ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(えにし)・(1)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 8/12)


 赤。
 生暖かい鉄の味がする、血の色。
 絶え間なくそれを流しながら、彼は私の目の前で息絶えた。
 頭の芯が冷え切ったのを覚えている。だが、その一方で死神のように冷めた私がぼそりと囁いた。
 

 私と彼の共通点は、結局同じ色の血液が流れている程度のものなのだ、と・・・





「いい加減にしろよっ!!」

 憤慨を込めた瞳で睨みつけながら、横島がシロに向かって怒鳴り散らす。横島の怒声に事務所内の空気は凍りつき、シロは尻尾をびくりとさせると、顔を歪めたまま固まってしまった。
 発端は、ごく些細なことだった。廃ビルでの除霊中、横島のミスで悪霊を取り逃がしてしまったのだ。だが、その時不遇にも近くを通りかかっていた女子高生が、それに襲われたのである。命に別状はなかったが、彼女は入院が必要となる大怪我を負ってしまった。責任を感じ見舞いに行った横島だったが、持っていた花は彼女の顔を見た瞬間手から滑り落ちた。
 似ていたのだ、彼女は。自分が嘗て愛した、蛍の化身に・・・
 別段酷似しているわけではなく、雰囲気や物腰がそうさせているだけだ。だが、彼女を前にした横島は胸を切り裂くようなデジャウに襲われ、その後もずっとメビウスの輪宜しく懊悩と自己嫌悪を繰り返した。
 シロは横島を必死に励まし続けたが、それが今の横島には却って苦痛だった。そして、どす黒い邪念に蝕まれた精神はシロの笑顔を、他人事だからと能天気に笑い飛ばしているように見せてしまったのだ。
 本当は、シロが無理をして笑ってるのもわかっている。自分の怒りが、拙い八つ当たりに過ぎないことも重々承知していた。だが−−−全てを理性で割り切るには、横島は余りに幼すぎた。

「せ・・・先生・・・」

 シロが、蚊の鳴くような声で力無くその名を紡ぐ。だが、横島は顔を伏せたままで、シロの方を向くことはなかった。
 シロの両目から、水晶のような涙が零れ落ちる。だが、シロはそれを拭おうともせずに、床に付くほど尻尾を垂らしたまま無言で部屋を出て行った。ドアの閉まる音が、室内に重く響き渡った。

「・・・横島さん、ちょっとひどいんじゃないですか?シロちゃん、泣いてましたよ」

 息継ぎをするように溜息を付いて、おキヌが非難の声を横島に浴びせる。おキヌに言われるまでもなく、横島の内面は自身の身勝手な憤怒に、塩を塗ったように傷口を広げていた。口をきつく結び拳を握り締める横島に、今度はタマモが声を掛けた。

「横島。シロにとって一番辛いことは、晩御飯抜きでも散歩禁止でもない。横島に嫌われることの筈だよ。横島がシロにとってどれ程の存在か、自覚がないわけじゃないんでしょ?」

 タマモの言葉は、シロの涙が如実に示していた。気丈と元気印を旗印にするシロが、横島に拒絶されるという一事を以て脆くも崩れたのだ。シロの横島への想い。それは、純粋にして清廉な思慕の情念だった。

「・・・俺、シロを探してきます」

 横島は、静かにそう言って椅子から立ち上がった。二人に後押しされる形ではあったが、横島もこんなことでシロとの関係に亀裂が走るのは絶対に嫌だった。
 シロを見つけたら、最初に謝ろう。横島はそう思いながら、シロを探しに部屋を出て行った。



「はあ・・・」

 シロは絶え間なく溜息をつきながら、其処此処をとぼとぼと歩いていた。その足取りに生気は感じられず、小さな背中には灰色のオーラが滲んでいる。歩いている間に何度か電柱にぶつかったが、それすらも気付いてない様子だ。普段のシロからは想像できない落ち込みようである。
 鼓膜の奥底に、未だ横島の怒声がこびりついている。いくら頭を振っても、それは張り付いたように耳から離れようとはしなかった。

「拙者、どうしてこうなのでござろう・・・」

 三歩下がって師の影を踏まずとはいうが、自分は師の顔を舐めるほど横島と触れ合っている。だが、横島は顔を舐めようと散歩に誘おうと、余りいい顔はしないのだ。単なる照れ隠しともとれるのだが、シロにそこまでの深読みは酷だろう。
 なぜだろう。自分には何が足りないのだろうか。

 

・・・・・・・・ −−−−−−!!!



 自分の年齢や体格を起草につらつらと考えていたシロは、一瞬、ほんの一瞬だが、とある事象に思い当たった。が、すぐにその考えは頭から掻き消した。もし横島が「そんなこと」を気にする程度の矮小な男なら、自分がこれほど師事することはない筈だしその価値もない。

「やれやれ・・・拙者、どうかしているでござる」

 雷光のように閃いた愚直な考えを自嘲するように、シロが唇を持ち上げて苦笑した。だが−−−

ぞくり

 突如としてシロは背後に凄まじい寒気を感じ、反射的にその場を飛び退いて後ろを向いた。そこは閑散とした公園で、人影はおろか人の気配すらなかった。墓地を横切る時のような不気味な感覚に、シロの全身が総毛立つ。


ミツケタ・・・


 今度は、はっきりと聞こえてきた。魂に絡みつくかのような、怨念を宿した女の声。しかも、声の調子からしてまだ若いと思われるものだった。
 本能的に霊波刀を構えるシロ。だが、いくら身構えたところで声だけの存在を斬れるわけはない。一人相撲になるのがオチである。


ワタシノ、アタラシイカラダ・・・


「!?なっ・・・こ・・・れ、は・・・」

 その声と同時に、シロの精神は凄まじい圧迫感に覆われた。まるで白い床が黒ペンキで塗り潰されていくかのように、声の主と思しき女の意識が奔流の如き勢いで流れ込んでくる。シロの右手から霊波刀が力無く消滅し、視界が古いビデオのようにブレ始めた。

「貴・・・様、一体?・・・」
「私の名は、香南。あなたには悪いけど、この体を貰うわよ」

 風前の灯火となったシロの意識に、餞別とばかりにその名を告げる香南。その一言を最後に、シロの肢体はがくりとくず折れた。数刻の後に起き上がったシロの−−−否、香南の双眸には、暗い決意の炎が揺らめいていた。

「そう、アイツに復讐する為にね・・・」

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa