カナシイキモチ (1)
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 7/30)
序.氷室キヌの手記より
時々、そうですね、たまにでしょうか。
美神さんと横島さんは、二人だけで仕事をしに出かけます。
私も一緒に行っても良いと、美神さんは言ってくれるんですけど「あんたらは留守番」と言われて不満そうな、シロちゃんやタマモちゃんを残しては行けません。
その代わりに、と言って美神さんは帰った後、何があったのか話してくれます。
だから、そんな日の夜は、美神さんのお話を聞くことにしています。
横島さんがアパートに帰って、シロちゃんとタマモちゃんが眠ってしまった頃、私は飲み物とお菓子を用意して、美神さんの部屋に行きます。
1.
台風が近づいていた。朝から降り出した雨はだんだんと激しさを増し、昼過ぎには土砂降りになっていた。風も強い。葉っぱや木の枝、コンビニの袋、時にはトタンを張った看板などが風に乗って宙を舞っている。
町外れの洋館は高い木々に隠されるようにして建っていた。
風が木の枝を薙(な)いで轟々と唸りをあげているのが、まるでその洋館が悲嘆に暮れているかのようだ。
住む者の無いその洋館は、長年の風雨のために白壁の所々がくすんで、灰色になってしまっている。鎧戸もあちこち破れて、内側から暗やみが滲み出していた。
おなじみの同じ光景だった。
美神はさっさと中に入ることにした。台風の中、一秒だって外に居たくなかったから。
横島はこれから起こることを考えているのか、神妙な顔で後から付いてくる。
玄関には壁の色に合わせた白い扉だ。
バッグから鍵を取り出して、解錠する。
ドアノブに手をかけて深呼吸。白い扉を開けた。
闇に閉ざされた洋館に久しぶりに光が差した。埃と黴の微かな刺激が鼻を突く。
用意してきたバッテリ式のカンテラのスイッチを入れて、入り口の扉を閉める。
青白いカンテラの光は、クリーム色だったらしい壁を、陰気に照らし出す。
強い光は必要ない。足下を照らすだけで良い。何かを探しにきたわけではないから。
美神は目的の部屋に向かって、真直ぐに歩き出した。
目的の部屋は、階段の横を通り抜けて左に曲がった所にあった。
使用人の部屋だった所だ。
邸内の人目に付かない所に置かれたこの部屋は、他の部屋とは違って、少し粗末な作りになっている。
2.
美神がドアノブに手をかけると、後で横島が非難するように言った。
「美神さん。こんなこと、いつまでやんなきゃいけないんスか?」
「あんたが除霊できるまでよ」
美神は振り返って横島の様子をうかがう。
横島の顔に自嘲的な笑いが浮かんでるのを見て、美神の顔が険しくなった。
美神の顔の上を、カンテラの明かりでできた影が這い回る。
「嫌なの?」
「いや、そんなことないっス。ただ、あいつが可哀想だなって……」
「そう思うなら成仏させればいいじゃない」
何でもないことのように美神は言って、扉を開ける。
その部屋は暗い邸内の中でも、いっそう暗い感じがした。
横島は美神の後を追って部屋に入って行った。
「なんで文珠使わせてくれないっスか」
「安易に文珠を使わせたら、あんたの為になんないもん」
「御札もだめだって言うし……」
「これは訓練だと、言ったでしょ?」
部屋に入った途端、カンテラの光量が急に落ちたような気がした。
中には粗末なベッドと小さな台所、そして小さなテーブルしかなかった。
そのテーブルの上に小さな箱、オルゴールが置いてある。オルゴールには以前美神が張った符、封印が施されていた。
美神が封印に手をかける。
「用意しなさい、開封するわよ」
横島はその場に座り足を組んで、両手を丹田の前に置く。座禅の姿勢だ。
両目を半眼にし、意識を集中させていく。
3・
昔のことだ。この館の娘に使用人の男が恋をした。
娘もこの男を慕っていたらしい。
当然のことながら、当時は許されることではなかった。
だから、隠れるようにひっそりと交際を続けていたと言う。
で、悲劇が起こった。お決まりのようだが、娘に縁談が持ち上がったのだ。
間の悪いことに男は娘と、些細なことから喧嘩をしてしまい、しばらく口をきいていなかった。
男は縁談の話を、娘の裏切りと感じたようだ。
男は夜中に娘の部屋に忍び込み、問い詰めたが、脅えた娘に大声を出されてしまった。
すぐに屋敷の主人に発見されて、男は屋敷から放り出された。
男が姿を消したあと、娘の縁談の話はとんとん拍子に進んで、早々と結婚することになった。
嵐の夜だった。
明日の結婚式を控えた屋敷に忍び込んだのは、元使用人の男だった。
男は邸内の者一人残らず惨殺し、最後に娘を殺害した。
そして、自分の部屋だった使用人部屋に戻って自殺した。
このオルゴールは男がこの部屋に残した物だ。
もともと娘が男に送った品だった。
男が大切にしていたオルゴールは、血曇り一つ無いまま残され、今に至っている。
男がもし、オルゴールのフタを開けていたら、娘からの心のこもった、愛情を記した手紙が中に入っているのを、見つけることができただろう。
男が手紙を読んだかどうかは定かではない。
ただ、その後男の霊が娘を探して、邸内を歩き回るのが目撃されるようになった。
4.
「……と言うのがここの霊のあらましっス。もう暗記しちゃいましたよ」
横島は姿勢はそのままで静かに言った。
「だったら、どうすれば除霊できるか分かってるわね。気を引き締めなさい。行くわよ」
美神は封印を解除した。
微かに腐敗臭がしてきた。
美神は壁際に下がって後ろ姿の横島を見つめる。
今回も美神はいっさい手出しをするつもりは無い。
横島が失敗すれば美神は霊を封印して、また次の機会を待つ。
横島が除霊に成功するまで、何度でもこの屋敷に来るつもりだ。
すすり泣く声が聞こえてきた。部屋中に充満していた陰気が凝集していく。
『……おじょう…さ……』
オルゴールの上に漂う霧のように、霊が現れる。
『……どこ…す…か……?』
「お嬢様はここにはおらんぞ」
横島がぶっきらぼうに言い放つ。
霊は答えない。すすり泣く声が聞こえるのみだ。
『……お…ょう……さ………かお……みせ……くだ…い』
「お前のお嬢様は、もうここには居ない」
「お前が殺してしまったんだからな」
霊が少しずつ大きくなってきた。人の顔のようになってきている。
今までの
コメント:
- どうも、美神と横島以外を疎外する居辺です。
この話は、アンテナの企画に参加するつもりで書いていたんですが『対決』って感じにならなくって。
しかも、話し暗いし。 (居辺)
- 自分の手記の中でもです・ます口調を崩さないおキヌちゃんが可愛いですね(ズレた感想)。洋館の暗い様子から、除霊対象である幽霊の設定まで細かく丁寧に描かれているのがさすが、という感じです。横島クンはすぐに文珠を使ったり、相手に情が移ってしまうことがよくありますからね。果たしてこの今回の「仕事」を通して多少でも成長することが出来るのでしょうか? 次回に移ります♪ (kitchensink)
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