ザ・グレート・展開予測ショー

Dear・・・(後編)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 7/31)


(ヨコシマ・・・あなたは、どうして命を危険に晒してまで彼女を守ったの?)
 ルシオラの、静かだが鮮明な声が虚空に木霊する。横島は唐突な質問に多少面食らったが、少し考えてから穏やかな表情でゆっくりと言った。
(ん・・・そりゃあ、タマモは俺にとって大切な仲間だからな。俺は・・・もう二度と、大事な人間を失いたくはないんだ)
 横島の言霊は、真実の響きを伴っていた。みんなを、かけがえのない人達を守りたい。それは、ルシオラを失った自分自身の胸に刻み込んだ誓いの刻印。魂を引き裂くような悲しみの果てに横島が辿り着いた、唯一つの結論だった。
(・・・・・・)
 音という存在そのものを飲み込んでしまったかのような、深い沈黙が辺りを支配した。静寂が織り成す不意の耳鳴りさえも、全てを闇が吸い込んでしまっているかのようだ。
(ねえ、ヨコシマ)
 ルシオラの声が、再び脳裏に直接話し掛ける。だが、その声はどこか悲しみを含んでいるようにも、それを堪えているかのようにもとれた。
(あなたの考えは、とても素晴らしい事だって認めるわ。でも−−−今のままじゃ、それは単なる自己欺瞞に過ぎないんじゃないかと私は思う)
 予期しなかったルシオラの厳しい言葉に、横島は表情を歪ませた。自己欺瞞。確かに、それも一理あるかもしれない。贖罪のつもりでどれだけの人を守り続けたとしても、それでルシオラが戻ってくる筈もない。結局自分のやっている行為は、穴の開いた柄杓で水を汲んでいるようなものだ。そして、決して満たされることのない手桶に満足している。それが欺瞞という言葉に集約されるのである。
 だが、それをルシオラ本人(正確には思念だが)から否定されるとは夢にも思わなかった横島は、ただ泣き笑いのような自嘲のような顔で俯くことしかできなかった。打ちひしがれている横島に、慌てたような口調でルシオラが言った。
(ヨコシマ、勘違いしないで。私が言いたいのは、あなたがそこに死地を見出してしまっていることなのよ)
(死・・・地?)
(ええ。あなたは、彼女を・・・タマモを守る為なら、命だって惜しくない。そう思ったでしょう?)
 タマモに突進していく悪霊を確認した瞬間、既に自分の体が壁としてタマモの背後にあった。生命の危険云々を考えている暇などありはしなかったが、それを惜しくないというのかもしれない。
(ヨコシマ。大切なものを命を張って守ろうとするその気持ち、私は尊敬する。でもね、想いというのは一片的なものじゃないの)
(え?それは・・・)
 横島は妙に含蓄のあるルシオラの言葉に戸惑いを覚えたが、それも長くは続かなかった。突然に視界が空転し、テレビの流砂のように空間が歪み始めたのだ。そこを精神の居城とする横島の意識にもブレが生じ始め、もやがかかったかのように頭の中が混濁していく。
(ヨコシマ・・・今から私が見せる光景を見れば、分かると思う。私が、何を言いたいのかが)
 


(あれ?美神さん、いつの間に・・・?)
 横島の眼前には、病院のソファに座り込んでいる美神がいた。だが、それはどことなく現実感を伴わず、まるで映画のスクリーン越しに見る一場面のようだった。
(・・・!?)
(意識だけを離脱させてもらったわ。だから二次元的な趣があるし向こうから気付かれることはないけど、あなたが見ているのは確かに現実の光景よ)
 ルシオラの声が聞こえてくる。だが、横島は自分が見ているその光景が、どうしても本物だとは思えなかった。なぜならあの美神が、唇を噛み締めて体を震わせているのだ。まるで抑え切れない慟哭を、必死にせき止めているかのように。ふと見ると、傍らにはおキヌとシロが美神と同様ソファに埋まっていた。だが、二人とも既に泣き腫らした後のようだ。充血した瞳と窪んだ頬が、少女の面影を宿す二人に痛切な陰を落としていた。
(美神さん・・・おキヌちゃん・・・シロ。なんで・・・なんでそんな哀しそうな顔してるんだよ。これじゃ、まるで俺が悪いことしたみたいじゃ・・・)
(一人・・・忘れてない?あなたが助けた、妖狐の少女のことを)
 ルシオラに指摘されるまで、不覚にも横島はタマモを失念していた。存在自体を忘れ去っていたのではなく、いない者を想起するだけの余裕がなかったのだ。
(がっ・・・)
 美しく、かつどこか儚さを含んだタマモの笑顔が頭を過った時、横島の意識は再び混沌の渦に飲まれていった。

 閑散とした病院の屋上。冷たいコンクリートを苗床とするその場所に、金色の髪をポニーテールにした少女が唯一人で座っていた。屋上、といってもそこは少々特殊な場所だ。フェンスを乗り越えた先の、転落もあり得る縁の部分である。
 玲瓏たる星空と無機質な大地に挟まれたタマモ。月明かりにその肢体が美しく色映え、金色の髪が風にふわりと舞うその情景は、どこかに貞寂さや夢幻さを内包している。だが−−−タマモの双眸は、おキヌやシロと同じく涙に濡れていた。
 タマモは体育座りをした体に顔を埋め、しゃっくりの止まらない声で誰ともなくその名を紡いだ。愛しげに、寂しげに。

「横・・・島・・・ 死んじゃ、やだよ。ずっと・・・ずっと、一緒にいてよぉ。横島ぁ・・・」
(タマ・・・モ・・・・・)
 そこには、普段のクールなタマモの面影は微塵もなかった。儚い仮面の一枚下には、ただ純粋に横島のことを想い、打算も罪悪感もなくその身を案じている一人の少女がいるだけだった。
 横島は、胸の奥底に奇妙なデジャウを感じていた。愛しい存在が腕から零れ落ちていくのを、涙を流すだけでどうすることも出来なかった自分。その姿が美神に、おキヌに、シロに、そして−−−タマモに重なって見えたのだ。
(あ・・・)
 その瞬間、何かが弾けたような気がした。そして、横島の意識は在るべき場所へと回帰していった。


 
 最初に目に映ったのは薄暗い天井だった。体中にチューブやら包帯やらが巻かれている上、何かで固定されているようで指くらいしか満足に動かせない。まるでガリバー旅行記だな。そう思い横島が苦笑した時、規則正しい機械音が鼓膜を軽く揺さぶった。横島は、これは現実なんだなとぼんやりと認識した。

「・・・・・・」

 あれは単なる夢だったのだろうか。だが、横島にとってそんなことはどうでもいいことだった。ただのレム睡眠の産物であれ、本当に自分の深層が見せたものであれ、ルシオラから受け取るべきものはしっかりと受け取ったのだから。


(ヨコシマ・・・あなたは、自分の身を犠牲にしてでもタマモを守ろうとした。けどね、誰一人あなたを死なせてまで助かりたいなんて思っちゃいないのよ。彼女達も・・・同じくらいあなたのことを大事に想っているから。大事なものを失う辛さ。あなたが、一番よく知っている筈でしょう?)
(・・・ああ)
(本当に彼女達を愛しく想うのなら、あなたは何が何でも生き延びて。あなたを今の境遇に追い込んだ、私の言える台詞じゃない・・・けど、それだけは約束して欲しいの。あなたのためにも・・・彼女達のためにも)
 ルシオラの懇願するような口調に、横島は何も言わずただ深く頷いた。
 


「また・・・アイツに助けられちまったな」

 横島が薄く笑った時、俄かに廊下が騒がしくなってきた。そういえば、さっき誰かが慌ただしく部屋をでていく気配がした。きっと担当の医師が報告に行ったのだろう。となれば、恐らくそれが届いたのだ。自分の大切な人達の耳に。

バアン!!

 重傷患者の病室のドアが、押し掛け強盗のように荒々しく開かれる。どうやら、このあとは手厚い看護が成されそうだ。無論、リテラルに解釈することはできないが。
 とりあえず、今は目の前の少女を笑顔で迎えよう。嬉し泣きとはいえ、綺麗な顔をこれ以上涙でくしゃくしゃにされると何か切ないしな。


「大丈夫。俺はどこにもいかないからさ・・・だから、もう泣くなよ。 タマモ・・・」

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