ザ・グレート・展開予測ショー

ブラッディー・トライアングル(終)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 7/14)


 世界を白く染め上げる程の、眩い光が部屋に満ち溢れる。白色の元に浮き彫りになったタイガーの巨躯は、困惑を隠しきれずにその動きを一瞬停止した。
 が、その一瞬が文字通り命取りだった。

「そこかああぁぁっっ!!」

 ターゲットの姿を確認したエミとアンは、各々の獲物を血管が浮き出るほど強く握り締め、火を吹く勢いでタイガーへと突進した。それは正しく鬼神の如しであったと、後にICU(集中治療室)でタイガーは語った。


「どう、見つかった?」
「駄目よ!!こっちにもないワケ!!」

 消し炭となったタイガーを部屋の外に蹴り出し、アンとエミは血走った眼を皿のようにして十字架の捜索に腐心していた。既にピートの生命力は風前の灯火の如く脆弱なものとなっており、時間の猶予は一寸たりともありはしなかった。
 だが、肝心の十字架が行方不明では何をかいわんやである。雪山遭難者の救助を待つ家族のように、二人は震える肢体を宥めつつ一縷の希望を顔に貼り付けて、荒れた室内を懸命に掻き分けていた。
 が、そんな真摯な願いも若干一名の無粋者には無関係だった。

「どこやーー!!はだかのねーちゃんはどこやーーー!!」

 二人とは別の意味で血走った目をした横島が、煩悩全開で騒ぎまくる。横島のテンションに比例する形で二人の苛立ちが募り、横島が「この際エミさんでもー!!」とエミに飛び掛った時、エミの中でピナツボ火山の様に何かが爆発した。

「いい加減にしろー!!」

ドガシャアアン!!!

 カウンター気味に放ったエミのストレートが横島の顔面にクリティカルヒットし、横島は頭から事務机に突っ込んでいった。派手な音を立てて机にめり込む横島に、弔花のように書類の束が覆い被さる。だが、巻き添えを喰って倒れた椅子から、何かが転がり落ちてくるのをエミは視界の端で捉えた。

「! あれは・・・!!」

 エミが弾かれたようにそこに駆け寄る。そこには、自分とアンが必死に探していた十字架が、カーペットの床の上でかっちりした存在感を湛えていた。

「貸してっ!!」

 すぐに走り寄ってきたアンが、ひったくるようにしてエミから十字架を奪い、両手に持って解除の呪文を唱え始めた。アンの不遜な態度にも、今回だけはエミも何も言わなかった。立場が逆だったら、きっと自分も同じ様にしただろうから。
 それにしても、発見のきっかけが横島をしばき倒したからとは・・・運命と言うのは、熱心な者ほどおちょくりたくなるタチのようである。しょうがねえな、と苦笑しながら裁定を下す、とでも言おうか。
 エミはふとそんなことを思ったが、すぐに全関心をアンの持つ十字架へと注ぎ直した。 十字架は、アンの胸元でぼんやりした光を放っている。第三者的には神々しい場面であるが、その中に自分の愛する人が繋がれていることを思うと、エミにはその光景がどこかくすんでいるように見えて仕方なかった。



「う・・・ん・・・」

 かすかなうめきと共に、ピートは永い眠りから覚めたようにぎこちなげに身体を起こした。瞼の裏がボンドで接着されたように重たかったが、何とかこじ開けることができた。
 一体自分はどうしたのだろう。つらつらと記憶の糸を辿っていくと、エミが自分にブレスレットを嵌め込む場面が回想され、最後にアンの持っていた白銀の十字架が思い起こされた時点で記憶の糸はぷつりと途切れた。その後の事は一切覚えていない。というより、脳が無意識に想起を拒否しているようだった。
 身体を重く感じながら、ピートはゆっくりと顔を上げた。で、彼は現状を認識し今度は身体が芯から冷えついた。
 ピートの右腕にはエミが、左腕にはアンがだっこちゃん人形のようにぴたりとくっついていた。しかもお互いを牽制しあっているので、間に挟まれたピートは殆どサンドイッチの潰れたトマト状態である。
「ピートっ!!よかった、気が付いたワケ!!」
「ピートさんっ!!大丈夫ですか!?」

 ピートが意識を取り戻したことに破顔する二人。が、声が揃った事は互いに不満だったらしい。ピートの腕を掴んだまま、犬猫のように喧々轟々と喚き始めた。
 ピートは身動きできないまま、目尻に滲む涙を必死にこらえて天を仰いでいた。なぜ自分がこんな目に、と思わずにはいられなかったが、これも神が与え給うた試練だと無理にでも割り切ることにした。
 不条理な諦観を決めた脳味噌は、ピートの顔面の筋肉を自然と緩ませた。人間、四面楚歌に陥った時には却って晴れやかな気分になるものだ。テスト前の一夜漬けを放棄するときの心情のようなものである。



 想像してみよう。半死人状態の男二人。台風一過の室内の中心で、男を巡って口論する二人の女。自嘲気味に、自虐的に笑っている美青年。

「あんたなんかと一緒になっても、ピートさんが不幸になるに決まってるでしょう!!売れ残りは大人しく見合いでもしてなさいよ!!」
「それはこっちのセリフなワケ!!ガキンチョのママゴトでピートが満足すると思う!?私と結ばれるのがピートにとって一番いいワケ!!」
 
 まことにシュールで、末法的な光景である。結婚は人生の墓場と言われるが、ピートの場合どちらと結ばれようとも刺激に満ちた人生が送れる事は請け合いである。もっとも、どちらもスルーする公算が一番高いと思われるのは気のせいだろう。
 ピートの右手には依然として紫のブレスレットがしっかりと嵌め込まれており、左手には白銀の十字架が絡まっていた。それが二人の(多少歪んだ)愛の形なんだろうなと思い、同時にそれが見えない鎖のように見えてピートは再び目頭が熱くなった。



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