ザ・グレート・展開予測ショー

#FILE.夏祭り#5〜銃口が向いた先〜(後編)


投稿者名:AS
投稿日時:(02/ 8/24)



 祭りの中で、ソレはとにかく目を惹いた。
「西条さ〜ん、次はあそこに行ってみましょうよ!」
「それよりも……あっちのチョコバナナのとこに行きましょ〜!」
 相継ぐおねだり集団。
 女の子にとり、甘いものは別腹……というより奢ってもらえるものが別腹なのか? そんな思いはおくびにも出さず、この男、西条輝彦は笑顔をたやさない。
(こういう時にこそ、器が問われるものさ……)
 にこやかに手を振り、なだめるように笑顔を見せて、内心で西条は自己陶酔の構えだ。
 もし仮にこれがコントなら、頭上から落っこちてきた天誅のたらいなどにより、西条は血の海に沈みこむところだが……。
(どれだけ懐が痛もうと、笑って許すこの度量……惚れてくれるなよ令子ちゃん)
 たやすくそうはならないのが、今の世の常。
 とどまるところを知らない西条の行進。その行く手には、今だ一片の塵芥さえ見受けられない。
 勿論『閉じこめられた水槽』の中で、こうしてむやみに目立つのは周囲の奇異や好奇、あるいは敵意を刺激する。
 しかしだ。
(それもスケールによるんだよ……非モテ君達♪)
 流石に、対象が軽く十人を越した女性達の渦中にあっては、多少の不快感では絡む気さえ起こらない。
(あ〜〜〜! こんなに晴れやかな気持ちになる! 随分と久しぶりだなぁ!)


 大きいようでいて……しかし確実に『小さい』男であった。


「あ、西条さん、あれ見て!」
「わ、可愛い! センパイ行ってみましょうよ!」
 女の子達の内一人が指差し、声をあげ、やがて歓声が広がる。
 西条も首を巡らすと、そこには『射的』の看板が掲げられていた。
「ほぅ……」
 そこには人だかりが出来ている。しかしそれで景品が見えならぬように、高い位置に景品……もとい『的』は設置されていた。
 その『的』はどれも……女性ウケを狙ったものばかり、小物にアクセサリ、便利な実用品に各種高級な品物……更には海外のペアでの旅行チケットまで用意されている。
 女の子達の眼差しが、ある意味『異様』なまでに輝いた。
「西条君ってたしか……射撃の腕プロ顔負けだったわよね?」
 女の子達の中では年輩の女性がそう言うと、その言葉に更に歓声をあげる娘達と、以前からの付き合いを強調された事に不快感を抱く女性達に分かれた。
 一瞬、女の子達の間で、険悪な空気が流れる。
(まずいっ!)
「よし! じゃ僕の腕前を魅せてあげよう!」
 西条の応対は素早かった。
 元々ここにいる娘達とて、普段から仲良くしてるどころか、初顔合わせの娘達ばかりなのだ。一度敵愾心に火がつくことほど恐いことはない。
『………………』
 女の子達は、喜面一色の娘もいれば、顔をしかめて渋面の娘もいる。しかし衝突は避けられたようだった。
(これぞ鶴の一声……あぁ罪だ……)
 増長止む事無し!
 もはや天上にまで舞い上がった西条の魂が見据える未来が、どこまでもバラ色に染められていた。
「挑戦させてもらっていいかな?」
 お面をかぶった男(声からして)が答える。
「一回六千円」
「何?」
西条は眉をひそめた。
「ちょっと高すぎないか?」
 法外な料金に戸惑う西条。しかし本当の衝撃はその後に来た。
「実弾使ってるからねぇ……」
(………………………………)
「何いぃぃっっ!!?」
 我が耳を疑い叫ぶ西条。しかしその疑問の叫びを肯定するどころか、お面男は面倒そうに頬(の辺り)を掻くだけだ。
「あんちゃん、やるならやるで早くしてくれよ、後つかえてんだ」
「西条(君、さん、センパイ)早くお願いします〜〜!」
 ーー選択。
 いくら今が非番とはいえ、法外な値でしかも実弾を使用しているなどという店は、即刻取り締まるべきだ!
 堅い事には目をつむれ! ただのデートならいざ知らず、今は人生をかけてるんだ! 妥協をしろ妥協を!
 誇りを持つべき仕事への想いと、勝手に誇っている自分のアイデンティティ。
 それらは秤にかけた瞬間、勝敗は決した。
「……任せておきたまえ!!」
 そして同時にこの瞬間に、西条の運命、その方向性は定められたのだ。
 ーー破滅へと。

 西条は一発目から、ヨーロッパの旅行チケットを見事に手繰り寄せた。
 実弾を使用してるとはいえ、景品の前に張り巡らされたガラスは防弾。ガラスに貼られた小さな当たりマークに当てれば、景品を貰えるという寸法だ。
 勿論、高い位置に据えられている為、いかに西条といえども本来なら極小マークを撃ち抜くのは難しい。しかし西条には全くと言っていいほど、焦りも気負いも見られなかった。
(ふふふ……秘密兵器はちゃんと効いているみたいだな、瓶詰めのフォーチュンの精霊……!)
 そう。
 何度も洩らした秘密兵器とはまさしく幸運の精霊。
 職権を天晴れなまでに乱用し、西条はこの日に備えたのだ。
(全てはあの煩悩男の魔の手から、令子ちゃんを救い出す為に! ……神も紳士たる僕に味方しない筈ないからな!)
 今の西条は、自分がいかに狙いを外そうとも、仮に空から隕石が降ってこようとも……自分が的を外す事はありえない。そう確信を抱いている。
 高揚する心は天上さえ突き抜けて。輝きさえ発する。
 それ故……西条は気が付かなかった。
 地面の中から生えでた白く細い腕が、自分のケースから小瓶を持ち去ったという事に……。
 
 十五分後。

「おう! お前ら、ここはもう店じまいだ! さっさと他んとこ行きな!」
 お面をかぶった男の、威勢のいい声が響き渡る。
 しかし、誰もが帰ろうとしない。ある者はうつ伏せになって呼吸困難を起こし、ある者は永続的に肩を震わせ続けている。
 それは十五分前に起こった出来事……。いきなり何故だか暴発したライフル。そして『不運』にも、その時に丁度ライフルを手に狙いを定めていた非番の捜査官。
 そしてつんざくような暴発音の最中に聞こえた『ぞりっ』という音。あとに残されたのは、自慢の背にかかる長髪以外丸ごと『輝きさえ発する』頭の捜査官の姿。
 それは暴発によるものなのか、あるいは頭部に銃口が向けられた故なのか……。
 しかし。ただ一つ確実な事といえばーー。



 笑い。大ウケ。爆笑ーー。



 誰しもが笑った。祭りに相応しく、陽気に激しくだれもが笑ったーー。

 破滅ではなく、禿滅の道を辿った捜査官一人残して……。

 そして、祭りの夜はまだまだ続くーー……。




 その跡。

 人気がなくなった射的屋で。

「あほなやっちゃ……小細工しなけりゃ少しは弁天様も大目に見てくれたんでしょうに……」
 お面を外し、覗く素顔は童顔の男がぼやくように独りごちる。
「ま、この忘れてったチケットは、今頃逢ってる二人に贈りますか。……悔しいですけど、ね」



 
 なお、後日。




 これが致命のトラウマとなり、完璧なハゲ頭となった捜査官が、幼女(というか赤ん坊)に手を出そうとするなどし、紆余曲折の末、最後に建物の屋上から身投げした事も、あったとかなかったとか……。




 めでたしめでたし。





今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa