ザ・グレート・展開予測ショー

推定無罪! その12


投稿者名:A.SE
投稿日時:(02/ 7/20)

東京某所にある高級住宅地域。企業家、芸能人等と並んでここに多くの屋敷を構えている人種と言えば、政治家である。その中でもひときわ広大な地所を占有する、森の如き庭と城の如き屋敷がある。前世紀的に豪壮なその門扉には、明治より続く長州系政治家一族にして国自党歴代の要人を輩出する名家、旧華族系政治貴族「鴫ノ池」最大のライバル、「阿藤」の表札が掛かっていた。屋敷の主、阿藤家当主、阿藤掴苑は、現国自党幹事長であり、日本医師連盟との太いパイプによる豊富な資金力から、次期総裁の最有力候補と目されている。
 その夜、阿藤屋敷の広大な敷地を取り囲む白壁の一角に、13・4歳位の少女が一人立っていた。上はシャツ一枚、下はジーンズ、足は裸足、長髪を邪魔にならない様に荒っぽく後ろでくくっている。ほとんど家出にしか見えないこの少女は、よくみると闇の中で瞳孔が異常なまでに広がっていた。強い暗視能力の持ち主なのだ。ときおり耳と鼻をひくひく動かしている。空気の匂いをかぎわけ、微かな物音を聴き逃さない鋭い感覚の持ち主。
 少女は、その視覚、嗅覚、聴覚を駆使して周囲に人がいない事を確認すると、おもむろに白壁の上の屋根瓦を支える梁に手をかけてぶらさがり、ゆっくりと懸垂の要領で体を持ち上げ始めた。やがて眼の高さが壁の上まで達すると、慎重に左右を見まわす。
「あったあった、セキガイセンカンシソーチ…。美神殿がどこかに忍び込む時は必ず注意する様に言ってたキカイでござる…。この高さなら下をくぐるより上を跳び越える方が簡単でござるな…。」
 少女は一度腕を伸ばして呼吸をととのえてから、持つ手の左右を換える形で身体を裏返して壁に背を向け、一気に腕と身体のばねを使って鉄棒の要領で逆立ちに跳ねあがる。体操選手顔負けのジャンプで高々と壁の上をとびこえ、空中で綺麗に身体を一回転させて、屋敷の庭に着地した。
 少女は闇の中でニッと笑うと、すぐに四つん這いになって周囲の匂いを嗅ぎ始める。
「人間の匂いと…これは犬の匂いでござるな…。厄介な…いや、上手くすればかえって好都合か…」
 少女は身をかがめた姿勢で聞き耳を立てて周囲をうかがった後、邸内に鬱蒼と茂る木々の影を伝う様にして奥へと進んで行く。やがて、木立の向こうに屋敷の明かりが見えた。
 少女はまた四つん這いになって匂いを嗅ぎ、眼を大きく見開いてゆっくり屋敷を端から端まで見渡す。
「さすがに大きい…人の気配も多い。この中で標的だけを絞って倒すのはコトでござるな…。やはり端から狩って行くか…。しかしどっちにしろとりあえず…」
 彼女はますます鼻をひくつかせながら、屋敷とは違う方向目指して移動しはじめた。しばらく行くと、離れ、というよりは前面に壁のない平屋の小屋のような物の近くにたどり着く。その小屋の中には、長い鎖で繋がれた十幾頭かの四本足が思い思いの姿で寝そべっていた。大柄ではないが引き締まった体躯と、黒く光沢のある短い毛皮、純粋で子供じみている様にも、悪魔的な狂気を宿している様にも見える瞳、そして白い牙…ドーベルマンである。
 ウウ…ヴァウ…ウウウ…ヴァウヴガウガウ!!
 一頭が少女の気配を感じ取って起き上がり、低く吠えた。それに連動して群れ全体が一気に警戒態勢に入る。小屋を背にして扇形に展開しながら、犬たちは少女の方に警告の唸り声を発しつつ、周囲への注意も怠らない。
「なかなかよく組織された群れでござる…これは使える…!」
 少女は背筋を伸ばして立ちあがり、隠れていた木の陰から犬たちの前へ歩み出た。
 ヴ…ガヴァウ…
 少女が白い歯を見せながら、鋭く唸る。その声は奇妙なほど本物の犬に似ていた。群れが一瞬たじろいだ後、猛烈に吠え立て始める。しばらくの間、吠え立てる犬と、唸りながらそれを見下ろす少女との不気味な対峙が続く。
「おいおい…どうした?何を騒いでるんだお前らは…?」
 やがて、騒々しい声を聞きつけて、屋敷の方からワイシャツとズボン姿の男が一人やってきた。犬たちが小屋を背にするのをやめ、男の方に身体を寄せてゆく。
「んん?どうした?何かいるのか?」
 男は身を屈めて犬たちの頭を撫でながら、彼らの吠え立てる方向に目を凝らした。木立の前に何か立っている。
「…おい!誰だお前は!?」
 叫び声と同時に、少女が男に向かって突進した。ここぞとばかり襲いかかってくる犬たちの動きが、繋がれた鎖に阻まれて一瞬止まる。その上を高く跳び越え、少女は後ろで棒立ちになっている男に鋭い当身を食らわせた。
 ぐふっ…!というつまったうめき声と共に男が崩れ落ちる。犬たちは瞬時に向き直って再度少女に襲いかかろうとしたが、途中でまたしても動きが止まった。しかし今度は鎖に制限されたのではない。
 少女が振り向きざま、群れの先頭にいる一回り身体の大きなドーベルマンに右の拳を突き付けていた。拳からは青白い光の束が伸び、尖って見えるその先端が犬の額の前で止まっている。
 少女が低く唸った。
 ヴォヴ…!ヴァガゥゥゥ…!
 −たった今から拙者がこの群れのボスでござる…!気に入らない奴は…?!
 数秒間の睨み合いの後、先頭のドーベルマンがゆっくり足を折って頭を下げ、尾を後足の間に挟みこむ。
 キュゥゥン…クゥゥン…
 続いて一頭…2頭…、
 やがて少女の前で、群れの全ての犬たちが身を低くして恭順の意を示した。

「一体何を考えてるんです?!あなたは!!」
 唐巣神父が普段からは想像も出来ないような激しい口調で怒鳴る。
「そ、そんな大声出さないで欲しいある、外に聞こえたら…」
 あまりの剣幕にたじろいだ厄珍がカウンターに隠れる様にして言う。
「これが大声にならないでいられますか!!彼は未成年なんですよ!?」
「い、いや、未成年だからこそ好都合だったある…。これも苦肉の策で…」
「苦肉の策?アパートが捜索された時見つかるようにこんなものまで式神に持ってこさせて、どこが苦肉の策です!?十分用意周到じゃないですか!!」
 神父がショーケースの上に置いた黒いボストンバッグをばんばん叩く。
「この件のせいでシロ君まで行方不明になってるんですよ!?彼女が思いつめて何かしでかしたら一体どうするつもりです?!」
「そ、それは…」
「とにかく!!この後私は横島君を迎えに行って、その足でGS協会に彼が木心の大型式神を使役したり出来ない旨の証明を発行してもらいます!あなたもすぐに窃盗の被害届を取り下げてください!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待つある!!それは困るある!保釈と被害届はともかく式神に関してはもう少し待ってもらわないと…」
「厄珍さん!あなたまだそんなこと言ってるんですか?!」
「ちょっと落ちついて話を聞くよろし!これは令子ちゃんや民連党の上層部ともかかわってる重大事あるぞ!!」
 厄珍が口調は強く、声は抑えて言う。
「どう言う事です!?それは…」
「仕方ないある…全部話すあるよ…ここじゃ聞かれるから裏の実験室へ来るよろし…。」
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「何てことだ…。鴫ノ池さんが政治取引を目論んでるというのはそう言う事だったのか…。しかもおキヌちゃん達まで…。」
「まあ術自体は危険性のあるものじゃないから大丈夫あるよ…。」
「危険が無い!?確かに肉体的な意味では何とも無いだろうが、社会的には!?もし事が発覚すれば彼女達にはGS免許が下りなくなるかもしれませんよ!?」
「そ、それは多分何とかなるある、知らずに協力したという事で…。それに上手く事を運べば発覚する恐れはまず無いある。」
「全て問題無くいくという保証がどこにあります!?それほど大きな霊力と精密なシステムを必要とする術では些細な邪魔が入るだけでも失敗に結びつきますよ!?」
「そのために協力して欲しいと言ってるある…。このまま今の状況を打開できずに拘留期限を延長され続けたら、令子ちゃんにとっても党にとっても取り返しのつかない事態になるある。ここまで来てはもう後には引けないあるよ…」
「全く…何てことだ…」
 唐巣神父はため息混じりにつぶやきながら、両手で顔を覆った。

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