ザ・グレート・展開予測ショー

桜の花束を作りましょう


投稿者名:眠り猫
投稿日時:(02/ 7/30)

ひらり、とそれは視界を一瞬だけ遮った。
淡いその色と薄く小さなそれは風と戯れるとすぐに地にすべり落ちた。

その儚さにどこか憐れみを感じた

黒髪の優しい彼女なら、あまりに無意味な行為とわかっていてもたった一枚のそれに意志がないことを知っていてもその白い手に救ったことだろう。
長い栗色の髪をなびかせた彼女は、今の己のようにそれを静かに無意味に鑑賞して過ごすことがあるのだろうか。

季節は春。
薄い桃色のそれ。

何百年か前に生きた私も


桜に憐れみを感じたのだろうか





そこはほかに何もない静かな道だった。何もない通り道。
あえて何かをあげるなら大きな一本の桜の木しかなく、人通りも人の声も何もない。
夜道には都会では珍しいとも言える闇が見れるだろう場所。
そこに一人の少女がいた。いや、一見そう見えるだけで実は少女・・・人でもない。
長い金色の髪を九つに分けてポニーテールにするというどこか奇妙な髪型。
整った顔立ちはどこか懐かない野性の獣を思い出させる。
感情と本能のままに生きる獣ではなく、冷静に自然を眺めているような静かに生きる獣を。
大きい気の強そうな眼に長い睫が飾られている。どこか寂しげにその眼は桜だけを映して。
ただ一匹とも一人ともいえる彼女、ここでは一人、少女と捉えよう、はほかに誰もいない静かな道で一言も口にせずに桜をただ眺めていた。
ざあ、と風は鳴る。さして強くもない風に抵抗する力もない桜の花弁は遊ばれる。
桜色が宙に舞う。幻想的な風景と呼ぶのに相応しいシャッターチャンス。
それを寂しげに遠くを見るかのような眼で眺める。
その表情は無表情のままで。感嘆も悲しみも何も表してなかった。
少女はほかの誰もが見るように桜の枝分かれした先ばかり見ていたが、フと足元に眼を向ける。
自分の白い足と見慣れた靴。その周りに散らばっている桜の残骸。
ここだからこそ、ただ地面にあるだけだけど。
もしここが人通りの多い道だったら?
踏まれ引き裂かれ桜ともいえない破片。綺麗で形が整ってるからこそ見る価値がある。
誰も残骸には眼もくれない。
なんて哀れな儚い命。

・・・ああ、私から見れば桜も人間も同じようなものだわ。
私が力をいれて舞い散る一欠けらを掴めば千切れる。
やろうとすれば桜の木一本燃やしてしまうことなんて造作ない。
人間も同じ。ちょっと力をこめるだけで死んでしまう儚いモノ。
綺麗なものは価値があり、一度落ちれば踏み潰される。
私は何百年も生きられるの。いくら強くても霊力があっても人間が生きられる年月なんてたかが知れてる。

だけど私は

そんな年月いらない。今は楽しいけれど、今は皆が生きてるけど。
人間から見たら遠い日、私から見たら近い日にお別れは必ず来る。
棺桶に入れられて安らかに眠ってる貴方達。取り残される私。
幸せだと思う?不老不死なんて馬鹿馬鹿しいわ。それが、長生きそれは幸せなんて簡単に定義づけられる?
儚いモノは憐れよ。踏み潰されるわ。でも、だからこそある美しさがあるんじゃい。
儚い中だからこそある何よりも強いものが光るんじゃない。
綺麗よ、人間は綺麗なままよ。桜の花弁は綺麗ですもの。
じゃあ私は何?私の寿命なんて私が望んだんじゃない。
一緒に眠りたいわよ。ねぇ、年なんかとりたくない。死にたくないんじゃない、別れたくないの。人間が桜なら私は何?
人間がこんなに美しいなら、ほかの動物はもっと美しいんでしょうね。
じゃあ私は?

とりとめもなく、桜を見てそう思った。
恐れていたことを桜が教えてくれた。思い出させてくれた日常にひそむ恐怖。
不意に涙がでそうになる。でも、負けず嫌いの意地っ張り。簡単に泣いてたまるものですか。



「何をやってるんでござるか。」

ひどく聞き覚えのある声。いつも隣で聞いている声。
振り向けば白い髪の女がいた。ああ、シロだ。こんなに近くに来ても気付かなかったなんて不覚だわ。

「別に。桜、見てたの。」
「へぇー、確かにここの桜は一段と立派でござるなぁ。って、それよりおキヌちゃんが困っていたでござるよ!お前、御使いを頼まれたのでござろう?」
「・・・ああ。」
「こいつ・・・忘れたのか。」
「もう行くわよ。多少遅くなっちゃったけど・・・ここは近道だしなんとかなるわ。
・・・シロ?どうしたのよ、ボーっとして。」
「いや、あまりに立派な桜だからつい見入ってしまってでござるよ。使いも満足に出来ぬキツネでも見る眼があるでござるなぁ。」
「・・・喧嘩でも売ってるの、バカ犬。いいわ、ついでだしお使い一緒に行きましょ。」
「荷物もちのつもりでござろう?」
「当然でしょ、力しか能がないんだから働いてよ。」
「ま、仕方ない。人助けと思って協力してやるでござるよ。拙者も暇だしな。」

やっぱりアンタでも儚い命に見とれるのね。
綺麗よね、私たちにとっては尚更。

「私も桜、好きよ。」
私よりはね。
「拙者もこの雄大さが好きでござるなぁ。逞しいし憧れるでござるよ!」

――――――――――――――――――――――――え?


「アンタ・・・何言って・・・?」
「ん?お前は好きではないのか?この茶の色合いが落ち着くし、何より歴史を感じさせると思わぬか?大きいし、ここまでくると感動でござるよ!」

特別なことでもないように。笑って。何一つひけめを感じず、憧れを抱いて。
私が見ていたのは薄い花弁だった。
貴方が見てるのは、視線は、木。大きな木樹。

「どうした?なんか変でござるよ?」

私の視点は花弁だった。桃色、桜色だった。茶は桜色にまぎれてた。
貴方は違った。木だった。茶、土の色。茶の中に桜色が舞い散るのだ。




何も問題は解決していないけれど

何かわかったわけではないけれど

気持ちは何故か軽くなった。

私たちは桜じゃない。
ないけれど
これはこれで綺麗で




「シロ、次の春はお花見行かない?」
「ん?お前から言い出すなんて珍しいな。拙者はのった!先生も来てくれるかな。」
「来るわよ。美神さんもおキヌちゃんも。」
「・・・?何か嬉しい事でもあったのでござるか?」
「・・・・・・別に。」





言葉は風にのせましょう。小さな呟きは桜と共に。
「・・・アリガト。」

「何か言ったでござるか?」
「何でもない。さぁ、早く行くわよ。」



金色の髪を風に遊ばせて少女は微笑んだ。
少女は妖怪。九尾の狐。名は、タマモ。


桜の木にも一つの言葉を

また何百年か先にも会いましょう。
だけど、その前に来年もまた見に来るわ。



桜の花弁が一枚、金色の髪の上に舞い降りた。

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