ザ・グレート・展開予測ショー

SWEET VIBRATION


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 7/14)


 間が悪かった。ただそれだけのことだ。


「まったくもう、何だっていきなりこうなっちゃうの?殆どサギじゃない」

 公園の茂みで間断なく降り注ぐ雨粒をやり過ごしながら、タマモは灰褐色にくすんだ空を忌々しげに見上げた。


 純粋な碧眼のように澄み渡った青空に、アクセント程度に浮かぶ綿菓子のような白い雲。命有る者ならば、誰もがその海原のような青空に誘われるようにして外界へと繰り出すであろう。一部の夜行性の者を除いてだが。
 妖狐であるタマモも、ご多分に漏れず鼻歌を歌いながら街中を散策していた。おキヌは学校だし横島はシロが引き摺っていってしまったが、元々群れるのはあまり好きではない。己が感性の赴くまま、特に目的もなく歩くのがタマモは好きだった。
 だが−−−自然というのは気まぐれなものである。
 何か冷たいものが鼻先に当たり、タマモは不思議そうに辺りを見回した。水撒きをしている老人もいなければ、鉄砲魚の姿も無い。
 怪訝な表情をするタマモの頭上に第二弾が落ちてくる。雨が降り出したのだと悟ったのは程なくのことだった。




 青空から雨が降ってくる?そんな矛盾した話があるだろうか。そう思ったタマモが天を仰ぐと、空は既に掌を返したかのように鉛色の雲に覆われていた。諸行無常はこの世の常だが、こうも一刻で退廃的に様変わりしたのではかなわない。

「まったく、美神だって一日で老婆になったりはしないだろうに」

 一向に雨の止む気配がない空を見上げ、タマモが心中で嘆息する。美神がいれば油揚げ無期限停止は確実だったろうが、当のタマモに悪気はないので尚更始末が悪い。好奇心で核爆弾のスイッチを押すタイプである。
 ぼんやりと霞がかったような光景に、雨音だけが冷たく木霊する。公園に人気は全くなく、雨に打たれた紫陽花が無残にもその花弁を散らし続けていた。
 自分一人が驟雨という牢獄に隔離された存在のように思えてきて、タマモは不意にその場を離れたい衝動に駆られた。同時に、独りになることを恐れている自分がいることに気付き誰ともなく苦笑した。
 おかしな話だと思う。敵として人間に追い立てられ殺されかけたというのに、今は心底では美神ら、即ち人間を必要と感じている。孤高の存在、それこそが妖狐を織り成す基軸ではなかったのか。
 
「ま、いいんだけどね。私は私だし、油揚げも食べたいし」

 元来、生物の性質には傾向はあっても定義はない。それは偏向したレッテルを貼るに等しい行為だし、タマモ自身がそれに踊らされるというのも逆説的な話である。タマモはそう割り切って思考を中断した。合理的な彼女らしい考え方である。
 ふと空を見上げると、いつのまにか雨は大分小降りになっていた。この程度なら、急いで帰っても濡れ鼠になることはないだろう。
 よし、と身構えた時、タマモの耳に不意に何かの鳴き声が聞こえてきた。さっきまでは雨が鼓膜を遮っていたので分からなかったが、どうやら自分は独りというわけではなかったらしい。
 叢を掻き分けると、そこには一匹の子猫がいた。簡素なダンボール箱の中で、切なげな声を発していた。

「・・・・・・」

 タマモは暫くその子猫を凝視していたが、やがてゆっくりと近づいてその小さな存在を両腕に抱いた。




「絶っっっ対に駄目!!!」

 低級霊なら一声で駆逐できるほどの美神の怒声が事務所を震わす。怒りの矛先はタマモと、その腕に抱いた子猫にあった。
 公園から戻ってきたタマモは、子猫と一緒にシャワーを浴びてから事務室へと下りた。そして、この猫を飼いたいと美神に嘆願したのである。が、交渉は一秒でものの見事に破綻した。正に取り付く島もないといった風情である。

「ペットなんか飼ったら衛生上問題があるし、世話だって大変でしょうが!!ましてや事務所荒らされたら仕事になんないし、何よりも余分なお金がかかるし私がイヤなのよ!!」

 前半部分はそれなりに説得力もあるが、後半部分はいささか感情部分が含まれている気がするのは否めない。とはいえ美神が黒と言ったらおキヌの巫女装束も黒と認められるのがここのシキタリなので、タマモとしてもそれ以上何も言えなかった。
 美神の厳命に沿ってタマモは猫を公園に返すことになった。項垂れたタマモの後ろ姿に、見かねた横島が声を掛けた。

「タマモ、俺も一緒に行ってやるよ」

 タマモは少し驚いたようだったが、横島はタマモの返事を聞かずにさっさとドアを開けて先導するように歩き出した。シロがその後を追おうとしたが、「アンタは仕事」という美神の見えざる腕にがっちりと掴まれ、泣く泣く二人を見送ることになった。



「この子・・・何だか私に似てる気がしたの」

 ダンボールの中に優しく子猫を入れ、タマモは寂しげにぽつりと呟いた。横島はやけにしおらしいタマモに驚いたが、タマモは回顧の念にスイッチが入ったように独白を続けた。

「私の周りには誰もいなくて・・・たった独りで生きてきて、仲間なんていらない、馴れ合いなんかするもんか、って・・・ずっとそう思ってた。」
「タマモ・・・」
「けど・・・ずっとどこかで寂しかったんだと思う。だから、かな。何だか無性に、この子を迎えてあげたくなったの。以前の・・・救いを求めてた頃の自分に、姿がダブっちゃってさ」

 タマモの華奢な肩は微かに震えていて、必死に何かを堪えているようだった。
 横島は、何も言えなかった。冷たい雨が降りしきる中、唯独り切なげに鳴き声を上げ続ける。それがかつてのタマモだとしたら、彼女はなんと哀しい時間を過ごしてきたのだろう。
 横島はタマモという存在が、ひどく脆弱でそれ故に愛しいものなのだと思った。横島はゆっくりと腕を伸ばすと、タマモの金色の髪を優しく撫でた。

「! ちょっ・・・横島!」

 タマモが抗議の声を上げようと横島の方を向いたが、その声は喉元で消滅した。大切な、本当に大事なものを見るような、慈愛の表情をした横島がそこにはいたからだ。その顔を見たとき、タマモの中で何かが大きく揺り動き、何も言うことができなかった。

「なあ・・・タマモ」

 横島が、相好を崩さずにタマモに語りかけた。母親が我が子にそうするように、穏やかな愛情に満ちた口調で。

「俺、ずっとお前のそばにいるよ。いや、俺だけじゃない。美神さんも、おキヌちゃんも、シロも他の皆も。だから、もうそんな泣きそうな顔するなよ。お前は、もう独りじゃないんだから」

 そう言って、横島はもう一度タマモの髪を撫でた。以前は鬱陶しかっただけなのに、今は何だか心地よく感じられる。だが、そのことが不愉快にならない自分がいる。それが不思議でならなかった。

「(何だろう・・・この気持ち)・・・うん」

 横島の顔を見られないまま、タマモが素直に返事を返した。

 


 雨はすっかり上がり、雲の谷間から太陽が控え目に顔を出し始めた。どうやら、夕立の心配はないらしい。横島が促すと、タマモは立ち上がり子猫に別れを告げた。

「タマモ、今度あの猫に餌買っていこうぜ」

 事務所への道すがら、横島がタマモに言う。突然の提案に目を丸くするタマモを可笑しそうに笑い、横島は言葉を紡いだ。

「アイツも・・・もう独りじゃないだろ?」

 タマモは目を見開いたが、すぐに満面の笑顔になって大きく頷いた。生気に満ち溢れた、太陽のような笑顔だった。

「うん!そうだね!」

 
 あの時感じた甘い鼓動。あれは間違いなんかじゃなかった。
 タマモはさりげなく自分の腕を横島のそれに絡め、とくん・・・と高鳴る鼓動を心地よく感じていた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa