ザ・グレート・展開予測ショー

300年目のタイムカプセル


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 7/20)


「おい銀ちゃん、まだ着かへんのか?」
「ぶつくさ言うなや。もう少しやで」

 多少疲労の滲んだ声で、横島が先頭を歩く銀一に声をかける。横島の隣を歩くおキヌが見咎めるような視線を送るが、横島が気付く気配はゼロである。
 生命の躍動を肌で感じ取れる程の、溢れんばかりの緑に包まれた山中。盛夏の陽光が惜しみなく地上に降り注ぎ、虫達が歓喜の音色を間断なく発している。ある種の懐古と郷愁を思い起こさせる、「在る」こと自体が美の具現化である自然の光景がそこにはあった。

「それにしても、本当にいい所ですよね。私も、子供の時に此処に来たかったな・・・」

 銀一の先導に沿ってあぜ道を歩いていたおキヌが、少し羨ましげに二人に言う。それを聞き、横島と銀一は思わず顔を見合わせて苦笑した。

「子供の時、ね。あの頃の俺らに付き合ってたら、おキヌちゃん身が持たなかったと思うぜ。な、銀ちゃん」

 横島の脳裏に、日が暮れるまで走り回っていたかつての記憶が鮮やかに甦った。もしあの場に幼き日のおキヌがいたなら、ブレーキ知らずの自分らの中で唯一の良心であっただろう。少なくとも、蛙の尻に爆竹を仕掛けるのを楽しむおキヌなどは横島には想像できなかった。
 
「・・・・・・」

 思い出を共有する二人を見たおキヌは、不意に言いようのない寂寥感を覚えた。銀一も横島も、過去があるからこそ今がある。だが、おキヌにはそれがないのである。過去を持たず、今という時空にひょっこりと現れた存在。それが自分なのではないのか、とおキヌは時折思うことがある。そして、その懊悩はぜんたい彼女自身の胸中に帰属するのだ。
 
ドンッ

 忘我に近い状態だったおキヌは、立ち止まっている横島の背中にぶつかってしまった。おキヌは慌てて横島に頭を下げたが、銀一と横島の目線はただ一点に向けられていた。
 そこには、樹齢を思わせる大木が威厳すらも漂わせそびえ立っていた。きっと何百年もこの山を見守り続けてきたのだろう。力強さの中にも一握の優しさを感じる、宿木のような巨木である。

「やっぱ変わらんなーこの木は。一目で分かったで」
「よっしゃ、ならサクサク掘り出そうぜ」

 銀一と横島がここに来た目的。それは、八年前に埋めたタイムカプセルを掘り出すことだった。純粋で無鉄砲だった時のことを記念として形に残しておこう、などといった高尚な理由でなく、単に面白そうだったからやっただけだ。ちなみにおキヌが付いて来た理由は、「横島の過去に興味がある」と「銀一に会える」である。
 それぞれが持参してきたスコップやシャベルを使い、二人は大木の根元を掘り始めた。さっきまでブツクサ言っていた横島も、今は子供のように瞳を輝かせて地面を掘り起こし始めた。
 蝉時雨の降る山中に、ザクッザクッという大地と戯れる音が静かに響き渡る。やがてスコップの先に固い手応えを感じ、横島は宝探しのように慎重にその周りを掘り続けた。

「お!!あったで、銀ちゃん!!」

 横島が、嬉しそうに銀製のクッキーの缶を掲げた。それは、かつて自分と銀一が宝物を入れた缶だった。所々腐敗した感はあるものの、中身に影響はなさそうである。
 横島が開けた缶の中身を、三人が顔を揃えて覗き込む。中には、実に様々なものが入っていた。レアもののカードや懸賞で手に入る非売品のヨーヨー、他にも当時流行った漫画や、ミニ四駆なども入っていた。
 いずれも美神に言わせれば二束三文のガラクタだろうが、横島と銀一にとっては嘗ての自分達を投影した逸品である。中の物を手に談笑する二人を、おキヌはどこか眩げに、そして寂しげに眺めていた。



 その夜。仕事があると言っていた銀一と別れ、適当に観光した横島とおキヌは東京へと戻っていた。陳腐な言い回しをするなら、降る様な星空とでも言えそうないい夜だった。
 思いの外遅くなってしまったので、横島は事務所までおキヌを送ることにした。だが、横島はどことなく窮屈さを感じていた。おキヌに覇気が無い、というより元気がないのだ。お陰で話もたどたどしいものになり、横島は空回っている自分を嫌でも実感する羽目になった。

「なあ、おキヌちゃん。どうしたんだよ、さっきから黙ってるけど」

 流石に不安になった横島は、おキヌに直球を投げることにした。おキヌは横島が本気で自分を心配しているのを感じ、同時に勝手に沈んでいる自分に嫌気がさした。

「ううん、何でもないんです。ただ・・・少し羨ましいな、って思って・・・」

 おキヌは目を伏せて、ただそれだけを言った。だが、その一言にどれほどの思いの丈が詰まっているのか。それが見抜けないほど、おキヌと横島は浅い付き合いではなかった。

「私には、今の自分しかいないんです。遊んでた山も川も、思い出を分け合った友達も。何も・・・思い出せないんです。それが無性に悲しくて・・・寂しくて。あは、駄目ですよね、こんなことで落ち込んでちゃ」

 そう言って、おキヌは無理に作った笑顔を横島に向けた。負の感情を強引に押し込んだ、気丈な笑顔だった。
 
「・・・おキヌちゃん」

 横島は、何も言わずに黙っておキヌの肩を抱き寄せた。突然のことに、おキヌは真っ赤になって硬直した。
 
「なに、くだらねーことで落ち込んでるんだよ。思い出なんか、これからいくらだって作れるだろ?おキヌちゃんは、「命」っていうものを漸く手に入れたんだから。300年前になくした、大切な自分自身をね」
「横島さん・・・」
「俺にとっちゃ、色褪せた「過去」よりもこうしておキヌちゃんと一緒にいる「今」の方がよっぽど大事だよ。だから、おキヌちゃんも深く考えずにさ。今だけを考えて生きていこうぜ。な?」

 取り様によっては乱暴な意見だが、横島は横島なりにおキヌを励まそうと必死なのだ。それを嬉しく思うおキヌの裡から、さっきまで感じていた胸が乾くような寂寥や、それに付き纏う焦燥が泡の様に静かに消えていった。
 確かに、過去への想いは未だにしこりのように残っている。だが、横島が、皆がいる「今」。それ以上に大事なものがあるのだろうか。答えは−−−否。
 おキヌは、ゆっくりと顔を上げた。そこには、普段のおキヌの、見るものの頬を緩ませる柔和な笑顔があった。その顔を見て、漸く横島は安心した。

「よかった。いつものおキヌちゃんに戻ったみたいだな」
「はい。横島さん・・・ありがとうございました」

 その時、横島は自分がまだおキヌの肩を抱き寄せていることに気が付いた。慌てて離れようとしたが、おキヌの手がしっかりと自分を掴んでいたので、仕方なく横島はそのまま歩き始めた。


 300年目に、光を浴びたタイムカプセル。
 それは、大好きな人と道を歩む喜びと共に・・・

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