ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(7)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 9/11)



(気が付いたら私は人狼の里にいたわ。一条の・・・遺体と、その側に倒れてる私を里の者が見つけたの。私は、特別に里に召還されたのよ。契りは結んでなかったし、一条も・・・もう、この世にはいなかったから)
 香南の声は、微かに語尾が震えていた。言葉の裏側に宿るのは、一条への懐古と思慕の想いか、或いは松島への憎悪と憤怒の激情なのかシロには分からなかった。
(一条は、人狼の里に葬られたわ。簡素な卒塔婆で、供養物も弔花もなかったけど。・・・皮肉なものよね。死んでから初めて、里に骨を埋めることができたんだから)
 香南が、少し笑ったようだった。自身と一条との運命を、せせら笑うかのように。
(初七日を過ぎてから、私は里を降りたわ。松島を・・・殺す為にね。けど、徒労だった。アイツは、既に処刑を待つ身になっていたのよ)
 予想外の事実に、シロが愕然とした表情になる。香南はそんなシロの反応を楽しむかのように、ゆっくりと独白を続けた。
(罪状は忘れちゃったけど、要するにお上の御意向に叛いたんでしょうね。そのことではっきりしたのよ、ヤツが独断で一条を殺害したことが。例え、その結果首を刎ねられることになってもね)
(そんな・・・松島殿が、何ゆえそんな愚行を)
(あんな狂人の考えることなんか分かりたくもないわ。結局、松島は斬首刑に処されて一条の後を追った。きっと、雲上の一条は地獄に突き落とされた松島を嘲笑ってたでしょうね)
 その様子を脳裏に思い描いたのだろう、香南の口調が愉快そうに上滑りになる。ストーカーさながらの変狂的な妄想は、外法に身を委ねた香南の精神が如何に腐敗したかを如実に物語っていた。
 香南の語りにより、シロは大方の流れは理解できた。だが、腑に落ちないことは依然として沈殿物のように胸の内に残っている。
(でも・・・松島殿は死んだのだから、結果的に手を汚さずして復讐を果たしたことになるのでござろう?斯様な術を用いてまで、今更何を求めるというのでござる?そして、拙者に取り憑いた理由は一体何でござるか?)
 シロは胸中を占める疑問を一気に吐露したが、香南からの返答は返ってこない。不審に思い、閉じたままだった目を開けたシロはその場で息を飲んだ。
 映像に見たままの香南本人の肢体が、何時の間にか眼前に肉迫していたのだ。
 香南は暗闇を切り取ったかのように泰然と佇んでいたが、シロが目を開けた瞬間手を伸ばしシロの顔面を鷲掴みにした。そして丁度アイアンクローを極めるような形になった香南の右腕からは、眩いばかりの霊波が放出され始めた。
(う、ぐ・・・あ!!)
(・・・あの事件以後、人狼の里では人間との恋愛はタブーになったわ。いうなれば、松島は私と一条という掛け橋を破壊したのよ。絶対に・・・許せない)
 みしみしという肉を圧迫する音が鼓膜に響く。香南は喋ってる途中も手の力を緩めず、寧ろ力を込めているようだった。
(私が現世に甦ったのは、松島の魂を完全に消滅させる為よ。人狼の未来の為にも、私自身のけじめとしても、奴の魂をボロボロに打ち抜いて二度と転生できないようにしてやるのよ。さて・・・どうして、あなたに乗り移ったか、だったわね?)
 悠然と息を吐き、冥土の土産とばかりに言葉を探している香南。シロはその隙を突いて反撃を試みたが、あまりのプレッシャーに霊波刀をだすどころか腕一本持ち上げることもできなかった。
 シロに追憶を見せている間に、香南は静かに霊力を蓄積し続けていたのだ。母屋を取られた身上でありながら無防備な姿を晒し続けていたシロは、今更ながらに自分の不注意さを悔いた。
(あなた、アイツのことが好きなんでしょう?)
 アイツ、とは横島のことを差しているのだろうか。どの道シロは答えられる状態ではなかったが、香南も答えが欲しかった訳ではない。そのまま言葉を続ける。
(けど・・・あなたは、彼と−−−人間との仲に疑問を持った。そうでしょう?)
(・・・!!)
 シロの全身を、稲妻のような衝撃が襲った。
 確かに、自分はあの時そう思った。横島に叱咤され、意気消沈して街中を歩いていたあの時。自分に足りない一ピースを模索していたシロの脳裏に、悪魔の囁きのように突如として浮き彫りになったのだ。自分が人狼である、という根源的な事実が。
 時として二秒にも満たない泡沫のような閃きだったし、シロ自身も閃いた直後に愚考として破棄している。種族に鑑みるシロと横島の相違点は、尻尾があるかないか程度の些少なことだからだ。
(転生の外法は、条件を満たす者がいないと発動しないの。人狼の女性で、人間との間柄に猜疑心を抱いた者。それこそが、私の寄り代として相応いのよ。そして・・・あなたが選ばれた。納得した?)
(ち・・・がう・・・拙者は、拙者は・・・)
 シロの顔を掴んでいる香南の指の間を、透明な雫が流れ落ちた。
 シロは、心から自分自身を呪った。ひび割れた心の隙間から、香南が入り込んできたこと。香南に顔を掴み上げられ、今にも消滅しかかっていること。全てが、たった一つの愚かさに起因していたことを悟ったからだ。
 ほんの数刻でも、信じてやれなかった。横島を、愛すべき存在を。
 罪悪感や絶望感が、シロの胸の内で台風のように荒れ狂っていた。強固なものほど崩れると脆いもので、頑強な精神はドミノ倒しのように倒壊の一途を辿っていた。

キイイイィィン・・・

 香南の霊力が右手に収束し、やがてシロの全身を蛍火のように包み込んだ。だが、失意に打ちひしがれていたシロは抵抗らしい抵抗もせず、自分の体が霧のように霞んでいくのを淡々と受け入れるだけだった。


(拙者は、先生の弟子失格でござるな・・・)


バシュン!!

 一際大きくなった灯が弾けたと同時に、シロの肢体は完全に掻き消えていた。後に残ったのは、右手を虚空に突き出している香南だけだった。香南はゆっくりと腕を戻し、掌に残った涙の痕を眺めた。
 香南にとって、シロは嘗ての自分を生き写しているように見えた。純粋に人間を信じ、愛していたあの頃。修羅への道を辿る前の、悲しいまでに真っ直ぐな自分を・・・
 香南の右手が鉄仮面のように顔面を覆っていたので、シロの表情を見ることはできなかった。もし、悔恨に溺れるシロの泣き顔を見たのだったら、はたして自分はシロを消滅させ得たのだろうか。

「・・・もう、私には関係ないわ。松島・・・今度こそ、殺してあげる」

 過去の自分との決別を果たした香南。
 重荷を取り去ったその顔は晴れやかで、しかしどことなく悲しげだった。

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