ザ・グレート・展開予測ショー

推定無罪! その11


投稿者名:A.SE
投稿日時:(02/ 7/19)

 横島の住むアパートは、お世辞にも採光が良い言えなかった。だから昼間でも、天井灯無しでは薄暗い。シロは横島が出かけると、その薄暗い部屋の真中で胡座をかいて座り、両手を膝においてうつむいたまま、一日中考えに沈んでいた。
 横島が言った事の意味は、シロにも理解できた。狼にとって群れの規律は何より重要だ。群れの中でボスの指示を無視して抜け駆けするものがいると、狩りにせよ争いにせよ必ず悪い結果を招く。そしてそれは往々にして、群れの分裂や破滅へとつながるのだ。
 しかしシロにとって、自分の従うべき規律が存在する群れは既に崩壊してしまっていた。ボスは捕らえられ、ナワバリは失われ、仲間は四散した。自分は仲の良かった年長のオスと逃げ延びてひっそり暮らしている。本来の狼なら、ここでゆっくりと仲間を増やし、家族をつくって群れを再生し、ナワバリを徐々に取り戻してゆく。ところが人狼であるシロには、狼としての本能の他に人間としての思考や感情も存在していた。即ち面子であり、恨みであり、復讐欲である。そしてそれが狼の本能である強い家族意識やナワバリに対する執着心と結びついた時、人狼特有の凄まじい攻撃性が生まれるのだ。
 シロの精神の中で、狼としての本能、人間としての思考、人狼としての行動原理が複雑に絡み合って錯綜する。そのうえに横島や美神に対する感情が重なり、シロはまとまりのつかない葛藤と堂々巡りの中で、いつしか時間の感覚を失っていた。
 ジリリリリ…!
 突然鳴った大時代な電話のベルが、シロを唐突に現実の世界へ引き戻す。気がつくと部屋は薄暗いのを通り越して真っ暗だった。窓から街灯の明かりが見える。いつのまにか夜になっていたのだ。シロはあわてて受話器をとる。
「はい、横島でござる…あ、先生?」
「シロ、そこの銭湯の前で待ってるから、ちょっと出てきてくれないか?」
「え、どうしてでござる…?」
 シロが問い返した時、電話はもう切れていた。
 余りにそっけない電話をシロは不審に思った。今朝はあんなにしつこく部屋から出るなって言ってたのに…?しかしなんにせよ師匠の呼び出しであるからには行かなければならない。シロはとりあえずサンダルをつっかけて戸締りだけすると、電話で言われた場所へ向かった。
 未だ風呂なしアパートの多い地域にある銭湯は、比較的賑わっていた。シロも横島と暮らし始めてからよく一緒に来ている。しかし基本的に長く入っている事の嫌いなシロはすぐに出てきてしまい、毎回横島に待たされるはめになった。銭湯の前まで来て、湯と石鹸のにおいに気分の和んだシロが、なんとなく入り口の正面あたりでいつもの様に横島が来るのを待つ。…確かに群れはばらばらになった。でも一人になったわけではない。いま一緒に居てくれる唯一の家族が復讐の必要はない、してはいけなと言っている。なら…。
 感傷的になりかけたシロの頭に、ふと先の電話の言葉が浮かんだ。
「そこの銭湯の前で待ってるから」
 …?そうだ、たしかに待ってると言った。待ってるというのは、アパートと銭湯の距離から考えれば、既に来ているという意味ではないのか?なのに横島はそこにいないどころか、近くに来ているらしい匂いさえしない。そういえばあの電話のそっけなさといい…なにかおかしい。シロはすぐにサンダルを脱いで両手に持つと、アパートへ全力疾走でひきかえした。
「父と子と精霊の名において、汝の真の姿をここに顕わさしめん!アーメン!」
 アパートの前まで来た時、シロの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。同時に横島の部屋の前で小さな閃光が走る。シロは三段飛ばしで階段を上がった。
「あれ…?唐巣殿ではござらんか…。」
「あ、シロ君、…じゃあ、もしかして…これは君のかい?」
 駆け寄ってくるシロに唐巣神父が妙な形をした木切れをさしだした。
「…?拙者のでは…ないでござるが、なんでござる、これは?」
「さあ、私にもよくは分からないが、多分式神の一種のだろう。教会でピート君から伝言を聞いて来てみたんだが…。妙な小人が部屋からこそこそ出てくるのを見つけてね、様子がおかしいんで捕まえて調伏してみたらこんな姿になったんだ。この鍵はここのかい?」
 シロがポケットからアパートの合鍵を取り出して見比べる。
「どうもその様でござるな…」
「じゃあまずい事をしたかな。アパートの鍵を持ってたという事は横島君が使役してる式神だったのかも…。」
「でも拙者横島先生が式神なんか使うところ見た事ないでござるが…。」
「そうか…。そう言えば横島君は?」
「それが…」
 シロは自分がおかしな電話で呼び出された事を話した。唐巣が更に怪訝な表情になる。
「それは妙だね…。もしかしたらその電話は、この式神を部屋へいれるためにシロ君をおびき出そうとしたのものだったのかも…。ふむ…しかし、これ以上ここで話すのもなんだから、とりあえず部屋へ入らせてもらえないかね?」
 「あ、はい…」
 シロが先に部屋へ入り、足を拭きながら明かりをつけると、敷居の端に置いてある黒い大きなボストンバッグが目に付いた。後から入ってきた唐巣にシロが指差してみせる。
「なんでござろう、これは?さっき出たときにはこんなもの無かった筈でござるが…。」
「式神が持ってきたのかもしれないな…。とくに霊気を発していたりする様子は無いようだが…なんだろう…?」
「怪しいでござるな…。」
「よし…開けてみよう。」
 唐巣がシロの前に出て、慎重にバッグのジッパーを引いた。中には、白い布に包まれた太短い物体と小さく折りたたまれた皮の鞄が、それぞれ幾つかはいっている。太短い物のほうをひとつ取り出して布を取ってみると、それは青銅製の仏像だった。
「1.2.3.4.…11本、1.2.3.4.…11枚…。仏像も鞄も11ずつはいってるようだな…。どういう事だろう、これは…。」
「この皮鞄、横島先生の匂いがするでござる。」
「ますますよく分からないな…。やはり横島君がここへ運ばせたのかな…?」
 二人がバッグの横にしゃがみ込んでしばし悩んでいると、奥でけたたましく電話のベルが鳴った。
「はい、横島でござる…。あ、ピート殿。唐巣神父でござるか?見えてるでござるよ。今替わるでござる。唐巣殿…。」
「電話かわったよ、どうかしたかね…?…え、なに、横島くんが…!?」
 唐巣の表情がみるみる険しくなる。その表情の変化と横島という名前にシロが即座に反応した。
「横島先生がどうしたのでござる!?何があったでござる!?」
 シロがまだ話中なのを無視して唐巣に叫ぶ。噛みつかんばかりに詰め寄られた唐巣が思わず受話器を耳元から離した。受話器からピートの声が聞こえる。
「それで、公務執行妨害で逮捕されたみたいなんですが、その後…あれ、先生、聞いてます?」
「タイホ…横島先生が…?!」
 だいぶ落ち着きかけていたシロの目つきが、再び危ない光を帯びる。唐巣が危険を感じて反射的にシロの腕を掴んだ。
「落ち着きたまえシロ君!、で、ピート君、なんだって?公務執行妨害で?え、いや、今とり込んでるから結論を先に…。うん、うん、わかった、ちょっとこのまま待ってくれたまえ。」
「タイホとはどういう事でござる!?何があったでござる!?横島先生は…」
「大丈夫、大丈夫だよ!アルバイト中になにか事件に巻き込まれたらしいが、私が行けば明日かあさってには保釈してもらえるはずだ!」
「事件!?事件ってなんでござる!?」
「よくはわからないが警察官に怪我をさせたとか…いや、とにかく保釈はしてもらえるから…」
「おのれコクジトーっ!!横島先生にまでケーサツカンをけしかけおったなーっ!!」
「ちがうっ!それとこれとは関係な…まてっ、シロ君…ちょっと、こらーっ!!シロ君―!!」
 つかまれた腕を振り解くシロを、唐巣神父は身を呈して取り押さえようとしたが、所詮衰えのはじまった40男と獣の瞬発力をもつ人狼では勝負にならない。
 シロは裸足のままアパートのドアを壊れんばかりに蹴り開けると、一っ跳びで廊下の柵を乗り越え、そのまま見えなくなってしまった。

「ああっ、しまったあるーっ!まずい事になったかもしれないあるなぁぁ…。わざわざボーズの隙を見て合鍵まで作ったのに…あんなところで唐巣神父が出てくるとはっ…!動きの遅いリモコン式神なんか使うんじゃなかったある…。ボーズにゃまだ警察の注意を引き付けてもらわないと困るあるのに…!」

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