ザ・グレート・展開予測ショー

推定無罪! その7


投稿者名: A.SE
投稿日時:(02/ 7/14)

早朝、ピンとはりつめた空気の中を、シロは疾走する。
 ようやく明るくなり始めた町には、白壁や石垣が延々と続く。
 人通りはほとんど無い。たまにジョギングや散歩の年寄りとすれ違うが、シロは目もくれない。
 むしろ邪魔なのは車だ。黒塗りの大型車が時々路肩に停まっている。一瞬車体の上をそのまま走り抜けてやろうかと思うが、後が厄介なのでそんな事はしない。
 背中には大きな鞄を背負っている。かなり重いが、その程度でシロの足は鈍らない。
 目標の玄関が見えてきた。どんどん近づいてくる。
 射程圏に入った。体のばねをきかせて、
 ジャンプ!
 跳躍すると同時に、手は後ろへ伸び、鞄を開き、四角い紙の束を取り出す。
 体の降下が始まったとき、鞄はもう閉まっている。
 着地!同時に手は新聞受けへヒット!
 シロはその姿勢で数秒間タメた後、再び疾走を開始する。
「ああっ、拙者この仕事すんごく向いてるでござる!楽しくてならんっ!!」
 横島が厄珍堂で働き始めた日から、シロもバイト先を探し始めた。そしてきわめて熱心な就職活動の結果、16件目の新聞代理店で仕事にありついた。
「拙者この2本の足で誰よりも正確迅速に新聞を配達して見せるでござる!」
 こんな事を言って飛び込んでくる満面笑顔の体育会系美少女をだれもまともに相手にしなかったわけだが、最後は物好きな代理店の親父が「それじゃとりあえずいっぺんだけ配ってみろ。」というわけで目出度く就職が決定した。
 シロが任されたのは新聞配達における最悪の赤字路線、高級住宅地だった。新聞配達は基本的に出来るだけ一箇所で大量にはければ効率が良い。マンションや団地がその例であり、だから新聞勧誘も多い。逆に最も効率が悪いのは一箇所で一部しか配れず、更に次の配達場所が離れている場合、即ち高級住宅地である。その上俗に「山の手」と表現される様に高級住宅地は坂の多い場所がほとんどなので、自転車ではきつくて配りにくい。大抵バイクを使うわけだが、そうするとガソリン代を代理店が負担しなければならなくなる。金持ち相手だからといって新聞を高く売れるわけではない以上、高級住宅地は赤字路線なのである。
 しかしシロにとってこれはかえって好都合だった。人通りが少なく、一軒の家が大きければ大きいほど直線道路も長いので、心置きなく疾走できる。庭が広いので足音の苦情が出る事もない。代理店にとっても足で走る以上ガス代を請求される心配が無かった。かくして両者の利害が一致し、バイク配送の倍以上の効率を上げるシロには、朝夕刊併せて日払い7000円という高給(?)が保証されたのである。
 シロは夕刊を配り終わって日給を受け取ると、しばらく街で時間を潰してからおもむろに安売りスーパーへ入り、タイムサービスの食料品を買ってアパートへ帰る。意外なほど動物的計画性のあるシロは、1日に自分が使用する金額を上限3000円と決めていた。残り4000円のうち1500円は光熱費・水道代等の支払いのため維持され、更に1500円は何かあったときのために貯蓄される。そして最後の1000円を横島のこづかいとしてちゃぶ台の上の封筒に入れ、あとは夕食の準備をしつつ超安給料で学生の夫…もとい師匠の帰りを待つのだった。
「ああっ、美神殿には悪いけど、ずーっとこのままの生活でも良いような気がするでござる?!」
 今日も横島がさえない足取りで帰ってきた。ドアを開けたとたん恒例になっている激烈なシロの抱擁と、キス代わり(?)の顔舐めを受ける。以前は横島もやめろと怒っていたのだが、最近は家賃と学費以外ほぼ完全にシロに養われている関係上、何も言えなくなっていた。
 シロはちゃぶ台の上に並べられた料理の前に横島を引っ張ってきて座らせ、横に自分も座って食べ始める。
「あれ、今日はちゃんと肉以外に野菜の料理もある…?どうしたんだ、これ?」
「えへへ、今日帰りに本屋へよって料理の本から野菜料理の作り方をメモしてきたでござる。」
「へえ…あ、結構うまい。」
「最近お仕事の具合はどうでござるか?」
「どうって…まあなんか最近ちょっと楽んなってきたかなあ。」
「それは良かったでござるな!まだ荷物の出し入れをしてるのでござるか?」
「いやー、このごろはなんか、鞄もって運び屋みたいな事やらされてんだ。」
「運び屋?」
「ああ、絶対開けるなっていう皮の鞄もって、店からちょっと離れたところに立っとくんだ。そしたらしばらくすると、背が高くて青白い顔した変な男が振り子みたいに一定の足取りで歩いてきて、俺とすれ違う。その時そいつに鞄を渡すと、急にそいつが猛スピードで走り出してあっという間にどっか行っちまうんだ。後は30分ぐらい時間外で潰して、店に帰るだけ。」
「なんか、簡単過ぎて妙でござるなあ…?」
「たった時給255円できつい仕事させられるほうが妙なんだよ!まあ、怪しい事に荷担させられてるような気もするけど、いざとなったら全部厄珍にやらされただけだって言やすむことだしな。」
 食事が終わると、シロは後片付けをはじめる。最近は質素な物ではあるが横島に弁当を持たせる様になっており、その弁当箱も一緒に洗う。
 その間に横島は、持って帰ってきた紙袋のなかから何冊かの大衆週刊誌を出して読み始めた。
 洗い物を終えたシロは昼間暇な時間に干しておいた洗濯物を横島の隣でたたみながら訊ねる。
「なんかこのごろ毎日そういうザッシを買って来るでござるな。」
「買ってるんじゃねーよ。俺にそんな金がどこにある。」
「毎日千円置いてあるでござろう?」
「使ってねーよあれは!ヒモじゃあるまいし、師匠が弟子からこづかいまでもらえるか!!」
「ヒモならいいんでござるか?ヒモってなんでござる?」
「んなこたどーだっていいよ!!とにかくこれは厄珍からもらってくるんだ。あのオッサンこのテの雑誌が大好きでな、山ほど買ってきて片っ端から読むんだ。その読み終わったのくれるんだよ。」
「面白いのでござるか?」
「面白いと言うか、美神さんの件以来GSに関する記事が一杯載ってるんだ。」
「かっこよくて世のため人のためになる素晴らしい職業と書いてあるんでござるか?」
「それじゃ記事になんねーだろ。殆ど悪口ばっかりだよ。『亡者を狩って稼ぐ金の亡者』とか、『オオゲサ・インチキ除霊商売の正体を暴く』とか、ひでえ書かれようだ。」
「するとそのザッシはコクジトーの手下なんでござるか!?けしからん!!」
「そーじゃなくて、面白おかしく書いてあるだけなんだよ。だから国自党に不利な事も一杯書いてある。『あの患者は生きている?人命を弄ぶ医療ミス』とか『医師連盟と国自党の金権構造』とか…。」
「なんだかよくわかんないモノでござるな…。でも、先生がこのザッシの中身をちゃんと読んでるとは知らなかったでござる。拙者てっきりこう言う写真を見てるものと…」
「だーっ!そんなもん広げてみせんでいい!!」
 横島はシロが巻頭グラビアのヌード写真を広げてみせた雑誌をあわててひったくる。しかし取り落としてしまい、その拍子に見開き写真のある別なページが開いた。
「あれ…この写真の場所見たことあるでござる…。」
 そこに写っているのは、邸宅の門の前に停められた一台の黒塗りベンツと、車から降りて屋敷へ入ろうとしている二人の男の後姿だった。
「そうか…新聞ハイタツの時の…。先生、拙者難しい漢字が読めないでござる。ここの解説、なんと書いてあるんでござろう?」
「えーとなになに…?東京○×区の自宅へ入る国自党幹事長 阿藤掴苑氏(58)と、日本医師連盟会長 神部広海氏(51)。中でどのような密談が交わされたのかは知る由もない…、よーするに国自党のボスが家で、医者の集まりのボスと悪だくみしてたけど内容は分からないって書いてあるんだよ。真に受けるんじゃないぞ、こんなのはいーかげんな代物なんだから。」
「しかし、この屋敷がコクジトーのボスの家なのは確かなのでござろう!?」
「まあ、幹事長をほんとのボスと言っていいのかどうか分からんけど、ボスの一人ではあるわな。…おいシロ、妙な事考えるなよ…おい…」
 横島は途中で言葉を失った。
 いま目の前にいるシロは、さっきまでの笑顔で緩んだ頬と楽しげな瞳のシロではなかった。
 写真を睨みつけるシロの表情は狩りを企てる狼の貌、瞳は獲物を射竦める狼の光を放っていた…。

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