ザ・グレート・展開予測ショー

【リレー小説】『極楽大作戦・タダオの結婚前夜』(21・終)[エピローグ(中編)]


投稿者名:Iholi
投稿日時:(02/ 7/11)

* * * * *

「んんっ、あぁ……。」
 いつもの机の上から、美神はゆっくりと面を揚げる。突っ伏していた視界に春の日差しが眩しく差し込み、彼女は猫のように眼を細めた。伸びをしながら大きな欠伸(あくび)を一丁。そして、
「……ほよ、みかみさん?……おはよーございますーー……。」
 もう一組の寝惚け眼と鉢合わせた。どうやらキヌは来客用のソファの上で転寝(うたたね)を貪っていたらしい。窓からの日光が彼女のシルエットを逆光気味に浮き立たせているが、まだ暗さの方に慣れている美神の眼は半分まどろんだままで締まりの無い少女の顔を捉えていた。
「「…………」」
 お互いにこう思っているに違いない。「あたしも今、あんな顔してるのかな?」って。意味も感慨も無く2人見詰め合いながら、美神はそんな事を思った。
「……顔、洗おっか?」
「……そうですね。」
 2人は操り人形のように覚束ない足取りで洗面所へと向かった。

「んーー、まだ目が覚め切らないわね。おキヌちゃん、何か目の覚める飲み物、煎れてくれない?」
 美神は曲げた中指の背で蟀谷(こめかみ)を軽く小突くようにしながら、再び革張りの椅子に腰を落ち着ける。
 ワンテンポ遅れて、キヌは美神を見る。
「……そうですね。何が好いですか?」
「うーん……ミルクティー以外なら何でも。」
「……じゃ、コーヒーにしましょか。」
「うん、そうね。じゃお願い。」
「……はい。」
 ぎこちなく微笑みながら台所へ消えるキヌを少し心配そうに見送った後、
美神は明るさに慣れた眼でもう一度、執務室の中を見回す。南に向いた大窓から観える景色は、春風に運ばれる初夏の日差しの中で全てが白く輝いている。既に昼を回り、日は緩やかに傾きつつあった。
「(そう云えば、この時期の日差しが一番厳しいのよね。)」
 お蔭で窓際から入る日光がこの部屋の温度を、何時に無く暇な2人を甘い眠りの世界に誘う迄に温めてしまった訳である。……そして何やら疲れる夢を見ていたような気がするのだが、その光景はまるで目の前の初夏の町の様に、白い光の向こうに霞んでいた。
「……んーーーーっ!」
 全身の関節に蟠(わだかま)るモヤモヤを解(ほぐ)そうと、もう一度大きく伸びをする。それでも一仕事終えた後の様な倦怠感が身体の随所に残っている。
 視線が机の上に落ちる。
「どんな元はと云えば、こんな葉書を見た所為なんじゃないかしら?」
 高校時代の後輩からの便りを恨みがましく睨む。……心底幸せそうな新婦の笑顔との睨めっこは大方の予想通り、写真が勝利を収めた。
「最初っから笑っているなんて、卑怯よ。」
 言いつつも葉書を状差しに丁寧に戻すと、美神は机の上のもう一つの物品に気付く。
「……あら?」
 それは、伊達眼鏡だった。こんな物は普段どこか仕舞ってある筈である。
 訳も判らず、旋毛(つむじ)を掻こうとする。
「……まぁ?」
 ……いつの間に、ポニーテイルにしている自分。
 心時めく、コーヒーの芳香。
「……おや?」
 匂いの先、グレーのミニスカスーツ姿に髪をアップにしたキヌがトレイを持って入室する。
「「……へぇーーー。」」
 2人とも、我が身を顧みる。
 ――白いブラウスにロングスカートのこの女は、一体何者だ? ……仮に私だとしても、こんな格好に着替えた記憶が無いのだが……?
 不意に襲う頭痛に目頭を押さえようとした美神の親指が、鼻の付け根に在る不自然な凹みに触れる。
 ……眼鏡の金具の跡だった。

「人工幽霊! 他にセキュリティ情報は無いの?」
『いえ、オーナー。残念ながらこれで全てです。』
 ややエコーの掛かった無機質な男声が静かに告げる。
 美神は腰に手を当て、いらいらと大きく息を吐(つ)いた。
 業務開始から今の今までのこの事務所に関するデータを光学、電気、音声、霊波等々あらゆる見地から検証してみた。しかしそれは、美神たちが事務所を開け、少し退屈な午前中をこの格好で過ごし、いつの間にか二人とも寝入ってしまいそして目が覚めた、というごく当たり前な日常の事実を示したに過ぎない。
 ファッションのセンスがいつもと違う事だって、まあごく偶にある事。アニメのキャラクタではあるまいし、定番ボディコンファッションに身を包む必要は全然無く、その日の気分や仕事の内容で服装を変える事もある。
 それにしても、だ。2人のこのファッションはどうよ? 別段似合わないとは思わないが、余程必要に迫られない限りは遣らない格好である。
 仮に2人して寝惚けていた結果だとしても、それはそれで大問題である。無意識に普段の基準を逸脱した格好をしている、と云う状況は拙(まず)いと思う。しかも転寝(うたたね)の時の夢見はいつにも増して酷かった。
 ――夢? ……どんな夢、だったっけ?
「……あのさ、おキヌちゃん?」
「……あ、こーひーのお代わりですね。」
「ん、……って、そうじゃなくて。」
「?」
 キヌはサイフォンに伸ばしかけた手を止め、目を細める。
「……やっぱり、入れて頂戴。」
「はい。」
 微笑む少女が手にした透明な器をゆっくりと傾ける。何処か心地好い水音と共に、香ばしい湯気が再び部屋の空気に溶け込んでいく。
 美神はコーヒーカップの乗った小皿を静かに受け取り、自分の顔をした琥珀色の像が丸い水面の上でゆらゆら揺れているのを暫し眺めていた。
「……ねえ、おキヌちゃん。」
「あ、お砂糖ですか? それともくりーむ?」
「ううん、どっちも要らない。……そのさ、さっき、そうさっき、なーんか滅っ茶苦っ茶変てこな夢観てた様な気がするのよねー。どんなんだったのか、ちっとも思い出せないんだけど。
 何となく、貴女がずーっと近くに居た気がするのよね、って、夢の話で愚痴ってても仕方ないか。ははは……」
「夢、ですか?」
 一転、怪訝そうにキヌが返す。冷たい風が吹いた気がした。
「……そうですね、実は私も何か夢を……内容はさっぱり思い出せないんですけど、夢の中の私は美神さんと一緒だった様な……?」
「…………。」
 お互いがお互いの瞳を覗き込む。恰(あたか)も相手の瞳にこそ夢の残滓が残っているかの如く。
 夢と云う物の多くは、観ている本人が自覚し得ない精神活動の残り香。その多くには霊的世界との結び付きが指摘されている。
「……まさかね?』
 胸の中から染み出でくる苦く冷たい感覚に聊(いささ)かの酩酊感を生じる。キヌもまた同様の感触に襲われたのか、大きく一つ身震いすると顔面は蒼白に成っていた。
 果たしてこれは過去の記憶かはたまた未来の予感なのか、「夢」が示す物は未だ具体的な形をとっていないが、臓腑を内部からじわじわと貪り続ける寄生虫が如き不安感は紛れも無い、本物である。
「……今日はもう仕事を畳みましょ。そう、それがいいわ。人工幽霊、セキュリティを迎撃体制レヴェル2に移行して!」
『オーナー。』
「何?」
『もう手遅れの様です。』
「「へっ?」」
 無機質な声でそう告げられた時、一瞬ほど美神たちはその発言の内容を正確には把握し切れなかった。そして、その隙間に生じた更なるロスが完全に命取りとなった。

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