ザ・グレート・展開予測ショー

水使い(〜分断〜)


投稿者名:AS
投稿日時:(02/ 8/11)

 

 ー水使いー


 空に舞う水使い。

 帆邑が、予想つく落下のダメージを、ほんの僅かでも些少なものに留めようと、空中で姿勢を変えた丁度その時。
「う……」
 芋虫が体を揺するような、そんな緩慢な動きで依頼主が意識を……
「ぶぎゃる!」
一瞬だけ、取り戻した。
 めりっ…。
 着地の際に、そう依頼主様の背中にめり込んだ右脚を退けるや、帆邑は前を見据える。
「なるほど、ね」
 言うや否や、右の掌をかざす。その右掌に複雑な術式印が現れた刹那、捻った蛇口のようにそこから膨大な量の水が現れ出でた。
「ふ…っ!」
 呼び招いた水を塊と為して黒く燃え盛る蛇へと投じる。
 水と炎。それらが互い、打ち消しあう様を想定した傍らの捜査官が身をすくめるが、それらが接触した瞬間。
 どんっっっ!!!
 生じた音とその衝撃は、捜査官の男の予想するものとは、まるで違うものだった。
 それは、蒸気の発生する音でなく、単純な、物理的な重さを感じさせる音。
『ーーーーーーーー!!!!』
 鈍重な一撃を細身に受けて、蛇は悲鳴ともとれる霊的な『唸り声』をあげた。
「これは……どういう事だ?」
 唖然として、捜査官は帆邑に説明を求めた。しかし。
「!?」
 帆邑は捜査官に近寄ると、グイとその身を起こさせた。
 次の瞬間には、捜査官の男の左脇腹に、帆邑の右拳が強くめり込む。
「ぐは…っ、な、何を……」
「うるせぇよ」
 更に脇腹に一発。次いで左で、捜査官の右頬を強く殴りつけた。捜査官の男が、もんどりうって倒れる。
「さっき……まさか俺がてめぇをかばったと勘違いしてねぇだろうな?」
「……」
「先に言っとくぜ、金輪際もうてめえとは組まねぇ…」
 帆邑が捜査官を見る瞳には、一切の情や暖かみも見受けられない。その双眸はどこまでも、己の利益と命のみを考えた利己的と言える色を映していた。
「報酬の割に合わねえ仕事に、モラル振りかざす輩にゃ付き合っちゃられねぇからな。今回までの報酬分を貰うまでそこに転がってろ」
 捜査官が憤り、身を起こそうとする。しかしその意志とは裏腹に、体はピクリとも動かない。
「……!」
 怒声を張り上げようとするも、口がパクパクと動くだけ。弛緩剤に続いて、更に何らかの薬を打たれたらしい。
「さて、と…おい!」
 興味など失せたかのように、捜査官から目を離すと、帆邑の見る先では黒炎蛇が再び蠢動を始めていた。
「いつまで隠れてるつもりか知らねぇが、どうせ言っても出てきやしねえだろ? だからそのまま聞け…」
 無論応えなどない。しかし場所こそは特定できないが、どこかで気配が揺れるのを、帆邑は敏感に嗅ぎ取った。
「先ずあの蛇。水の結界にも、塊撃を見ても、あの黒い炎はまやかしだ…」
 やはり応えはない。帆邑もそのまま続ける。
「囮をたて、別の場所で呪術を発動させて、だが完璧には仕上がらなかった……だろ?」


 茂みの奥。
 

 その場所で息を潜めるようにして、呪術師の少女……小笠原エミは短く舌打ちした。
『キキッ!』
 人間ならざる声。それに加えてその声には、当のエミを嘲る感情があった。
 エミがキッ、と声の主を睨みつける。
(おぉ、恐い恐い。けどど〜すんだよエミ〜キキッ!)
 その声は肉声ではない。霊的な声。
「……」
 小笠原エミは答えない。しかしそれは肉声では、という意味だった。
(黙ってろ、だって? そんな態度取ってっと、協力してやんね〜ゾ〜? キキ!)
 声の主はそう、うそぶいて、エミの周りをからかうように飛び回る。
 エミは変わらず無言のまま。しかし思わず出そうになった手をこらえるなどしていた。
「……ッ」
(俺の手なんて借りなくても、速やかに修正する、だって? キキ〜!)
 ますますつり上がるエミのまなじり。
「……!」
(お〜恐! でもあれだよな、やっぱあの鉛玉が痛かったよな〜?)

 そう言われ、エミも思い返す。

 出会い頭、自分の霊体を憑依させた囮にして、また贄でもあった人形への銃撃。
 有無を言わさず、こちらの無力化を図った相手の判断、行動の迅速さを褒めるべきか?
 それとも……仕事の順調ぶりに(不謹慎ながらも)自惚れて、無為に大技に走った己の甘さを叱責するべきか?
 銃撃により、言葉で翻弄しつつ呪術式を完成させようとしたエミの目論見は大崩れの様相を呈した。
 なまじ憑依してただけに、銃撃による痛み(正確には霊体として感じた撃たれたという認識からくる意識)によって、贄に正確な殺傷目標を認識させる事も、まやかしでない黒炎を蛇に纏わせる事も出来ずに贄とは分断された。
 今、蛇に在るは、純然たる本能のみ。少量の霊力すら持たぬ標的でなく、自身を脅かす霊力の持ち主を排そうと動いてるに過ぎない。

 総じて、状況は悪い。

 しかしエミは、この窮地にある種の高揚を覚えていた。

(あちらさんの打った手はこっちを追いつめた……)

 それは、意欲。困難にあってこそ、それを打ち破らんとする、闘志。

「礼はしなくちゃ、そりゃ嘘ってもんなワケ!」

 居場所を気取られるのも構わず発した、『氣』溢るる声。

 
 それと共に、エミは新たな呪術式を発動させ始めた……。






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