ザ・グレート・展開予測ショー

カナシイキモチ (2)


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 7/30)

5.
 霊の活動が活発化して、室温が下がっている。むき出しの腕をさすりながら、横島と霊を見つめる。
 霊は相変わらず、グズグズと泣き続け、横島の存在には気付いてもいない。

 美神がこの霊を、横島の訓練の相手として選んだのには、理由がある。
 攻撃する以外に手段を持たない横島に、それ以外の方法を教えること。
 霊とのコミュニケーションを成立させ、納得させ、成仏させる方法を教えることだ。
 横島の霊能力は、戦闘の中で開花し、成長した能力であるからか、力任せの攻撃一辺倒になりやすい。
 派手な仕事を好む美神の下で働いているせいで目立たないが、除霊の時に攻撃力が必要な機会はむしろ少ないのだ。

 それは、この仕事を続ける限り、身に付けておかなければ、ならない方法だ。
 いつでも文珠や御札があるわけでもなく、美神やおキヌがそばにいられるわけも無い。
 そんな時はいずれ必ずやって来るのだ。
 精神に弱点を持つ横島に、今のうちに身に付けさせておかないと、逆に憑依されるという、最悪の結果が待っている。
 それだけは避けたい。

 それと、もう一つの理由。
 美神とおキヌだけが知る、隠された理由があった。

 この霊とコミュニケーションを取るには、横島は嫌でも自分の心と向き合わなければならない。横島が自身気付かないままにしまい込んだ、心の傷と。
 心の傷を克服するには、まず心の傷と向き合うことから始めなければならない。
 心の傷を無かったことにすることはできない。心の傷と折り合いをつけて共生する道があるだけだ。
 やり方は自分で見つけなければならない。誰にも教えられるものではない。
 だから、横島は自分の心の傷と向き合い、自覚するところから、始めなければならない。
 
 美神は幽霊相手に静かに話しかける横島の背中を見つめた。出会った頃に比べて幾分、いや、かなり逞しくなった背中。でも……。
 GSは、一瞬の判断ミスが、死に直結しかねない危険な職業だ。
 彼が、GSを辞めて普通の職業に就くのなら、それも良いかもしれない。
 しかし、と美神は考える。横島は辞めたりはしないだろうと。
 だから横島は乗り越えなければならない。
 美神は横島の背中に、そっとため息をついた。

 横島クンの心の傷。彼に命を与えて、消えてしまったあの娘。
 ルシオラはあたしとおキヌちゃんにも、少なからぬ傷を残して行ってくれた。
 あの日以来、あたし達三人の間から、奇妙な緊張感が消えない。

6.
 霊の姿は多少はっきりしたものの、相変わらずぼんやりしたままだった。
『おじょ…さま……しん…でしま……た』
「お前が殺したんだろうが」
 横島が懸命に話しかけるが、ツッコミにしか聞こえない。
『しんで……しま…た……おじょうさ……』
『さ…び……し……』
『おじょう……どこ……です…か』

 幽霊の思考は堂々巡りをして、元に戻ってしまった。
 ほとんどの幽霊の意識はこんなもので、残留思念と幽霊を同一視する研究結果が報告されたことがあるくらいだ。
 この幽霊の場合、怨念と残留思念が互いに強化し合い、結果としてこの屋敷に地縛されてしまったのだろう。ある意味自縛霊でもある。

「死んでしまったもんは、もう帰ってはこんのや」
 諦めたように横島がつぶやいた。
 ふいに霊の姿が揺れ始める。
『うそ……だ…』
「うそじゃない」
『うそ…だ……』
「うそじゃないって」
『おじょう…さま……どこ…で…すか』
「お嬢様はここにはもうおらん」
『うそ…だう…そだ…うそ…だう…そだ…うそ…だう…そだ……』
 霊の姿が揺らめく。
「お前のお嬢様はもう、死んでこの世にはおらんのや」
『おじょ…さまが……しぬ…はず…がな…い。……あんな…おげん…きで……』
「お前が殺したんや」
『いつも……おれに…わらい…かけ…て…くれた……』
『おれ…をひとり…に……しな…いで……くだ…さ…い……』
『おじょう…さま…の…ため……なら…なん…でも…します…から……』
 幽霊はまるでお嬢様を探すかのように、部屋中を飛び回る。

 横島は自分がいつの間にか、泣いていることに気付いた。
 こいつの気持ちが手に取るように分かる。そんな気がした。
 こいつを助けてやりたい。
 どうすれば良いんだ?

「俺だってな、全てを投げ捨ててでも、取り戻したいものの一つや二つ、あるわい」
「だけどな、どうすることもできないことが、世の中にはあるんや。できないことのほうが多いんや」
「どうすることもできないなら、それはそれで仕方ないやないか」
「俺には周りで心配してくれる、仲間がおる。俺のことを気づかってくれる美神さんやおキヌちゃんがおる」
「だから、俺は俺らしくなきゃ駄目なんや」

 そっと、横島の肩に美神の手が乗せられた。
「今日はここまでにしましょう」
 美神がオルゴールに再び封印を施す。
 部屋に充満していた陰気が拡散して行く。

7.
 美神は横島のほうを見ないようにして、部屋を出た。横島の涙を見たくなかったから。
 かけるべき言葉は無かった。何を言っても上滑りになりそうで。
 それに今は、母親代わりになりたくない。たとえ横島に冷たい女だと思われても。
 どうせ冷たい女よ。美神は心の中でつぶやいた。
 横島は黙ったまま美神の後を付いてくる。美神は横島の足音を数えながら、付かず離れず一定の距離を保ち続けた。
 時折、鼻を鳴らす音が聞こえてくるが、足取りはしっかりしているようだ。

 雨の勢いはまだ強い。地面に叩き付けられた雨粒が、足下で弾ける。
 止めて置いた車に乗り込んで、美神はやっと横島の顔を見た。まぶたが赤く腫れている。
 美神はウェットティッシュの容器を取り出すと横島に放った。
「顔拭きなさい。そのまま帰ったら、みんなに心配されるわよ」

 事務所に向けて走り出す。
 横島はティッシュを顔に押し当てたまま、身を震わせている。

 これほど感情が高ぶるってことは、横島君が心の傷を克服するまでには、まだまだかかるってことね。
 美神は横目で横島の様子を見ながら考えた。

終.氷室キヌの手記より
 ……ってことね」
 美神さんはそう言い終わると、両手でカップを包み込むようにして持って、ソファに身を沈めました。
 横島さんは夜食をとったあと、応接室のソファで仮眠しています。
 美神さん、そのままアパートに帰すのが、心配だったみたいです。
 シロちゃん、すっごく遊んで欲しかったみたいですけど、もう夜遅いからって言ったら納得してくれました。

 ちょっと憂い顔の美神さんは、横島さんなら、らしくないって言うかもしれません。
 でも、私は仕事じゃない時の美神さんも良く知っています。
 仕事じゃない時の美神さんは、ちょっと我儘だけど優しいお姉さんです。

「今の横島さんってそんなに危険なんですか? 私良く分からないんですけど」
「だって、ほら、横島さんってもう前と同じように明るいし」
 美神さんはカップをもてあそぶようにしながら、微笑みました。
「表面上は前と同じ。それこそが一番危険なのよ」
 美神さんは足を組み直して続けます。

「あいつの内面がどんな状態か、あたし達には分からないじゃない?」
「あいつが傷ついている以上、あたし達にはそれがどの程度か知っておく必要があるわ」
「現場ではどんなことが起こっても、おかしくないんだから」
 美神さんがお腹の前で手を組んでため息をつきました。
「たとえば、魔族達が良く使う手として、弱みにつけ込むというのがあるわね?」
「今のあいつじゃ、メドーサクラスの魔族には到底、太刀打ちできないわね」
「ナイトメアなんかが相手だと、操られてあたし達に襲いかかってくるかも」

「まぁ、しばらくは定期的にあの霊と対面させて、状態を把握するしかないわね」
「うまく行けば克服する切っ掛けになるかもしれないし」
「でも、そんなこと繰り返していたら、横島さん、お仕事、嫌になったりしませんか」
 心配だったので聞いてみました。
「多分大丈夫よ。そんなに頻繁に行くわけじゃないし」
 それにね、と美神さんが続けました。
「一度でも、痺れるような冒険の味を知ってしまったら、普通の生活が退屈に見えてくるってものよ」
 そう言うと、美神さんは微笑みを浮かべてドアの方を見ました。ドアの向こうは応接室で、そこには横島さんが眠っています。

「さ、遅いからもう寝ましょ」
 美神さんがカップを置いて立ち上がりました。
 私がお盆にカップを乗せて部屋を出ようとしたところで、美神さんが言いました。
「おやすみ、おキヌちゃん」

 おやすみを返して振り返ると、暗い応接室の窓に雲間から、お月さまの光が差し込んでいました。台風は通り過ぎたようです。
 お月さまの光に照らされて、微かにいびきをかいている横島さん。
 横島さんを起こさないように、そっと部屋を出ました。
「おやすみなさい、横島さん」
 私はささやいて部屋を後にしました。


おしまい

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