添えつけのイスに腰かけた。そうして、困ったように笑う。
「確かにしたけど…でも僕の手柄じゃないよ。」
「ミカミ・レイコが手伝ってくれたんだって?残留思念だってのにすごいよなぁ。」
心から感心したそのもの言いにピートは笑う。
「そう。というより、彼女が逮捕したんだ。」
そう言ってから、ピートは静かに言いなおした。違う、彼女たちが、逮捕してくれたんだ。
「彼女たち?」
傍らの見舞い篭からバナナを取り出しながら同僚が聞く。
「美神さんと、そのアシスタントの二人。その三人がね。」
「…知り合いだったっけな。」
ピートにバナナが差し出される。
「なんだか懐かしかったよ。」
二人してバナナの皮をむいた。そして、もぐ、と一口。
「結局、買い取ったのか?」
『何を』というのは抜けていたが、ピートには何を指すのか分かった。あの土地――美神除霊事務所の土地建物だ。
ああ。と答えて、ピートはもう一口バナナを食べた。


中庭が綺麗だというので、そちらを通って帰ることにした。
午後になると日差しは強くなる。そこここにある窓から、春の日が差し込んでいる。その窓の前にピートは立ち止まった。
なんとなく、病室で最初にした会話を思い出していた。
美神除霊事務所。
結局、彼女たちは成仏してしまった。
それは、世の理としては正しいことだ。オカルトGメンとして、彼が守るべき理としては。
だがピートは期待していた。あの三人がこの世に留まってくれることを。
だからこそ、あの地所を買い取った。
全く……。
窓ガラスに額を押し付け、ピートは軽く嘆息する。日光の暖かさに反して窓ガラスは冷たく、それがなんだか気持ちよかった。
…もう、こんな寂しさには慣れたと思ったのに。
しばらくこうしていよう、と思った。


ピートにとって、20世紀末にすごしたあの時間はかけがえのないものだった。
唐巣神父に出会い、美神たちに出会い、高校に通い、強大な敵と戦い…。
一番、光り輝いていた気がする。
嫌なことだってたくさんあったが、まず思いすのは楽しかったことばかりで。
そう。まるで……夏休みのような。
だから、置いていかれるのが辛かった。


閉じたまぶたの上から、太陽が感じられる。
中庭は話の通り綺麗だった。特に今は春だから、花が色んなところで咲き誇り美しい。冬になったらどうなるのだろう、と考えて、ピートは苦笑した。ここは病院、枯れ庭にするわけがない。きっと、冬は冬でまた綺麗なのだろう。
「なにやってんのあんたはっ!?」
突如響いてきた声に、ピートはぱっと目を開けた。
「堪忍やー!仕方なかったんやー!!」
「も、もうそれくらいで…」
中庭にいる人々の視線が、その一角に集まっている。だがその中で、妙な感じに捉われ振り向いたのはピートだけだったろう。妙な感じ……既視感(デジャ・ヴュ)、いや、この場合は既聴感というべきか。懐かしい、なにか。
振り向いて、ピートはまずあっけにとられた。
中学生らしい少女が、それより年下の少年を叱っている。少年と同い年くらいに見えるもう一人の少女が間を取り持とうとしていた。声が大きいだけで、何のことはない光景…だろう。人々は注目を解いた。だがピートだけは、目を離すことが出来なかった。
――み、
次にきたのは驚きだった。
「美神さん…!」
その三人はまさしく、かの美神除霊事務所の三人に、彼には見えた。


ピート君、涙を拭きなさい。
きみを、置いていくのじゃないんだよ。
またいつか会うために―――
…神父?神父?!神父ぅっ!!


そうだ、彼らだ。間違いない。
ようやく「お叱り」が終了した三人を見ながら、ピートは確信していた。
転生していたんだ、こんな近くに…!
素直に嬉しかった。彼らはピートの知っている年代より若かったが、それでも嬉しかった。まるで夏休みがまた始まったかのような、そんな気持ちがあった。
ピートの前を通り、三人は中庭を横切っていく。先程までのムードはどこへやら、漫才のような会話が展開されている。
「あ、―――。」
声をかけようとして、ピートは思いとどまった。
三人が互いに呼びかける名前が、前世のそれとは違っていたからだ。
彼らは「彼ら」であって「彼ら」ではない。
当たり前のことだ。至って、当たり前のこと。
だがそれが無性に悲しかった。ピートは目をつむらずに空を振り仰いだ。しかし、すぐに再び三人を目で追う。三人は、中庭から病院内に入ろうとするところだった。
三人。そう、三人だ。
普通転生の場所や時代は人によって異なる。前世で同じ所にいた人々が、また同じ場所と時代に転生するなどと言うことは極めて稀である、という。
しかしあの三人は出会っている。場所を超え時空を超え…、魂が惹きあったのだ。
そして僕は、あの三人に出会った…。
何かが始まるかもしれない。出会いが何かを導いてくれるかもしれない。これが必然なら、きっとまたどこかで出会う。

春の陽が降り注いでいた。

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